指先にkiss
机に伏せられた顔、俺はじっと彼女のつむじを眺めていた。
死んだように眠っている彼女は俺の幼馴染みで、隣の家に住み互いの部屋を行き来する。
まるで漫画みたいな関係だ。
彼女の部屋は…年頃の女の子としてはどうなんだろうか。
ハッキリ言ってしまえば汚い。
ものすごく汚い。
白と黒を基調にしたシンプルな部屋には、ペットボトルやカロリーメイトの空き箱が積まれている。
彼女が突っ伏している机の上には、ビタミン剤や栄養剤の入ったビンが置かれて、本人は紙の中で埋もれて眠っていた。
ベッドと机とPC用の机や機材、大きな本棚が二つと小さなテーブルに座椅子が置かれた部屋は、本当に彼女が必要とするものしか置いていない。
過去にテレビを置かないのかと聞いたところ、ラジオを聞くので問題ないと答えた彼女。
年頃の女の子がこれでいいんだろうか、と疑問を抱いたのは言うまでもない。
割と広めの部屋だが、その部屋中にバラ撒かれた紙を俺は拾い集めて歩けるスペースを確保する。
部屋に入ってきた時点で少しは集めたのだが、一体何枚の紙を使ったんだ彼女は。
その紙は全てA4の原稿用紙。
作家を目指す彼女はいつもコンクールの締め切り前になると、部屋を今のような状態にしてこもるのだ。
一応学生という立場なので、学校には通うのだが授業は爆睡している。
今回は連休があったので書き終わり、そのまま崩れ落ちるように眠ってしまったのだろう。
学校があれば単位の為に、死ぬほど眠たい体に鞭を打ってでも学校へ行き寝ている。
どの道寝ていることには変わらないのだ。
トントン、と原稿用紙を揃える。
順番は後で本人が揃えればいいだろう。
「ん、んん」
もぞっと彼女が身じろぐ。
投げ出された利き手には万年筆のインクがこべりついていて、ペンだこもできてボロボロだ。
恐らくまだ揺すっても声をかけても起きないであろう彼女。
そんな彼女の頭を壊れ物に触れるように撫でてやり、利き手の指先にキスを落とす。
「お疲れ様」
ゆっくり休めよ、と心の中で呟き、机で眠りこける彼女をベッドへと移動させてやるのだった。