振り回される人々
「これ、半ば魔法の技術混じってないか?」
ゼノが向かった先は城内にある、技術班の実験室だった。
目の前にいる男……リベラ・ジョクラトルはこの技術組の一員で、数々の武器や兵器を作ってきた男だった。人懐っこく、温厚な彼は変わり者と称され毛嫌いされ、また反対に人を毛嫌いしていたゼノまでも惹きつけ、実質サフィラスに続くゼノの手綱を握っている人物でもあった。
リベラは時折、物を開発をしては、まず第一にゼノを呼び、使い心地や感想などを聞いた。ゼノの言葉は素直で、世辞は一切無い。しかも最前線に出ている為に、今必要と考える武器や防具などをいち早く知ることができる。ゼノの意見は貴重な材料になっていた。
「そんなことないよ。わかりやすく言えば磁力云々を色々使って、物理的魔法を跳ね返すようにしたんだ」
「この指輪が?」
左手の人差し指に嵌めた翠色の指輪をゼノはちょんっと触ってみる。すると何重にも布かれた透明の壁がゼノの前に現れた。
「うぉっ、これ凄いな」
「でしょ?でもまだこれは開発段階で、今のままだと味方の砲台の攻撃とかも跳ね返しちゃうから、この国の武器の材料を調べ尽くして、それ以外を跳ね返すように設定しなきゃいけないんだ」
「つまり、単身で乗り込む分にはいいが、集団戦闘には不向きってことか」
「……ゼノ、何する気?」
「単独任務が出たら、直ぐにでも付けていこうかと思って」
ゼノはニヤリと笑うと、再び指輪を触り結界を強めようとしたが、結界の強度が上がる前にリベラは指輪をスッと取り上げた。これ以上、こんな物が散らかっている場所で強度を上げられたら大変なことになる。
むっと不機嫌そうな顔をするゼノに、リベラは指輪をケースに戻しながら言った。
「当分ゼノには単独任務は回ってこないよ。この前のグラーティア奪還作戦で大暴れしたんでしょう?」
グラーティア奪還作戦。
ダンドリアとサンザリアのちょうど真ん中にある街であり、元はダンドリアの領土だったのだが、その前の戦いにて惜しくも空け渡してしまった街である。しかし、今回の戦いにて無事奪還。現地では復興作業が行われている。ゼノが問題を起こした戦いでもある。
ゼノは再び、顔に怪しい笑みを浮かべた。
「あぁ。でも、そのお陰で私は大尉から准佐に昇格だ」
「昇格って……それじゃ、これからは前線に出ないってこと?」
「そうなるな」
「えぇっ、それだと幾ら開発したって、ゼノみたいな人をまた探さない限り、実戦で使うのは危ういよ」
ゼノの昇格を祝うどころか嘆く彼を、ゼノ本人は面白そうに眺めた。
そもそも、こういつ新しい武器は使われる機会の多い前線に出る尉官程度の者に支給されることが多い。大尉である彼女は本来ならば本部で待機している身だが、大尉は複数人いる為に、彼女だけは戦場に出ては前線を走っていていたので、リベラの研究にも手を貸すことができた。
だが、とうとう彼女も後ろの方へ引っ込むとなると、手を貸したくとも使い心地を確かめる程度。次々と戦闘法が変わっていく前線で、使えるかどうかは実際に前へ出ている者でなければ、わからない。
「なら、私が前線から引っこ抜いてきてやろう。私も准佐、幾ら私を嫌っていても権限というものがあるからな」
「権限乱用は良くないよ。サフィラスが何て言うか……」
「大丈夫だ。乱暴はしない」
「全くもって説得力がないよ、ゼノ」
ゼノの言葉は無意識に真っ直ぐだ。例えそれが相手にとって傷つく言葉であっても構わずに言う為、反感を買う事が多く有り、その度に暴力座他を起こすことも少なくはなかった。
「それに、来週には各階級が一つずつ繰り上がる。昇格試験を経て更に上を行く奴もいれば、そのまままのやつもいる。更に、新米兵共が入ってくる時期だ。人選にはもってこいの期間だと思わないか?」
「でも、一応ここでのことは極秘なんだからね?下手に人を連れてきたら、情報が漏れるかも…」
「もし潜伏兵だとしても、処刑台に乗せて首を斬ってやるのはこの私さ。後悔するのはそいつだ。逃げる前にとっ捕まえてやる」
そういえば、ゼノは大尉や准佐以前に死刑執行人からのスタートだった。
グラウィスに引き取られた幼き日の彼女には、既に『人の生死というものは自分以外の誰かが握ることが可能だ』ということを理解していた。現在でも執行人の職は彼女が担っており、血に塗れたその役職は皮肉にも、彼女にはお似合いであった。
そう思うと、そんな彼女を一任されたサフィラスもかなりの苦労人だと改めて実感する。
「サフィラス大佐も大変だな……」
「さっきの会議で、グラウィスにもため息を吐かれた」
「グラウィス将官にも?仮にも君の親だろう?ダメだよ、少しは親孝行しなきゃ」
「私をここまで育てたのはあの二人だ。文句があるならあの二人に言え、それが私の売り文句」
その言葉にリベラは頭を抱えた。
確かに、ゼノをここまで育ててきたのはあの二人だということは軍団内でも有名だ。そして二人は上位にいるため、贔屓だ云々言われていることもリベラは嫌でも知っている。
「ゼノ……その売り文句はやめといたほうがいい。そのうち、二人に火の粉が回るよ」
「ほいほい。あの二人がいなくなったら、私は地下牢の番人役にでもされそうだしね。努力はするさ。所詮は拾われた身で、自分自身に政治的力なんてないし」
その言葉にリベラは「政治的力がないのは、僕も同じさ」と笑って返した。
*
その頃、王の執務室にて。
木製の扉を四回ノックすると中から「入れ」と声が聞こえた。扉を開けて中に入ると、そこには王・レグルスが椅子に座り佇んでいた。
「どうした、グラウィス。」
軍の最高トップに座る彼はローブなどの高価なものを着ることはしない。配下と同じように軍服を着て、スッと背筋を伸ばして鎮座する、威厳のある男だった。
「ゼノに関してなんだが……今大丈夫かい?」
「今しがた、仕事がひと段落ついたところだ。どうだ、コーヒーでも飲んで行くか」
「なら、一杯だけ」
レグルスは侍女にコーヒーを持ってくるように告げると、ニコニコと笑って見せた。
「2日ぶりか」
「悪いね。グラーティア作戦の始末が残っていて、顔を出す暇がなかったんだ」
「それはさぞ忙しかっただろう」
「君ほどではないよ」
グラウィスは苦笑して言った。レグルスの顔には疲労の色が見える。よく倒れずにいれるものだ。
暫くして、侍女がコーヒーを二つ持ってきた。差し出されたカップを受け取り、一口含む。口の中に苦味が広がり、思わずため息が出た。考えてみれば、こうしてゆっくりコーヒーを飲む時間も、ここ最近なかった気がする。
「それで」
レグルスはカップを机に置いて言った。
「ゼノがどうしたのかね」
「……先のグラーティア奪還作戦で、ゼノは部隊を率いていたのだが、どうも彼女には単独行動をする癖か何かがあるようで、私もサフィラスも手を焼いていてね。…これ以上、兵たちを危険に晒すわけにもいかん。監視という意味も含め、彼女を大尉から准佐へと進級させたいと思うのだが…」
「なるほど。ちなみにどのような行動を?」
グラウィスはコーヒーを啜った。
「……今回の作戦では、サフィラスの突撃命令を待たず、敵陣に単身で飛び込んで行った」
「それは…流石に許し難いな」
「罰しようにも、彼女はどんな罰も受け入れる…拷問しようにも謹慎させようにも彼女には罰という罰は効かん」
「だから、あえて昇格させ准佐につけるか…確かに位を上げれば戦に出さずに済むし、部下の面倒も見なければならないな……よし、許可しよう」
筆記試験もなく昇格させるのには、それなりの反感を買う恐れがある。ゼノの場合は特別な処置が必要だ。
「准佐や准尉の位は試験を受けなくとも、一応はその者の功績次第で、就くことはできる。表向きは、そういうことにしておこう」
昇級許可証を取り出すレグルスに、グラウィスは感謝の念を込めた。
「すまないな」
「いや、いずれこの判断は彼女の為にもなるだろう…丁度良いことに来週は昇級期間だ。今彼女が准佐になっても誰も疑わないだろう」
グラウィスはレグルスがペンを置いたのを見計らい、「そうだ」と持ってきた書類の中から一枚の紙を差し出した。
「もう一件、これを見て欲しい」
差し出された紙には一人の少女の写真と、その少女についての名前や年齢などが載っていた。
「フロース・ドルミート……ドルミート家の息女か」
ドルミート家は代々、軍資金の援助をしている家である。そのドルミート家当主、ネムス・ドルミートは博打好きだと有名だ。その一人娘、フロースはかなりの美形で求婚する男も多いと聞く。
それなのに何故、グラウィスはフロースの資料を持っているのか。その答えは一つである。
「もしや、ネムスは一人娘のフロースを軍へ入れようとしているのかね?」
「でなければ、このような資料を持ってくる筈なかろう」
「しかし……貴族階級である彼が何故……?金に困る庶民階級やフロースが男というのならまだわかるが、わざわざ彼女を軍へ入れる理由がわからん」
レグルスは資料をサッと読んでいく。
筆記試験はほぼ満点に近いが、身体能力を測る試験はギリギリといったところか。志望場所は医療班のようだ。
「偏りはあるが、育てれば優秀な人材だ。だが……」
「今一度、ネムスと会うか」
「そうだな……下手をすれば貴族階級との内戦が起こるかもしれんしな」
ドルミート家は貴族の中でも、かなり信頼を置かれている。フロースはそれぞれの貴族の絆を結ぶ為の架け橋となる存在だ。必ずしもフロースを嫁がせないつもりは無いのだろうが……言い方は悪いが、花嫁修行気分で入れられては迷惑だ。
「だとすれば、近々昇級祝いのパーティをドルミート邸で行うようだ。行ってくるといい」
ドルミートは年に数回、かなり大きなパーティーを行う。その中でも昇格を祝うパーティーは貴族の出の軍人を祝うものであり、軍資金を投資して貰っている側としては、どちらにしろ、それに出席しなければならなかった。
「しかしだな、もしそれがネムスの意思でなくフロース本人の意思であればどうする。彼女を説得しない限り、引き下げをすることはできないぞ」
「……ゼノを連れて行け」
「ゼノを?馬鹿を言うな、ゼノがそのような場所で大人しくしているとは思えん」
一度、レグルス主催の貴族を集めたパーティーにグラウィスの娘として連れて行った時には、口説きにかかった子爵の息子に向かって頭突きを食らわせた過去を持つゼノ。グラウィスは、それ以来、自分が主催するパーティー以外はゼノを連れて行かないようにしていた。
「ゼノもそろそろ社交に慣れておい方が良い……グラウィス、君の心配もわかるが、ゼノをこのままにしておくわけには行かない……君の娘である限りはな」
「あぁ、わかっている」
グラウィスはコーヒーを飲み干すと、席を立った。