傷心旅行
木々の青々しさが徐々に紅色に変わり暖かさが恋しくなる頃、サワサワと流れる川沿いに緑色の小さなテントが立っていた。
燃えるような赤い色髪をした短髪の青年は、意気揚々と小さなテントに向けて走っていた。
その手には今にも飛び出しそうな元気な魚が数匹入ったバケツ。
そして逆の手には、長い木の枝に釣糸が垂らしているだけの簡単な釣り竿を持っていた。
「おい、青葉! ほら見てやこれ! 言ったとおりやろ!」
瞳をキラキラさせながら青年こと、火灯 大地はドヤ顔をしながら言い放った。
左耳に輝くキャッチタイプ式のピアスが夕焼けを浴びて、キランッと光った。
そんな大地を目にかかる程の長い髪をかき分けながら視線を向ける青年がいた。
「おー、すげーな。」
青色のメッシュが入った綺麗な黒髪の青年。漣 青葉は男女どちらにも見える中世的な顔を崩さず応えた。目つきの悪い青葉は睨むように大地が持つバケツの中身を見ていた。
バケツの中の魚達は危険を感じ、逃げ出すかのようにバチャバチャと激しく泳ぎ回った。
「すごいやろ? 早く焼いて食うで!」
「いや、こんなとこの魚とか怖いし、元々買ってた肉食うわ。」
「なんで釣らせたねん!?」
大地は目を大きく見開いて叫んだ。
それもそのはず。大地はキャンプ場に向かう道中に青葉が「大地ならここで魚とか釣れそうやなぁ」と漏らした言葉を聞き、魚を釣って食べてみたいのだと思ったのだ。
そして魚を釣る為に、あちこちを歩き回り手ごろな木の枝を見つけ、釣り糸を付け、簡易的な釣竿を作成した。
その後が一番大変で、川沿いを歩き回り石の裏等にいる虫を捕まえ釣り餌にしたのだ。ちなみに大地は常にカバンの中に釣糸とライターと5徳ナイフは常時持っているのだ。
そんな大地の苦労を知らない青葉は淡々と答えた。
「いや、釣れそうやなぁ言うただけで、食うなんて一言も言うてないで?」
「もうええわ・・・」
「まぁ、お前が遊んでる間に準備したんやから許せよ」
「誰が遊んでたや!」
大地はガクッとその肩を落とした。しかし青葉が「まぁまぁ、酒あるから飲もうや」と言うとケロッと態度を変えた。ちなみに二人は二十歳だ。青葉が春先に成人になり、先日大地が成人を迎えたのだ。
大地は片手には酎ハイを、青葉はビールを片手に肉と大地が釣った魚を食べながら談笑した。
青葉はもちろん魚には一切手を付けなかった。
「それにしても、青葉がキャンプに誘ってくるとは思わんかったわ。」
「まぁな。……キャンプ自体はあんま興味なかったねんけどな。」
青葉が苦笑いを浮かべながら最後の言葉をボソッと呟いた。
このやり取りについて少し説明を入れようと思う。
時は一週間程前に遡る。
大地が一か月程前に彼女と別れてからずっと、暗い顔をしていたのだ。
会う度会う度暗い顔をしている大地を見かねた青葉が「俺、キャンプいった事ないから連れてってや」と大地にお願いをしたのだ。
青葉が大地に対してお願いをする事は滅多になかった。
そんな青葉からの頼みを大地は断る理由はどこにもなかったのだ。
しかし実の所、青葉はキャンプには行った事はなかったのだが、行く気はなかった。
なぜなら青葉は潔癖症で、めんどくさがりなのだ。
テントを張って野宿などもっての他だった。
だが、青葉は大地がキャンプをする事が好きなのは知っていた。
つまり、キャンプに行こうと持ち掛けたのは大地を元気にする事が目的だったのだ。
もちろん、大地は青葉の本当の目的には気づいていなかった。
「大地はホンマ、女運ないよな。前の彼女には浮気されとったし。連れとしてお前の将来を心配するわ。」
「うるさいわ! お前も前の彼女と別れてから四年も経つのに、まだ引きずってるやん。」
「ホンマよなぁ、あぁ、加奈子ォ~」
「はぁ、また始まった……」
青葉は首からぶら下げるネックレスに手を添えながら俯いていた。
柄にもなく、青葉は泣き上戸であった。一度泣き出すとなかなか止まらないのだ。
大地はため息をつきながら、今から泣くなら落ち着くまでに相当時間がかかるだろうと考えた。
ふと、腕にある時計を指で触りながら時間を確認した。
そして――
「あれ? もう三時やん。そろそろ寝なあかんな……」
「お、せやな。離れて寝ろよ。」
「え? 立ち直り早いな…… ってかおい! くっついて寝る気なんかサラサラないわ!」
泣き出す前に正気に戻った青葉は、大地に軽い冗談を言いながらそそくさと自分の寝袋に入った。
そして、物の数秒で深い眠りについたのだ。
大地は呆れながらも、自身も疲れていたので何も言わずテントの中にあるランタンを消して寝袋に入ったのであった……
◆◆◆
二人が眠りに落ちた数分後、月が雲に隠れ世界が闇に包まれた時、突然小さな地震が発生した。
震度一程度の地震。テントの中心に吊られているランタンがカタカタと音を立てる。
テントの出入り口を塞ぐカーテンから、深夜には似つかわしくない……そして、二人が見た事もないような綺麗な虹色の光が入りこんでいた。
虹色の光は次第にその色を失い、元の闇と静寂が訪れた。