使徒降臨
「お待たせ致しました。クーラ班、ただいま参上いたしました」
サフィラスが呼びに行って数十分、既に広間に明かりが灯った頃、警備隊のクーラが十名の軍人を連れてレグルスの前に現れた。
「緊急事態だ。これよりサンザリアの間者を殲滅させるまで、クーラ班十名に貴族討伐の権限を一時的に与える」
「承知致しました」
クーラ率いるクーラ班は深々と頭を下げると、レグルスの言葉を待った。
レグルスは頷くと、突如扉が開かれ警備隊の一人が慌てた様子で戻ってきた。
「警備隊一班二班三班が壊滅!サフィラス大佐が戦闘中!」
「なんだと?」
途端、広間にざわめきが広がる。
ゼノはギリィ…と歯軋りをすると、伝えに来た男の胸ぐらをつかんで引き寄せた。
「言え、それはどこだ!サンザリアの誰だ!!」
男は紅く光る蛇のような目で、睨むように目を合わせてくるゼノに震えつつも、叫ぶようにして答えた。
「デアの噴水前!名は上級魔導士、テンペスト・セルパン!」
「ッ!!」
ゼノはその者の胸ぐらを乱暴に離すと、ギャラリーへと跳躍し、背を向けて言った。
「レグルス、私は行かせてもらうぞ!」
「待て!ゼノ!!」
ゼノはレグルスの制止を聞かずに割られた窓から飛び去ると姿を消してしまった。
そして次に降ったのはレグルスの焦りの声だ。
「ゼノをそこへ行かせるな!誰か…フロース!お前で良い、グラウィス将官を呼んで来い!」
「は、ハッ!」
いきなり任を命じられたフロースは慌てて広間を出て行くと、城内の端にある将官棟へと向かって行った。
レグルスの急な態度に困惑したクーラは恐る恐る問う。
「あの陛下、ゼノ執行官を何故止めたのですか?」
「あれは…ゼノはセルパン家に多大な恨みを持っている。今、彼女を近づけさせてはならぬ」
苛立ちげに玉座の肘置きを拳で殴るレグルスに、近寄れる者はいなかった。
*
サフィラスが現場に着くと、そこは既に壊滅状態だった。
それでも二人の兵士が残っているが、目の前にいる銀髪の男に仕留められそうになっている。
サフィラスは所持していた愛銃をその男に向けると、引き金を引いた。
恐らく、この男に銃は効かない。
それでも今は気を逸らすだけで良い。
バンッ!と銃声が響き、放たれた銃弾は蛇の形をした稲妻に命中するや、それを打ち消した。
「警備隊の三班分が一気に壊滅。…これは、一体どういうことだ?魔道士!」
「おぉ?やっと生きのいいやつのお出ましかな?」
銀髪の髪に茶化したような口調、特徴のある男だ。
サフィラスは屋根へと飛び乗ると、そいつを睨んで、男の問いを受けた。
「君、強そうだね。名前は?」
「……サフィラス・シレークス」
「へー…。折角だからさ、覚えといてあげるよ。僕の名前はテンペスト。テンペスト・セルパン」
その名前に覚えのあるサフィラスは思わず名前を繰り返した。
「貴様…最上級魔導士のセルパンか!」
「せいかーい。よくわかったねぇ。あっ、もしかして僕、有名だったりしちゃう?」
「ふざけるな!」
サフィラスら再び引き金を引いた、が、その銃弾はテンペストに当たることはない。
サフィラスは銃口をテンペストに向けたまま、腰を抜かしてこちらを見ている二人に告げた。
「今のうちに戻れ!レグルス王にこの事を報告しろ!」
その声にハッとした二人は落としていた武器を再び握り、城に向かって走って行った。
それを見たテンペストは「あらまぁ」とサフィラスに笑いかけた。
「逃がしちゃうのかぁ。優しいんだねぇ」
「ほざけ。貴様の狙いは何だ、レグルス王の命か?」
「別にレグルス王にはハッキリ言って興味ないんだな~」
「…何?」
サフィラスは眉を顰め、テンペストを睨んだ。
テンペストは「おお怖い」と我が身を抱きしめると、睨むサフィラスをあやすようにして言った。
「僕はね、他に別の任務があってここに来たんだけどー…見つからないから、帰ることにしたんだ」
「別の任務…?ッ!」
サフィラスがつぶやいたその刹那、テンペストが魔法によって繰り出した雷が頭上から降りてきているのが見え、サフィラスは咄嗟に身を引く。
爆発音のような音と共に先程いた場所の屋根が砕け散るのを見て、サフィラスは剣を抜いた。
「君、両手使いなんだ」
サフィラスの戦闘スタイルは右手に剣を、左手に銃を構える。
普段なら剣だけなのだが、相手が相手だ。
此方も本気で行かねばやられる。
「テンペスト…貴様が三等兵に化けたのか?」
「残念ながらハズレ。僕じゃないよ、化けたのは」
「私ですよ」
一人の女の声が頭上から聞こえ、バッとサフィラスは空を見上げた。
するとそこには髪の長い女がニコリと笑って、こちらを見下ろしていた。
「私は幻術士、カルム・マンソンジュ。三等兵内に潜伏したのは私です」
屋根に降り立ったカルムにテンペストは肩を回し、上機嫌な声で言った。
「カルムはねぇ、僕と同じ最上級魔導士なんだよ。君一人でどうにかなりそうな相手じゃないと思うんだなぁ」
「階級など関係ない。シレークス、そしてダンドリアの名において貴様らを潰す、それだけだ」
チャキッと剣先をニ人に向けたサフィラスはその刹那、屋根を蹴ってテンペストを目掛け、速い攻撃で切り掛かった。
しかし、
「なに!?」
剣がテンペストに触れた途端、二人の姿は消え、これが幻術だということに気づく。
サフィラスは背後に迫っていた稲妻に気づくと、剣を横に構え迎え撃った。
剣は稲妻を真っ二つに裂き、それを消滅させる。
「ハハッ!本当面白いよ君!」
「あぁ、それは盛大な褒め言葉…だッ!」
風の刃を受け止め、弾きかえすとサフィラスは速さを緩めずにテンペストの姿を捉えると、彼を目掛けて屋根を蹴った。
テンペストからは次々に風の刃を放たれるが、サフィラスは華麗な動きでそれを避けきり、隙が出来たテンペストに剣を振り下ろした。
だが。
「零距離なら、僕の方が有利…だよね」
サフィラスの剣を腕で受けて止めたテンペストは、雷を纏い、そのまま拡散させた。
「ぐああああぁあッ!」
テンペストの攻撃を零距離で食らったサフィラスは、声にならない声をあげた。
その声を聞きながら、カルムはテンペストに近寄り、目の前にいる男の正体を話した。
「この者…サフィラス・シレークスはダンドリア国軍所属、階級は大佐です」
「へー、大佐なんだ、君。これで内部がどれだけ廃れてるか…ハッキリ分かったよ
「…ざけるなよ」
「ん?」
サフィラスはテンペストの手を銃で狙い撃ち、魔法を打ち消した。
「侮るな…ここはダンドリアの地…踏み入ったことを後悔して帰れ」
「どうします?彼、まだ全力を出していないようですよ。やはり、彼くらいになると本気になれば私共と匹敵する程の力になるのでは?」
「うーん、そうだなぁ。それじゃ、特上の魔法、見せてあげるよ」
テンペストは雨雲を更に呼ぶと、蒼い石を二つ、空へと放った。
すると雷がその蒼い石を中心として集まり、巨大な蛇に似た生物を生み出した。
青白い稲妻を纏い、蒼い石は目となり、シューと下を出す蛇は鎌首をもたげている。
「さぁ、これでもまだ勝てるかな?」
「勝つのではない、殺してやる」
サフィラスは再び剣を構えると、蛇に向かって走り出した。
巨大の針のような稲妻攻撃を交わし、剣で腹を叩き斬った。
「キュゥウアアアアッ!!」
ヴァイオリンの音の様な叫び声を上げ、蛇の身体がしなる。
続けて尾の切断に向かおうとすると、サフィラスの頭上を何かが通った。
パリーンッという石が破壊される音ともに、蛇は苦しそうにもがき始め、見る見るうちに消滅していった。
「お前は…テンペスト・セルパン。…何故、敵国の第二位使徒の貴様がここにいる」
サフィラスはその声をした方向を見た。
テンペストの雷の剣と鍔迫り合い合う相手…自分と同じ軍服を着た赤色の瞳の女。
「――…ルージュ」
テンペストがそう囁くと、ゼノは苛立たしげに舌打ちした。
そして宙に佇んでいるカルムを睨むと、低い声で呟いた。
「カルム…第六位使徒か」
ゼノは笑むテンペストの鍔迫りを高く突き放すと、速い動きでテンペストの背後に回り、抜刀して斬りつけた。
「グハッ!」
速い――。
カルムはその動きを見てすぐさま思った。
サフィラスの動きは安定した動き…一撃一撃は重いが見切ってしまえば防ぐのは容易い。
だが、ゼノは速いがゆえに連続した攻撃で攻撃力を上げ、また速いがゆえに不安定な動きで見切るのが難しい。
テンペストはゼノの猛攻を止めようと、わざと腕で剣を受けると、先ほどサフィラスにも食らわせた零距離攻撃を仕掛けた。
拡散した雷はゼノに当たる――はずだった。
「っ!」
ゼノは雷のダメージを食らうことなく、逆に雷を纏ったまま気合を発しながらテンペストに突進していった。
胴に一線を引き、そのままサフィラスの横に着地すると、身を引くし、次の攻撃に備えた。
「大佐の顔が丸つぶれだな、サフィラス」
「黙れ、使徒だということに気付かなかっただけだ」
「ハハッ、言い訳だな」
その先でテンペストは再び雷をまとっていた。
翼のように広がる青い稲妻は次第に大きく広がっていく。
「僕はねぇ、強いっていうのが好きなんだけど、流石にこんな屈辱を味わうのは好きじゃないんだよね」
テンペストはバチバチッと稲妻の槍を出現させると、ゼノに向かって槍を放った。
ゼノはそれを向かい討つべく、柄を握り、いつでも抜刀できるような姿勢でいる。
雷鳴を響かせてこちらへ向かってくる槍が、ゼノが抜刀した刀に触れ、鋒が二つに分かれたとき――
金属楽器のような、吹奏楽器の音が街中に響いた。
明るく吹き鳴らすそれに、槍が瞬時に消え、テンペストの雷も徐々に消えていった。
カルムは、テンペストに近寄ると囁くようにして言った。
「ガブリエルの帰還曲…、仕方ありません。帰りましょう」
「……はーあ、もう少しで仕留めることができると思ったのになぁ…残念」
そう笑顔で言ったテンペストは、再び空へ浮くとこちらを向いて深々とお辞儀してきた。
「それではね、ゼノ、サフィラス」
その言葉を最後に、消えていった二人をゼノは睨みつけていた。