入隊式
ネムスのパーティーから一週間が経った。
結局、フロースの意志は変わることはなく、この日、新しい仲間とともに入隊式を迎えた。
「我ら、ダンドリアは昔より、北西に位置する魔法国・サンザリアとの対抗を続けている。もしも屈することになれば、一生我々は奴らの支配下に置かれるだろう。そうならぬ為にも、この時代に決着をつけようと私は考えているーー」
登壇して話すのは、この国の王・レグルス=ダンドリア。
そして目の前にいる総勢約三百人の若者たちは、全員、これより軍が預かることになる新しい兵だ。
皆が皆、新米兵らしく初々とした表情でレグルスを見つめている。
圧倒的に男子の数が多いが、チラホラと女子の姿も見える。
その席の端の列には佐官や尉官の中などの各階級から選ばれた軍人が数名、座っていた。中には、サフィラスの姿もあった。
グラウィスが着任している将官は壇上で椅子に座り、レグルスと同じ位置から新米兵を見下ろしていた。
こうして揃った三百人の新米兵…三等兵兼訓練兵だが、二等兵になる頃にはこの三分の一もいなくなっているであろう。
三等兵になり、ほんの数ヵ月後には既に本物の戦へと赴くことになる。
そこで彼らはようやく死を知り、人を殺す恐怖を知る。
そしてそれでも生き残り、軍に留まる覚悟を決めた者だけが二等兵へと昇級できるのだ。
しかし、大概の二等兵はまだまだ未熟であり、新しく入ってきた三等兵に上官からの鬱憤を晴らすために暴言を吐いたり、暴力を行ったりすることがある。
そのようなことが起きないよう、監視・面倒をみるのが軍曹兼教官とミーレスが着任した上等兵以上の者達である。
その神聖な式の中、ゼノはというと、二階のギャラリーにて同じ准佐の位に着く、フェーヌムと共に警備にあたっていた。
その腰には愛刀がささってる、
もしかしたら、新米兵の中でレグルスの命を狙う者がいるかもしれない。
レグルス王と顔をあわせる機会など、付き人か貴族でなければそうそうない。
故に、このような時に狙ってくるかもしれないのだ。
ゼノのすぐそばにフェーヌムがいるのは、彼も同じ任務を背負い、同じ式典に参加してしまっているサフィラスの代理の監視もあるからだ。
フェーヌム本人はゼノの監視を含めているなどとは、気づいてはいないようだが。
レグルスの話が終わり、試験にて成績のよかった生徒からの感激の言葉を終えると、一同は立ち上がって国家を歌った。
全ての過程が終了し、新しく加わった三等兵達は軍曹に連れられ式場を退場していった。
それと入れ違いに、すぐさま二等兵が入り込んできては後片付けに追われていた。
ギャラリーにいたゼノはグラウィスが手招きしているのを見つけると、フェーヌムにここを頼むように言って彼の元へと歩いて行った。
ゼノはレグルスを城の門まで届ける役目も担っている為に、こういう行事には必ず呼び出されていた。
彼女自身、反発はすることもあるが、国王レグルスには必ず従った。
無論、親のグラウィスやサフィラスにも従うこともあることはあるが、レグルス程ではない。
確かに、軍には城内や貴族のパーティーなどの警備を行う警備隊という役職はあるが、法律上、軍の反乱などを防ぐ為に貴族を殺すことはできない。
ゼノの場合、執行官という特別な役職についているため、警備の一人として護衛に回ることがある。
他にも執行官がいることはいるのだが、ゼノ以外は執行をする必要があるかどうか決め、王であるレグルスに伝えるという立場にいるだけで、自ら手を下すことはない。
ゆえに、貴族を執行できるのはゼノだけであり、貴族から王を守るには実質彼女しかいないということになる。
壇上を降りたレグルスの元に着くと、既に警備隊から派遣された男が一人、レグルスの右後ろに立っていた。
「待たせたな、レグルス」
「揃ったな。参るとするか」
レグルスが前へ進むと、ゼノは左後ろに着いた。
すると、右後ろに着いている警備隊の男がギロッとゼノを睨んだ。
場合によっては、自分が動くのが遅かった為に、ゼノに手柄を取られるかもしれないからだ。
ゼノ本人はその手柄など考えてもいなかったが、階級社会を意識している多くの兵はゼノを良いとは思ってはいなかった。
外の門前には先ほど退場していった三等兵が道を開けて整列していた。
レグルスが式場から顔を出すと、「敬礼っ!」と軍曹の掛け声により、前に整列していた三等兵らは一斉に最敬礼を行った。
バッと敬礼する姿にレグルスは頷くと、その間の道を進んで行った。
門外にはレグルスを送る為の車が到着している。
レグルスは程よい速さで歩いていく。
その後ろをゼノは周囲を睨むようにして目だけを動かして見渡しながらついていく。
その姿に、敬礼をしている三等兵は驚き怯んだ。
己の教官たちもかなり怖かったが、目の前にいる赤目の女はそれとは違う異質な雰囲気を感じる。
動けば殺される。
蛙が蛇に睨まれたように、彼らはすくみ上がっていた。
それは中にいたフロースも例外ではなかった。
レグルスはそのまま進んで行き、車に乗り込んだ。
ゼノと警備隊の男はその脇に乗り込み、同時に城へと同行した。
*
入隊式が終わった三等兵らは、宿舎に戻っていった。
今日は訓練はなし。
この後はレグルスが主催する入隊パーティーに参加し、1日を終える。
パーティー続きのゼノは、レグルス直々に呼ばれている為に参加を余儀なくした。
今日1日はレグルスの傍に居なくてはならないゼノは、玉座の相対しても見えない所にに佇んでいた。
パーティー会場は城で行うため、業者などが多く出入りする為、レグルスのそばを離れることのできないゼノであったが、この役職に不服はなかった。
「ゼノ」
不意に名前を呼ばれ、振り向くとそこにはサフィラスが正装した姿でこちらに近づいてきていた。
「なんだ、サフィラス。今は仕事中だ」
「そのセリフ、執務中にも言って欲しい物だな」
「……何しに来た」
ゼノはそう言いながら玉座付近に視線を戻した。
サフィラスは腕時計を見て言った。
「二時間後にはパーティーが始まる。俺とグラウィス将官は先に行ってレグルス王の到着を待つ。今回のパーティーはネムス伯爵のパーティーとは比にならないものだ。様々な人間が出入りをする。頼んだぞ」
「忠告に来たのか。余計なお世話だ。それくらいのこと言われなくともわかってーー」
「そうじゃない」
サフィラスは顔を顰めて、一通の手紙を差し出した。そこには極秘の印が押されていた。
様子がいつもと違うこと気づいたゼノは、それ受け取るや胸元に入れようとするが、サフィラスに止められる。
「急ぎだ、今見ておけ。レグルス王には俺から言っておく。内容だけ頭に入れたら、その手紙は破棄しろ、いいな?」
ゼノは頷くと、サフィラスがレグルスのもとへ行ったのを確認し、封を破った、
サフィラスがレグルスと謁見しているのなら目を離しても大丈夫だ。
二つに畳まれていた紙を取り出して広げてみると、それにはリベラが所属する技術班の責任者からの手紙だった。
『本日、新兵器・魔力察知機器を使用したところ、入隊式にて、微量の魔力反応が感知された。
以上のことを踏まえ、今夜行われるレグルス王主催のパーティーにて、警備の者十名に携帯型魔力察知機器を配布する。
魔力を察知した場合には、対象を捕らえること。生死は問わない』
魔力を…察知した?
魔力察知機器は、最近開発したものだとリベラが言っていた。
半径3キロ以内の魔力を察知する装置だが、それを今回導入した話は聞いていた。
しかし、それが誤作動をしていなければ三等兵の中に魔力を持った者がいる可能性が高い。
もしもサンザリアからの間者だったら、かなり危険だ。
「ゼノ、いるな?」
「はい」
レグルスの声に応え、彼の前へと歩いて行く。
彼の手元を見れば、自分と同じ手紙を読んだようだ。
「お前は一足先に、技術班のもとへ行って携帯型魔力察知器を借りてこい。お前が戻るまで、サフィラスと話をしている」
「わかった」
サフィラスがいれば大丈夫だろう。
ゼノは、その場から少し離れている、技術班の宿舎へと向かった。
情報の漏洩を防ぐために、少々わかりにくいところにある。
ゼノは他の部屋とは違う、王室より丈夫かもしれない鉄の扉を叩いた。
「リベラ、私だ」
*
技術班の連中はゼノを拒絶しているわけではないが、班長が階級社会をかなり気にしているために、接触にしてもリベラを介してが暗黙の了解だった。
リベラの個人研究室にいるゼノは受け取った例の物を面白そうに眺めた。
「ほー、これが携帯型魔力察知機か」
ゼノはゴーグルの形をした携帯型魔力察知機器をスッとかけるとリベラに向き直った。
リベラからはいつもは感じられない、ピリピリとした雰囲気が伝わってくる。
「そんなに気を張らなくとも大丈夫さ。私がいる」
「うん、わかってる。ただ、魔力が察知されたということは――」
「サンザリアからの間者が紛れ込んでるかも知れない、内面から攻撃されたらって思うと…」
「私がいる。今日はサフィラスも近くにいるから大丈夫だ。あまり考えすぎると、視野が狭くなって研究者としては逆に危ういんじゃないのか?」
「…そうだよね。うん、ゼノがいるから…サフィラス大佐も。わかった、君を信じるよ」
そう言うと、リベラは<ゴーグル>の説明をしてきた。
どうやら、このゴーグル。魔力を察知するとその対象が青く光って見えるようだ。
レンズの素材は、前のグラーティア奪還作戦後に街中の倉庫で見つけたもので、魔力に反応する鉱石が含まれているという。
「あとこれ、サフィラス大佐の分。大佐も忙しいようだから、渡しておいて」
「りょーかい」
サフィラスの分のゴーグルをいれたケースを受け取ると、ゼノは「それじゃ」と言って去っていった。