放し飼いには注意すべし
「――でありますので今後は最前線に繰り出すのではなく、監視の意味合いも含め、ゼノ・クウァエダムを大尉より准佐へと昇格させて頂きたく存じ上げます」
「ふむ……、確かに彼女を前線に置くのは戦力的には良いことだが、独断行動が多すぎる。是非、そうしてくれると助かる」
「御意に」
ゼノは、その会話をぼんやり聞いていた。
今日は雨が降っている。雨の日は馬で駆けても砂埃が立ちにくいので、戦がしやすい。しかしそれは微量の雨の時に過ぎず、大雨となれば話は別だ。雨の音で敵陣の音はかき消され、視界は遮られ、武具は水を吸って重くなり……とデメリットは増える。火器を使うことは出来なくなるために、戦力が衰える。だが、私達には力がある。魔法は魔力を持つが、私達は驚異の身体能力を持つ。科学の力を扱うこともできる。そういえば、リベラの技術組が新たに「新しい武器」を開発したと聞いたが、あれは一体どうなっただろうか――
「ゼノッ!!」
「……なんだ?」
名前を呼ばれ、ゼノがたわいも無い返事をすれば、半ば怒ったような顔をしたサフィラスが目の前にいた。その横には将官・グラウィスが呆れたような目でゼノを見ている。
「話を聞いていたか?」
「いや全く。私は軍議は苦手でね、いつも言ってるだろう、サフィラス」
ゼノがそう言い返すと、サフィラスは怒りを込めた低い声で言った。
「ゼノ……お前が散々最前線で暴れたせいで、危うくお前の部隊が壊滅するところだったんだぞ」
「私はただ、単身で乗り込んだだけだ。部隊の連中には待機命令を出した筈なんだが……わざわざ止めに来たよ」
「当たり前だッ!俺からの指令を待てと言ったはずだ。いいか?お前の行動一つで幾つもの命が失われかけたんだぞ」
前々から独断行動が多いことは知っている。だからこそ、目に届くような場所の地位置き、更に彼女が志願した最前線に置いてやったというのに…とサフィラスはため息を零した。
元々、ゼノが集団的行動が得意では無いことを知っていた。しかし、ここまで来るともはや最前線に起き続けることはできない。ならば一層の事、後ろの方へ下げてしまおうと大尉から、尉官と佐官の間である准佐へと引き上げを将官へと頼みに来たというのに、当の本人は他人事のような態度でいる。
怒りを通り越して呆れたサフィラスに、将官のグラウィスは声をかける。
「サフィラス、君はよくやっている。彼女を拾ってきたのは私だが、私の頼みを君は拒むことなく彼女、ゼノを育ててくれた」
「少々、おてんばが過ぎますが」
「サフィラスー?私はもうおてんばをする年頃じゃ無いぞー」
そう言うと、次はサフィラス、グラウィス二人が息を揃えてため息を吐いた。
なんだ?二人は自分がそこらに咲いている可愛い花のように育って欲しかったとでもいうのか。
ゼノはそう思うや、いやそれは無いなと自分で意見を打ち消した。
あの時から、自分から『乙女』なんてとっくに消え失せているんだ。それは、この二人もよくわかってるはず。
態々それを口に出す気にもならなかったゼノは、口角を上げてサフィラスが言ったことを思い出していた。
「でも、大尉から准佐へと昇格か」
「ああ。そこなら無理に前線へ出る必要もないし、私の監視も行き届く」
「私が後ろで黙って見ていると思う?」
「無論、前線が崩れたりすればお前を出してやる。だが、勝手な真似はするんじゃ無いぞ」
「へーい」
適当な返事をし、席を立ったゼノにサフィラスが問う。
「何処へ行く」
「リベラの所。新しい武器を作ったそうだから見に行ってやろうかと思って」
「お前……まだ話しは終わってないぞ」
サフィラスの制止を聞かず、部屋を出て行くゼノの姿をグラウィスはじっと見つめていた。女の中でも背が高い彼女は、スラッとした身体でその細さは幼い頃から変わらない。懐かしむようにして、グラウィスは目を細めた。
「ゼノの事は引き続き頼んだ。私はレグルスの元へ報告へ行ってくる」
グラウィスとダンドリア国の王・レグルス=ダンドリアは昔からの幼馴染であり、こうして一国の王を呼び捨てにするのは、この国でグラウィスとゼノの二人だけだ。
サフィラスは「よろしくお願い申し上げる」と言葉を返し、グラウィスは報告書を手に持ってゼノが出て行った扉と同じ扉から出て行った。