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閑話

元の文そのまま。


書きたくて書いただけって言う。

「人にはね、きっと死んでいい理由なんてないんだよ」


そう言って笑う少女を、明かりのない闇の中で燃える焚き火が照らす。

赤い赤い緋色の火は、彼女の太陽の様な輝きの髪を夕陽に染め上げながら木々を食らいパチパチと揺らいでいた。


「確かにね、酷い目にあったと思う。いきなりこんな世界に呼ばれて訳のわからない内に契約結ばされて果ては戦奴隷みたいな扱いで世界の敵を倒せなんて」


笑顔を浮かべて彼女は言う。

決して無理をした笑いではなく、かと言って心の底からのものでもない笑みを浮かべて、遠くない未来に魔王を殺すことになる勇者は新たな木を火に入れながら言う。


「旅の仲間なんて本当に酷かった。名声が欲しいだけの戦えない貴族、お金を無駄に浪費するだけの我儘な王族、私の体を狙ってたセクハラ剣士…。まあ、もう皆いないんだけどね」


笑いながら軽く言うけれど、それはそんな程度の言葉で片付く様なものではない。

戦いになれば一人で放り出されて、ある時は盾にまでされ、食事の用意や馬の世話に夜の見張りまで全て押し付けられる。

その上で怒鳴られ叱られ逆らうことすら契約で許されず、体を狙われては夜も寝られず休むことすらままならなかった日々。

そんな彼らは最後の最後に魔獣の大群に襲われた時に彼女を囮にして逃げ出し、今はもうどこにいるのかもわからない。

彼女自身、逃げ出せばよかった。

契約に彼らを守ると言う事項なんてなかったし勇者としての彼女の力があれば、それも容易かっただろう。

だが彼女は結局、彼らを逃がすことを選んだ。

その命を懸けて。


「私もわからないよ。何でかな?あんな酷いことされて。辛くて苦しくて悲しくて、あんな奴等は死ねばいいって何度も思った。でも、やっぱり、見捨てられないよ。何でかはわからない。わからないけど多分ね、そんなのに理由なんて要らないんだと思う」


勇者は自分の剣を抜く。

白と金の豪奢な飾りついた聖剣と言う名の彼女を縛る鎖。


「同じことが起きたら、また私は同じ様に彼らを助けると思う。別に感謝とか、そう言うのを望んでいる訳じゃないけど、それでも守ると思う」


だってと勇者は笑って続けた。


「人を守るのに理由なんていらないから」


決して遠くはない昔の彼女との会話を思い出して、フィーニスは一人で苦笑した。

あの時、彼女の言った言葉の意味は未だ理解できない。

仲のいい友なら、将来を誓った恋人なら、守るべき家族ならそう言うこともあるのだろうが彼は魔王で敵は世界の全てであった。

故に彼には人を守ると言うことの意味がわからない。

敵を守ってどうする。悪人を救ってどうする。無関係な人を助けてどうする。

ましてや、それが自分にとっての害悪ならば殺した方が自分のためだ。

人間だって害虫や魔獣を殺すのに、なぜそれが同類の場合は駄目なのか。

彼にはそれが、よくわからない。

だけどと彼は自分の体を見た。

やや栄養失調気味の痩せた体に細い手足、目に届くまで伸びた忌み色の黒髪。

自分と同じだけれど違う彼には、それが理解できていたのかも知れない。

そうやってフィーニスは、やや逃避気味に考えていた。


「どうしたの?早く食べようよ」


ニコニコと笑う太陽の様な輝きの髪の少女げんじつから逃げたくて。





帰ってきたフィーニスは、しばらくの間は平穏に暮らしていた。

まだうまく歩くことは出来ないが、別に彼に仕事などがある訳でもないので困りはしない。

それでも唯一、困ったのは彼が今までどうやって食事をしていたかだが、そこまで合わせる必要もないと言う結論に達した。

一切の自慢にならないが彼はこうした状況には慣れている。

そして、何より魔剣があった。

この魔剣は戦闘においては確かに他の魔剣に劣るのだが、ことサバイバルにおいては限りなく有用だ。

魚を捕まえるのならば大きな袋状にして水ごと捕らえ、穴をあけて水を抜き包丁として内蔵をとればいい。

兎などを捕る時も変わらない。

魔王に選ばれたばかりの時代において彼が生き残れたのは一重にこの魔剣のサバイバル能力のお陰だったりする。

何せテントとして使用すれば絶対に壊れない魔剣の特性として並みの砦以上の防御を誇るので夜の見張りをしなくていいし、鍋や包丁などの道具にもなる。

その癖、普段は首飾りにしているので嵩張ることもない。

フィーニスの体は少々、痩せすぎている。

それは、ここが決して豊かではない村である以上に親もなく忌み色を持つ彼だから仕方ないが、それではいざと言う時に困るので彼は、しばらく食料事情を改善していくことにした。


そして今日もその為に魚を取り、ついでに山菜もあればいいと家を出ようとする。


その時、扉がコンコンと叩かれた。

フィーニスは眉をひそめた。

彼の立場はこの村では非常に微妙なので、家を訪ねる者などいないハズだ。

そこら辺は少し暮らしただけの彼にもわかったし、それはそれで現状はありがたいので便乗してもいた。

今の彼は元魔王とフィーニスと言う境界で揺らいでいる。

あるいは彼が普通の子供として生まれていたなら、ともかく忌み色である黒を持った彼が不審な行動を取ってしまうのはあまり望むべきではない。

そして、だからこそ余計な交流はこちらからも取りたくはなかった。

考えている間に再びコンコンと扉がたたかれる。

居留守を使おうかと考えたが即座に却下した。

そもそも、この家には外からかける鍵がないのですぐにバレるだろうし、余計なことはしない方がいい。

フィーニスは仕方ないので最大限に警戒しながら、魔剣の発動をいつでも出来る様に準備した。


「開いてるから、入って」


「はーい」


元気よく響く聞き覚えのある声に選択を間違えたことを自覚して顔を引きつらせる。

だが声の主はそんな事は知らずに、入って来た。

ドアを開けた先にいたのは、この陰鬱なあばら家には到底、不似合いな太陽を思わせる様な黄金に輝く髪の少女ミラストラ・アウロラだった。

しまったと思った時には既に遅い。

彼女はニコニコ笑いながら手に持つ小さな鍋と袋を指して言う。


「フィーニス、ご飯一緒にたべよ?」


そこで冒頭に戻る訳だが今更ながらフィーニスの知識が彼に教えてくれる。

実は、この村には彼の様な孤児は多くはないが確かにいる。

しかし、その子達は領主からの多少の支援と教会の保護の元で暮らしているらしい。

ならば、なぜフィーニスはそこにいないのか。

それは彼が、その教会の宗教の中での忌み色である黒髪黒目を持っているからだ。

いかに子供で領主自体が気にしていなくても、そんな存在を教会が預かる訳にはいかない。

そして教会は領主からの支援を子供に使うと言う側面も持っているのだが、そこにいないフィーニスは領主からの支援を教会を通して受けとることが出来ない。

それなら直接渡せばいいのだが、わざわざ一人の子供(しかも忌み色)にそこまでの手間は掛けられないし大多数はやはり関わりたくないと言う事実があった。

そこで、その役に選ばれたのが領主の娘でありフィーニスと仲のいいミラストラだった。

彼女からすれば親は気にしていないにで兎も角、その他の彼をよく思わない使用人や大人に対するフィーニスに会う為の理由にもなるので喜んで受け、また領主自身が父娘で差別のしない人間であると言うアピールにもなる。

無論、最後の穿ち過ぎだがミラストラ自身はこの役目が大変気にいっているらしく、数日に一度は支援を届ける名目で来ては今日の様に食事を一緒に取り、二人で遊びに行くことになっている。

だから彼女は先日とは違い、とてもご機嫌で温めたスープを皿によそっていた。

ちなみに彼の逃走についてはリベリスが上手いこと言ったらしく怒ってはいないらしい。

だが、これは彼にすれば不味い。

今のフィーニスはまだフィーニスとしての彼女への接し方がわかっていない上に、大した交流もないリベリスにまで違和感を感じられる位なのだから。

だからフィーニスは今回は上手くあしらうことにした。


「え…と、ミラストラ様……」


「ミラって呼んでって言ったよね?様もいらない」


早速、駄目出しが出た。

焦るフィーニスに対してミラストラの目が訝しげなものに変わる。

それを肌で感じながら、彼は必死にまくしたてた。


「ミ、ミラ?」


「なーに?」


「えーと、まだ怪我が治ってなくて…だから、悪いんだけど今日は……」


「わかってるよ」


やや挙動不審なフィーニスにミラストラは笑いかける。

その言葉に彼はホッとした。


「じゃあ…」


「今日は一日フィーニスの看病をしようと思ったの」


天使の様な可愛らしい笑顔のまま彼を地獄に叩き落とした。

愕然とするフィーニスにミラストラは持ってきた袋を開きながら言う。


「まかせて!ちゃんと道具も持ってきたし、皆に色々聞いてきたの。今日は私に任せてフィーニスはゆっくりしててね?」


さあ、ご飯を食べよっかと言うとミラストラはフィーニスの隣に温かくて美味しそうなスープの入った椀を1つ(・・)だけ持って来た。

そして、手に持ったスプーンでスープをすくい彼の口元に差し出す。


「はい、あーんして?」


今ここに前世では勇者や魔王と戦い続けて名のある国を単身で落としたこともある齢数百歳の元魔王が少女にスープを食べさせて貰うと言う図ができあがった。


「わたし、今日は頑張るからね」


太陽の様な輝きの少女は太陽の様な輝く笑顔でフィーニスに笑いかけた。


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