動き出した歯車
帰りがてら、テンペストやカルムとは力が異なる、中級魔導士以下の者が残っていたため、それらを片付けながら城に戻った二人は、広間にいるレグルスのもとへと向かった。
そこは既に解散したようで、中ではメイドらが、せっせと後片付けに追われ、割れた窓の近くからは修理師がどうしようかと相談している声が聞こえた。
「ただいま、戻りました」
サフィラスの声が広間に響き、誰かと話していたレグルスは、血に染まったままの二人を迎え入れた。
ゼノも続けて中に入っていくと、レグルスと話していた人物が誰かわかり、はぁっとため息をこぼした。
「ゼノ!お前はまた――」
「グラウィス…説教なら後で受けるよ」
レグルスの制止を聞かずに動いたことを説教しようとしたグラウィスを今は自分一人に時間をかけるべきではないと、ゼノはそれを押しとどめた。
いつものやり取りを聞いたレグルスは、娘同等のゼノが戻ってきたと安堵の息を零した。
「無事だったか、二人共」
「私はこの通り、無事であります」
そういうサフィラスの服や皮膚には、少々焼けたような後があり、ゼノは呆れたように言った。
「何言ってんだよ、思いっきり第二位使徒の電撃を食らっていたじゃんか」
「お前…何故それを言う……」
キッと睨むサフィラスをゼノは無視し、レグルスに告げた。
「悪いな、せっかくのチャンスを逃した」
「いや、街から人為的被害の報告は入っていないだけ、まだ良しとしよう。だが、警備隊が容易くやられてしまったのは、痛い話だな」
「三班分がやられたんだろう?相手はサンザリア王の親衛隊だ、仕方ないさ」
サンザリア王の親衛隊、<七使徒>は全員が最上級魔導士という精鋭部隊で結成されている。
戦場でも滅多に現れることはないが、現れればコチラも階級が上がるごとに強い力を持つ大佐や尉官などを出さなければならなくなる。
将官はまた別の意味での力を持っているため、赴くのは大佐以下になる。
「しかし、第二位使徒が国内に侵入するとは…二度は起こさぬようにせねばならないな」
「恐れながら、国内に侵入した最上級魔導士は、第二位使徒、テンペスト・セルパンだけではありません」
「なんだと?」
途端、二人の表情が険しくなった。
「ダンドリアに侵入した最上級魔導士は合わせて二人。一人は第二位使徒のテンペスト・セルパン。もう一人は同じく第六位使徒、幻術士のカルム・マンソンジュだ」
指を折って話すゼノに、驚愕の表情を見せた二人は更に顔を険しくさせて唸った。
「二人も使徒が現れたとなれば…サンザリアも動き出したということか」
「あぁ。なんにせよ、侵入を許したことは深刻な問題だ。どうにかして、防げぬものか…」
すると、ふとグラウィスは目の前にいるサフィラスとゼノがかけているゴーグルへと目を向け、何かを閃いたように言った。
「一つだけ、確実な方法はある。技術班が作った魔力察知機器を複数台、国の関所などに配置するのはどうだ?すぐにとは言わん。当分の間は、ゴーグル型の物を装備させた兵を配置し、検問を行う」
レグルスは頷いた。
「確かに、それは良案だ。かなり厳しいが、技術班に頑張ってもらわねばな」
「ならば、そのように。配置は私共で取り決めます」
「あっ、あと」
ゼノはまだ一つの案件が終わってないことに気づいた。
「いくら検問を行ったとしても、それを行う人間が弱けりゃ意味ないんじゃないか?現に、さっきの戦闘でレグルスや街の人間を守るために結成された警備班が、最上級魔導士とはいえ壊滅まで追いやられてるんだ。せめて、追い返すほどの力をつけないと、また同じことをやられるぞ?」
「恐れながら、その件に関して私からも提案があります」
ゼノは驚いたようにサフィラスを見上げた。
「構わん、言ってみろ。今は一つでも多くの案が欲しいからな」
「では、申し上げます。……ゼノを、ゼノ准佐に三等兵の教官に命じてはいかがでしょう」
「……はぁっ!?」
レグルスは面白い話を聞くかのように、サフィラスに理由を問うた。
「ゼノは単独行動が多すぎるゆえ、逆に集団行動を命じる側になれば少なくとも今よりマシになるのではないかと――」
「まてまて!私は反対だよ!グラウィス、私がその役に着いてやらかすことくらいは目に見えているだろう!?」
必死に反対するゼノ本人はグラウィスに訴えかけるが、グラウィスはその言葉を退けた。
「いや、サフィラスの言うとおりかもしれんな」
「グラウィス!!」
「最も、その二人のみならず、私もお前の扱いには手を焼いていたところだ。丁度いい、私からウルグス教官に話をつけておこう」
「レグルスまで…」
ゼノは頭を抱えた。
なんでも、これならまだ当分准佐の役を外れて執行官だけをやっていたほうがまだマシだ。
確かに、軍曹以上の階級になればどんなに兼職をしてようが、教官になることは可能だ。
だが、訓練期間の五ヶ月も生意気な三等兵共を見てやれる気力などない。
「とりあえず、今日は二人共下がってゆっくり休め。サフィラスは一度医師の元へ寄るといい」
「了解致しました」
「…はいよ」
サフィラスは肩を落としているゼノの背を押し、広間を出て行った。
*
「ただいま戻りました。…アムール・サンザリア女王」
白い壁、磨き上げられた大理石の床に、天井から垂れる青いカーテンに覆われた大広間は、神の言葉を伝える巫女がいる空間だと言われている。
サンザリア女王、アムール・サンザリアは、任務から戻ってきた己の配下を静かに迎え入れた。
「テンペスト、カルム。よく帰ってきてくれたわね」
「はい、私どもはいつも貴方の傍に」
そう言うと、二人はアムールに頭を垂れた。
「――…それで、ラ・ヴィ・アングルナージュは見つかりましたか?」
ラ・ヴィ・アングルナージュ。
今回の任務で、テンペストとカルムが探していた人形だ。
身体を動かす機能の全てが歯車であり、殺戮兵器として神によって作られたと言われている。
「申し訳ございません。潜伏し、探してみたものの任期中に見つけることはできませんでした」
「全ては我らの力不足、罰はなんなりと」
テンペストの言葉に続け、カルムは深々と頭を下げて言った。
「貴方たちに罪はないわ。アングルナージュをこのまま野放しにしておくわけにはいかない。あれはきっと己が生まれた使命を忘れているのよ…絶対に見つけなさい」
「…御意に」
アムールは世界の殲滅を望んでいるわけではなかった。
彼女が、殺戮兵器といわれるアングルナージュを見つけよと命じているのは、アングルナージュが生まれた由来にもつながる。
ただ一人の者を殺すために生まれたアングルナージュは、何年も前に役目を終えている。
故に、己の役目を忘れているのだとアムールは言う。
「女王様、もう一つ…報告すべきことがございます」
テンペットは再び頭を下げると、戦った赤い瞳を持つ女について報告し始めた。
*
玉座の間を出ると、そこは白い廊下に柱が何本か立っていた。
柱の数は全部で七本だが、現在二人の使徒がいない為、柱は五本しか立っていない。
テンペストとカルムの二人は、その廊下を出ようとしたところ、何者かに呼び止められた。
「貴様ら、これは一体どういうことだ」
「…セリューか」
柱の影から出てきたのは、眼鏡をかけた男だった。
セリューと呼ばれた男は、フンと鼻を鳴らすと眼鏡をクイっと押し上げた。
「アムール女王の御命令は一度で片付けるのが、我らの仕事。それを貴様達は何をしていたのだ?」
「今回はご命令が暗殺でもなければ戦でもない。探索と潜入だったからねぇ」
そう言ったテンペストに、セリューは鋭い目を向けた。
「それは言い訳だ。どんな御命令でも一度で終わらせるべきだ」
「そーだよ」
「女王様の御命令は絶対だよ」
「「ねー」」
セリューの言葉に賛同しながら、ふたりが柱の影から現れた。
「ドロワット、ゴージュ。私たちは女王の御命令に背いたわけではないわ」
カルムは背の低い、まだ幼い人の形をした双子に言った。
「でもー、それが達成できなかったてことは~、ねぇー?ゴージュ」
「君たち二人、アムール女王の期待を裏切ったってことになるから~、ねぇー?ドロワ」
テンペットは少々苛立ちを覚え、無意識に拳を握っていた。
「…貴様ら」
「お待ちください、相手は子供です。どうか」
落ち着いてください、と言おうとしたカルムを振り切り、テンペストは言った。
「侮るな…これは子供の形をした化け物だ。第四位使徒、双子のガーディアン。兄のゴージュと妹のドロワットだ」
にこにこと笑う双子は、使徒の中でも一番幼い。
それでいて息が合う連携技と、その魔力はアムールから絶賛され、使徒へと召された。
「第一使徒、そして第七使徒の座が空席の中、我々が守備を固め、そして少ない忠誠を女王に捧げなければならないというのに…」
「――ねぇ、そういえばデジールは?あの子に、ちょっと聞きたいことがあったんだけど」
テンペストはわかりきっているセリューの言葉を遮り、話を逸らすと、本来この場にいるはずのもう一人の人物の名を挙げた。
セリューは眉を顰めながら言った。
「彼なら、先程の貴様らの報告を聞き、書物庫に向かった。アングルナージュについては、情報があまりにも少ない…いつも本を相手にしている彼ならば、何かを見つけてくるだろう」
「ねぇ…それ、初めからできなかった?」
初めから新たに見つけた情報を持っていれば、見つけることができたかもしれないというのに…と、テンペストは肩を落とした。
「元は貴様らに与えられた命令だ」
「そういうと思ったよ」
「それで」
セリューはメガネをクイッと上げると、彼に向き合った。
「これから、貴様らにはどうするつもりだ。このまま任務を続行することは聞いている」
「あー…とりあえず、僕は父上の元へ向かうよ。カルム、君は先にデジールのところへ行ってて」
そう言うと、テンペストはその場から姿を消した。
「では、私もこれにて」
カルムは一礼すると、姿を消した。