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2.そして異世界へ

目を覚ました瞬間、熱したナイフを押し付けられた様な激痛が襲う。

息を吸おうと口を開くと、空気が入る代わりに黒く染まった血がこぼれでた。

赤黒い喀血は臓器が傷ついている証であり、体からしみ出た血液は明らかに近い将来に彼が出血多量で死ぬ未来を暗示している。

いや、それ以前に本来ならショック死かと元魔王は皮肉げに笑って手を宙にかざした。


「こい」


呟く様に漏れ出た言葉に呼応し彼の手に剣があらわれる。

見目からすれば何の特徴も変徹もないただのショートソードにしか見えないが、その刀身や鍔から鞘にいたるまで闇を思わせる様な黒色に染まっている。

これは前世において彼の所持していた魔剣の1つであり、唯一この世界に持ち込めたものでもある。

彼はそれを握り締めて自分の体に刺した。


すると魔剣は体に溶け込む様にまじっていく。


これは数ある魔剣の中でも例外的なものだ。

名前がなく姿がなく力もないこの剣は故に何にでもなれると言う特殊ではあるものの、極めて弱い能力しかない。

しかし、だから持ち込めた。


そして現在の体において、この魔剣の能力以上の最上は存在しない。

この魔剣の能力は確かに低い。

姿形を変えられると言うのは、どんな状況にも合わせられると言う利点こそあるものの、その状況に合わせられるものを使いこなせなければ意味がない。

魔剣と言うものは時に火を纏い風を生み出し敵を凍らせて木々を操る。

そんな強力な力を持つものの中では、この名もなき魔剣の能力は低い。

だが、その対応力は魔剣の中でもトップクラスだ。


体に混じりあった魔剣。

それは彼の肉体に変化して体の傷をおおい内臓の働きを補って血となり流れる。

魔剣で体を覆う今この時のみだが、彼の体は無傷と同じ状態になる。辺りを見渡した。


鬱蒼とした森の中。

さわやかな緑のそれではなく、もっとドロドロした汚れた様な木々の中でそれはいた。

外見は熊の様に見える。

しかし、その大きさは5m近くあり腕は6本はある。


真っ当な動物ではない――すなわち魔獣。


そして、その眼前に少女が倒れている。

金色の髪の人形の様な少女だが見た感じ外見に傷はない。あれがミラか。

直感ではなく少年の記憶から認識し、同時に体は動き出す。今なら、まだ間に合うとの判断だった。

しかし。


瞬間、彼は転んだ。


ぐしゃりと土に顔面から突っ込むも再びかけるが、また転ぶ。

彼にはわかっていないが人間の体とは本当に繊細だ。

元魔王の元々の体格は平均的なものであり、彼は数百年も生きている。

そんな彼が8才程度の体に入り、いつもの感覚で動かすなどできるはずがない。

戦闘機に乗れるからと言って旅客機の運転ができない様に、大人の感覚で子供の体を動かした所で立つことすらままならないのが当たり前なのだ。

だが彼にはそんなことはわからないし、関係もない。


魔獣がミラを襲おうと前進してきている。


倒れた相手だからか早くはないが、かと言ってそれが救いになる訳もない。

元魔王は、もう間に合わないと直感すると共に魔剣に命令を下した。

体に混じる魔剣はその命令通りに筋肉と骨に連結して、強引に収縮、弛緩させる。

その操作により彼はようやく立って走ることに成功した。

だが魔獣はすでに少女のもとにたどり着いていて、ようやく動かせる程度の動きではもう追い付けない。


手をかざした。


すでに魔王としての称号を失った彼は当然ながら魔王としての能力は使えない。

そして、この世界では彼の眷属たる闇を扱う技術は存在せず、それを使うこともできない。

この状況で唯一、彼の切れるカードは一枚だけだった。

体の傷を覆う魔剣。

それを槍として伸ばすことで魔獣の頭に強引に届かせた。


だが、それもゴンと言う音とともに弾かれる。


魔獣の表皮は固い。

魔剣と言えど姿と形を真似るだけの彼の魔剣では、不意打ちであってもその表皮を貫くことは叶わなかった。

だが魔獣の意識をこちらに向けることはできたらしい。

魔獣はゆっくりとこちらを振り向き彼の存在を認めた。

そして、先程のゆったりした動きから一転して矢の様な速度で飛びかかる。

その巨体からは考えられない速度を見てしかし、元魔王は笑った。


彼の手にはすでに槍に変形させた魔剣がある。

元魔王はそれの刃を魔獣に向け、石突きを地面に突き刺した。

そして魔剣を魔獣に伸ばす。

魔獣の表皮は固い。

それこそ、そこらの鉄や銅では傷つけることすらできない。

まして今の彼は幼い体で力もないので本来なら魔獣を倒すことは、難しい。

だが彼は元魔王。

すでに力を失ったとは言え彼は数百年にわたり魔王として存在して数多の戦いに勝利してきた。

その経験だけは失われない。


「悪く思うなよ」


そして魔獣は魔剣に自らが突っ込んでいき、その刃は魔獣の表皮を容易く貫いた。

魔獣の走る勢いと魔剣の伸びる力。

何より魔剣にはすべて折れず曲がらないと言う特性があり、それらが合わさった結果として魔剣は魔獣の表皮を突破した。

だが魔獣はとまらない。

自らが魔剣に刺されながらもなお前進しようと足掻きながら、内側から出てきた刃に全身を串刺しにされた。

魔剣を全方向の刃に変形させて体内から貫いたのだ。

いかに表皮が固くとも肉はそうはいかない。

ある程度の強度はあれど、それだけだ。

そして、いかに強靭な生命力を持とうとも体の内から全身を串刺しにされて、生きていられる生物などこの世界にはいない。

とは言え。


「ちっ、もう限界か」


元魔王は急激に襲いかかる眠気に逆らわず倒れた。

小さな体は魔剣の運用で無理に動かされての戦闘、そして大人の精神が入り込んだせいで、とっくの昔にボロボロだ。

とは言え危機は去り、契約を守れたことで彼はホッと息をつき人が近付いてくる音を聞きながら魔剣を解除した。

そして再び襲いかかる痛みと出血に意識を手放した。

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