4.目覚めた先に太陽が
ある日、部下から王国が勇者の召喚を成功させたと聞いた時、当時まだ魔王と名乗るっていた元魔王は興味本意で召喚された勇者の見物に行った。
当然、部下からは咎められたものの彼はどうにか隙を見て逃げ出し、当時まだ使えた魔王としての力を使って王国にある城に潜入した。
そこで見たのは何の力も魔力も知識もない世界から強引に呼び出されて、契約と言う名の枷をかけられた憐れな少女の叫び。
未来で彼を殺すことになる勇者の、元の世界に帰してと言う懇願と、それを嘲笑う王族と大臣の姿だった。
元々この世界の勇者は魔王同様に世界から選ばれる。
ただし魔王が出自や種族、性別や能力、あるいは世界すらも関係なく理不尽に選ばれるのに対して勇者は出自も種族も性別も能力もいつの時代も同じ様なものばかりが選ばれる。
そしてその法則上、1つの時代に魔王は複数いながらも勇者は1人しか存在できなかった。
そして今代の勇者は先日他の魔王により消されている。
時代に1人の勇者はすでに存在していない。
そのことに王国は焦った。
彼等がこの世界で繁栄できたのは勇者と言う切り札があったからであり、それの存在しない王国などただの傲慢な時代遅れの国でしかない。
勇者がいなければ他の国は彼等を相手にしないし、下手をすれば今までの態度としてきた事により攻められても文句は言えない。
だから彼等は呼び出すことにした。
太古において始まりの勇者を呼び出した術式で、異世界から勇者を。
そして、それを成功させて始まりの勇者から歴代の勇者全員にかけられた、契約と言う名の逆らうことを許さない呪いをかけた。
その後、彼女は彼女の意思に関係なく奴隷の様に戦わされる様になる。
幸いにも彼女は、とある1人の少年の協力により体までは差し出さずに済み、そのまま数年後には魔王を打倒して元の世界に帰っていった訳だが。
何者かが近づく気配を感じて少年はベッドから飛び起きた。
辺りに武器になるものはないので拳を構えるが、体の傷の痛みからすぐに片膝をつき荒い息を吐く。
せめてもの抵抗に自らに近付いて来た人間を睨見つける様は手負いの獣の様だが、そんな少年を見て部屋に入ってきた少女はニコリと笑った。
「よかった。起きなくて心配したよ、フィーニス」
太陽の様な金色の髪をたなびかせた少女はそう言って少年に近づくと、焦りながらもフィーニスはベッドから飛び退こうと足に力をこめたが、ズルリと転んだ。
顔面からべチャリと言う音をたてるが、それにもめげずに立とうとしてまた転ぶ。
「フィーニス、無理しちゃだめでしょ。大怪我してるんだからちゃんと寝てなきゃ」
恐がらせない様に笑顔を浮かべる少女を見てフィーニスの目に戸惑いの色が生まれた。黄金に輝く美しい金髪と、全てを見透かす銀色の眼。
その両方に彼は見覚えがあった。
「勇者?」
目の前に立つ少女は随分と幼いが前世で魔王を殺した少女と、瓜二つだった。
特に召喚された際に染められ、忌々しいと語っていた金髪は世界広しと言えど彼女以外にありえない。
そのはずだが、違う。
自分ではない自分が耳元で彼女が誰なのかを囁いた気がした。
そして、その名前はひどく自然に出る。
「ミラストラ様」
彼女こそがフィーニスが助けて欲しいと懇願し、元魔王が救った少女ミラストラ・アウロラ。
この地方を治める領主の娘であり将来有望の貴族、そしてフィーニスを唯一、慕う存在だ。
元魔王の前世において黒は所謂忌み色と呼ばれて差別され排斥されていた。
それは、この世界においても変わらずフィーニスもまた彼と違うけれど同じ存在だけあって黒髪黒目を持っている。
特に片田舎と呼んで差し障りのない村では、ただの言い伝えですら信仰の対象になる。
だからフィーニスは、村八分の状態だった。
だが彼は身寄りのない子供であり、いくら忌み色であっても排斥まではいかなかった。
だけどこの村にはミラストラがいた。
どこの世界においても太陽とは必ず強い意味を持つ。
太陽を司る神は大抵、主神かそれに準ずるのは、人が太陽と言う存在に大きな意味を見出だしてきた証拠だし、それでなくても世界は太陽を中心に回っている。
そんな世界において太陽の様な輝かしい金髪は神に愛された証拠されていた。
かたや忌み色の黒を持つ身寄りのいない少年。
かたや神に愛された金を持つ領主の娘にして将来有望な貴族。
同じ村で同じ年のそんな二人が生まれて、それがいかに偶然であろうとも意味を勘繰らない人間はいない。
誰も口にはしないけれど心中では思っている。
だけどフィーニスは可哀想な子供だ。
それが今の村八分と言う結果を作り出した。
関わらないし話さない。
一応は物くらいは売ってもらえるが、子供がそれどけで生きていける訳もない。
そんな憐れな存在を神に愛された優しい少女が見捨てるはずがなく、ミラストラはフィーニスに近づき仲良くなろうと奮起した。
彼らの馴れ初めは、そんなものだ。
だけど誰にも相手にされなかったフィーニスにとってミラストラは、大切だったのだろう。
命をかけて魂を焼かれ、二度死んでまで元魔王に契約を持ちかけるほどに。
彼の記憶が言う。
苦しかった。悲しくて、寂しくて、どうしようもない真っ暗な闇の中、突如光が差した。
暖かくて優しい輝き。
それを、守りたい。
痛々しい気持ちに溢れる。だけど彼は、それだけで済ませなかった。
元魔王は先程まで気付かなかったが契約が切れていないのだ。
彼は自分ではない自分の言葉を反芻した。
「ミラをお願い」
言葉が少なく、故に契約期間など詳細なことが決められていない。
それが、あの小さな少年の意思なのか偶然なのかはわからないが彼は最後にミラストラを助け、その後のための契約をかわしたのだ。
期間を決められていない契約はない。
仮にも元魔王である彼が、それについて言及しなかったのは単にフィーニスの幼さから、ここまで考えることはできないだろうと油断したからだ。
しかし、いくら幼くて力がなくてもフィーニスは元魔王と同じ存在。
肉体や知識、考え方や精神が違えど根幹は彼と変わらない。
フィーニスは元魔王を出し抜いて契約をかわした。
死ぬまでミラを守ると言うことを。
背筋が震えた気がした。記憶の中に紫に輝く目が過る。
これは誓約だ。
ミラストラを守る。
何をしてでも、どんな手段を用いても。
そんな幼い少年の覚悟と、口惜しいまでの愛情。
だけど。
仮に出し抜かれて騙されても契約は絶対だ。
契った約束は遵守しなければならない。
それが例え自身を殺した存在と同じ存在を守る事でもだ。
考え込むフィーニスにミラストラは困惑しながらも口を開いた。
「大丈夫?まだ体痛い?それとも気分が優れない?」
その顔には心配の色が浮かんでいる。
よくも悪くも純真無垢な彼女は、この事を知ったらどう思うのだろう。
ミラストラの命を救うために、文字通りすべてを捧げたフィーニス。
体を捧げ、魂を燃やして今はもう何も残ってはいない彼は最後に何を思ったのだろう。
彼には到底、理解できない。
それが例え同じだけで違う存在であろうとも。
しかし何にせよ。
元魔王にはもう選択権はないのだ。
「フィーニス?」
心配そうな声をあげるミラストラにフィーニスは、自身がどう彼女に接していたのかを思い出しながら安心させるために笑顔を浮かべた。
「大丈夫、だよ?それより…えーと、ここは?」
「えと、ここは私の部屋。フィーニスが倒れてたから運んできたの。何かおはなしがあるみたい」
「話…?」
疑問に首を傾げると二人の間にするりと声が聞こえた。
「一体あの場で何が起きたのかを聞きたくてね」
同時にミラストラの部屋のドアがあき、鈍色に輝く鎧を纏った女が入ってきた。
雪を思わせる真っ白な髪が印象的な彼女を一言で表すのなら、騎士だろうか。
鍛えられた肉体と歩き方、気配やその視線から、彼女がそれなりの修羅場をくぐってきたことがわかる。
「わたしはリベリスと言う。領主様の命でこの辺りの守護を担当するものだ」
「騎士?」
つい、苦々しい顔を浮かべてしまう。
だけど、それも仕方がない。
彼の前世において騎士とは基本的に聖典騎士と言う宗教国家の騎士の事を指す。
奴らには容赦がなく、女子供でも彼らの宗派と違えば異端とされて殺される。
ましてや忌み色を持つ彼は親の敵の様に常に命を狙われ続けた。
最終的に、その国はとある魔王を敵にまわして滅びたが、騎士と言う存在にいい思い出はない。
隠そうともせず不快感を露にするフィーニスを、彼女もまた同じ様な目で見る。
特に彼の黒色を凝視し舌をならした。
「何があったのか教えて貰おう」
「何を」
「なぜ、あんな所にいたのか。何であんな化物がいたのか。何でもいい」
子供に無茶を言うなと吐き捨てそうになった。
だが、それを飲み込んで無表情に答える。
「何も覚えてません」
「ほう?」
不審感が増しただろうなと思いながらフィーニスはポーカーフェイスを崩さない。
そして、できるだけ今の彼に合うだろう無邪気な態度で口を開いた。
「何があったかは僕が聞きたい」
実のことを言えば彼はフィーニスの記憶を見ても、なぜあんなことになったのかわかっていない。
それは恐らく彼のはじめての魔獣を見た恐怖や、死にかけるほどの衝撃と痛みにより記憶が混濁しているからだろうが、経緯と真実はさておき彼には何もわからない。
ゆえに、わずかでも情報がほしかった。
まさか魔獣をこんな幼い少年が殺したなどわかる訳もないので、多少の不審感を抱かれても困らない。
ならば面倒な演技などせずに真っ向から否定して真っ向から聞いた方が早いだろうと彼は考えていた。
それに何より、まだ彼自身の元の身の振り方がわからない今はあまり喋るとボロが出る可能性もある。
バレることはないだろうが、それはあまり面白くはない。
そんな彼の心を察した訳ではないのだろうがリベリスは淡々と口を開いた。
「何があったのかはわたしも知らない。ただ、わたしが二人を見つけた時には二人とも倒れていて、その側に魔獣の死体があった」
「…一体、だれが」
「それを、知りたいんだが」
しれっと存在しない何者かに責任を転嫁したフィーニスに女騎士はため息をついた。
だが、そこで鈴を鳴らした様な美しい声が響く。
「私もわからないけど…それは起きたばかりのフィーニスに聞いてまで知らなければいけないことかな?」
珍しくも、どこか責める様な口調で言う彼女にリベリスは一瞬、押し黙るも低い声を響かせる。
「あの魔獣はこの村の周囲にはいない…いや、わたしが見たこともない程に高位の存在です。それを殺した人物がいるなら放っておく訳には…」
「私とフィーニスの恩人だよ?」
「それとこれとは話が違いまして」
彼女の言葉は無邪気な子供に当たり前のことを聞かれる様な居心地の悪さを感じさせ、かと言って真実を答えることを許されない不思議な強制力がある。
リベリスは頭をさげた。
「いえ、そうですね。あの様な化け物から子供を守るために戦った者が悪者な訳がない」
それがミラストラを納得させるためだけの台詞であると言うことはミラストラ以外(と言ってもこの場にはフィーニスしかいないが)が理解していた。
なるほど、確かに子供を救うために魔獣と戦ったならそいつは確かに悪者でないかもしれない。
しかし、それだって決してイコールでは結べないし、リベリスの考えは他にある。
すなわち、あの化け物を気紛れで倒すほどの者がいた場合のことだ。
実際、子供を救ったのならばあんな危険な所に放置する訳もないし、何より魔獣の殺され方。
全身をレイピア系の刺突武器で貫かれている。
まるで遊んでいる様に。
もし仮にそんな存在がいれば、そいつは明らかに危険とわかる上、リベリスは領の守護を担う者であり、情報がほしいのは頷ける。
まあ、そんな存在はいないのだけど。
いたとしても、彼の目の前にいる子供なのだけれど。
とは言え、フィーニスはただでさえ忌み嫌われているのだから変に力があることを知られたくはない。
彼は経験的に知っているが、人間と言うものは例え忌み嫌っていても、対象が何もできない程に弱ければ害を与えることを戸惑う生き物だ。
実際に村でフィーニスは無視こそされても、それ以上の事態にあったことはあまりない。
彼は元魔王ではあるが今は力もなく知識もなく、歩くことさえ真っ当にこなせないので、せめて誰の助けもいらない様になるまでは現状が望ましいのだ。
交流のない今ならば彼とフィーニスの入れかわりにもバレないし。
「話が終わったなら僕はもう帰っていいですか?」
「ダメだよ」
あっさりと却下された。
ミラストラは困った様な笑顔を浮かべたまま、ごめんねと言う。
「でも、ダメ。ひどい怪我だったんだよ?治りきってもないし歩くことも出来ないんでしょ?リベリスさん、話が終わったならもう…」
「…わかりました。では、わたしはこれで」
まだ何か言いたそうな顔をしていたもの
の、ミラストラに逆らう気はないらしく低い声で失礼しましたと言って部屋から出ていく。
それを見送りミラストラはフィーニスに振り返った。
「私も席を外すけど安静にしててね」
「…はい」
勿論、そんな言葉にしたがう彼ではない。
ミラストラが部屋を出ていってすぐにフィーニスは魔剣を起動させて足の筋肉に接続。
強引に動かすことで立ち上がりドアにかけよって開けようとした。
「あかない?」
時代や文明の程度はわからないが基本的に鍵と言うものは外からの侵入を防ぐためのもので、内側からなら簡単に外せるはずだが、それらしきものもない。
とは言え彼は元の世界にはない技術なのかもしれないが、それで諦めるほど柔でもない。
ドアがダメならとフィーニスは窓を目指す。
外を見ればどうもここは二階らしい。
前世ならばこれ位を飛び降りた所でどうと言うことはないが、今の体でそれをすれば間違いなく大怪我をおうだろう。
足や手から降りれば骨が砕けるだろうし頭から落ちれば死ぬことすらも、ありえる。
かと言って下手に魔剣で縄を作りゆっくり降りたら、目撃されるリスクが高まる。
「仕方ない」
決心したフィーニスは窓を開けた。
そして、人がいないことを確認してから魔剣を起動して全身を包み飛び降りた。
すべての魔剣には基本性質として折れず曲がらず壊れないと言う特性がある。
それは彼の魔剣の様に形が変わっても変わらないので、魔剣を全身に纏えば絶対に壊れない最固の鎧とかす。
また色や形を服や皮膚にあわせれば外から見てバレることもない。
地面に落ちた瞬間、体を強烈な衝撃が襲った。
いかに固い鎧であろうとも固い鎧だからこそ衝撃を完全に受け流すことは、できない。
しかし生身で落ちるよりは当然、衝撃を軽減できるのは事実だ。
証拠に彼の五体は満足に動く。
「あんなもんで俺を閉じ込めようなんて甘い甘い。何せ俺は魔王城から脱走したことがある男だからな」
元魔王がなぜ自らの城から脱走したのかは今は置いておく。
当時は彼の配下でも精鋭中の精鋭を総動員されて全面戦争になった後、敗北して監禁されながら説教を受け続けた。
「今度、逃げ出したらもぎますから」
最古参の彼女の笑顔が忘れられない。
もぐってどこをとは聞けなかった。
それに比べれば今回の脱走は確かに簡単だろう。
だからフィーニスは気を抜いていた。
あの部屋から抜け出すことが最難関であり、それを達成したことで安心してしまった。
そんな彼の耳に低い声が届いた。
「お前、どうやって外に出た?」
そこには雪を思わせる白い髪の女騎士が立っていた。