とある少女の話
薄暗い、ジメジメした檻の中。手の届かない程の高さにある窓から、日の光が差し込んでいた。
――何もかもが、終わった後だった。
先程まで「餌」をやりに来た魔法使いの男は無様に転がり、赤く血に染まっている。ローブを来た男は長くこの塔の番人をしている中年の男だった。急所を滅多刺しにされ、至る所から血が流れ出ている。
…その死骸の先には、ナイフを握りしめた少女が口の周りを赤くして座り込んでいた。まだ五つくらいの幼い少女である。
「…行かなきゃ」
少女はそう呟くと、開いたままの牢屋の扉を出ようとした。しかし、
「っ!魔法陣!」
この部屋には、少女が決して逃げ出さぬよう結界が張られていた。それに触れた少女の指先にはピリッとした電流のようなものが一瞬流れ、火傷をしたかのようにすぐさま手を引っ込める。
少女は焦った。このままだと出られない。魔法陣の解き方など知らない。知る術など無かった。魔法を司る国の生まれでありながら、その魔法を使うための魔力が全く無かった少女は、親の都合によってこの塔に幽閉されていたのだ。
どうしよう、どうしようと焦る少女の瞳に、ふと男の死骸が映る。使える魔力は元からない。
ならば、取り込めばいい。
少女は死骸に近寄ると、持っていたナイフを死骸の太腿に突き刺した。硬い肉の弾力がナイフを拒むが、少女は持ち方を逆手に変え力を込めて引き裂いた。引き裂かれた肉を摘み、少女は恐る恐る口に入れた。口の中に血の味が広がり、吐き出しそうになるのをなんとか咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。
再び立ち上がり魔法陣に手を触れると、なんとそれは拒むことなくすり抜けることが出来た。どうやらこの魔法陣は魔力を持たないを通さないだけのようで、一時的とはいえ魔力を取り込んだ少女は難なく通り抜けることが出来た。
道は一本道で、階段が螺旋状にあるだけだった。一つの牢に閉じ込めておけば、逃げることは無い、と思ったのだろうか。それとも閉じ込めるための牢を作るための時間をも惜しかったのか。とりあえず、親が自分の事を愛していない、興味など持っていないことはよくわかった。前々からそんなことは知っていたが、改めてそれが痛感させられる。
細い足で階段を駆け下りていき、やっとの事で階段を下まで降りると扉めいいっぱい強く開いた。
――その先には、自由が待っていた。
塔から離れ、がむしゃらに走る。
誰にも見つからないところへ、ただ走る。
親も見張りも、誰も、誰もいない場所へ。