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1.契約

深い深い、どこまでも広がる闇に意識が落ちていく中で少年は、ようやく終わったと自嘲気に笑った。

それは酷く歪で寂しそうでありながら、どこか嬉しそうな笑みだ。


彼は今しがた死んだ。


少年は生前、魔王と言われる存在だった。

それは別に血や種族や力で選ばれた訳でもなければなりたくてなったものでもない。不本意で、どうしようもなく理不尽な世界の理に起因するのだが過程はどうあれ彼は魔王であり勇者と呼ばれる異界から呼び出された存在と戦い、殺されると言う描かれた道程を歩み、死んだ。

聖剣などと呼ばれる剣で体を貫かれて呆気なく。

死因は激痛によるショック死か出血多量だろうか、いや、どうでもいいかと考えるのをやめた。

死んだ理由なんて何でもいい。

大事なのは自分がようやく魔王と言う呪縛から解放されたことだけだった。


これでもう殺さなくてすむ。

争わないですむ。戦わないですむ。いさかわないですむ。奪わないですむ。恨まないですむ。怨まれないですむ。恐れないですむ。怖れられないですむ。尊ばれぶにすむ。嫌われないですむ。憎まれないですむ――生きないですむ。


すべてが終わった。

だから、もう、いい。

何もかもがどうでもいい。


文字通りすべてをなくした元魔王は、すべてを諦めて満足した。

そうして死と言う闇の中に身を埋めて浸かり沈もうと、あるいは鎮まろうとする。


声が聞こえた。


何もない終わりの世界で、誰もいない闇の中で何かの声がする。

元魔王は静かに耳をすました。


声が聞こえた。


幼子の鳴き声の様に心をズキリと痛ませる慟哭が闇を震わせて確かに彼の耳に届き、心を奮わせた。

元魔王は目を凝らす。

光源のないこの漆黒の世界において目などと言うのは本来なら不要な器官でしかないのだが、そこは彼が元とは言え魔王であり闇は彼の眷属だ。故に彼の視界に暗闇などと言う概念はない。

光源など必要はなく、また闇に満ちるこの空間において元魔王は昼よりも遥かに高い知覚力を得ることができる。


声の主はすぐに見つかった。


眼前。

それも本当に数m程度の距離に彼はいた。

叫ぶ声の通りに幼い黒髪黒目の小さくて弱々しい、少年とすら言えない様な幼児。

彼はポロポロと涙を流していた。


「助けて助けてお願いします何でもしますから助けてください僕にできることなら何でもしますお願いしますお願いします助けてください助けて助けて」


その姿は酷く痛ましく元魔王は少年に近づいた。


「どうした」


「助けて助けて早く助けてお願いしますお願いします助けて早く早く早く助けてください助けて助けてお願いしますお願いだから」


嘆願と。

あるいは懇願とも言える言葉を小さな少年は述べ続ける。

何も見えず、また何もいないとわかっているはずの空間で元魔王の存在にすら気付かずに彼は必死に懇願する。

それは神にたいしてのものか悪魔にたいしてものかはわからないが、ここにいるのは元魔王だけだ。

それも死んでいる言うおまけつきの。

仕方がないと元魔王はつぶやいた。


「おい」


少年は気づかない。

恐慌に陥り視界も奪われて声が耳に入らないのか助けてと叫ぶだけだ。

そんな彼に元魔王は顔をしかめて叫ぶ。


「おい」


それほど大きな声ではない。

しかし不思議と通り抜ける様な、心に直接伝わる様な不思議な声音だ。

少年がようやく元魔王の存在に気づいた。

泣き止んで涙をふき、こちらを見て(・・)叫ぶ。


「助けて助けてお願い助けて」


すがり付く彼に元魔王は顔をしかめる。

彼は魔王だ。

だが所詮は元であり更には死んでいる。

力なんてものはなく、出来る事はあまりない。

ましてや、この少年の助けてがこの空間から出して欲しいと言う意味ならば、答えは無理だ。

あくまでここを死後の世界と仮定した話ではあるが例え違っていたとしても、ここから出ることの出来ない彼には何かを助けることなど土台できはしない。

それでも元魔王はそれが礼儀かの様に膝まづき少年と視線を合わせて問いただす。


「何があった」


問われた言葉に少年は元魔王の服をつかみ、縋る。


「も、森に、魔獣が現れて、ミラが殺されそうで、お願いだから早く早く助けて!!」


「それは…」


不可能だとつい零れそうになった言葉を飲み込んだ。

生前ならその程度どうとでもしてやれた。

例え世界の裏であろうと場所がわかっているならコンマ1秒で行き魔獣であろうが竜であろうが関係なく助けることもできただろう。

だが今は、それも叶わない所かここから出ることも出来ない。

ハッキリ言えばどうしようもなかった。

その旨を告げることに元魔王は躊躇する。

少年はその隙に叫んだ。


「何でもするから!!」


元魔王は眉をひそめ首を横にふる。


「無理だ」


方法がない訳ではない。

だが、それはあくまで選択肢があるだけだ。

その上でリスクが高く、失敗すれば自分も目の前の少年も地獄の業火で焼かれるよりも激しい苦痛にさいなまれる。

賭けと言うより死んだ後に更に自殺するのに等しい。


やはり無理だ。


彼がそう言おうとした時、少年の声が滑りこんだ。


「お願い、この体をあげるから」


ギョッとした表情で彼を見ると、そこに先程までの情けない黒目ではなく、爛々と輝く紫色の目があった。

声が、響く。

まるで自分のものと錯覚してしまう低く冷たい、しかし不思議と通りのいい声。


「君なら出来るだろ?」

「……あぁ、できる。だが無理だ」


肉体とはいわば魂を入れる器である。

少年の体と元魔王の体はどちらも死を迎えて魂が抜けているので、そこに入るだけならできるかもしれない。

普通はできないし、してもすぐ死ぬのだから意味はないが、元魔王たる彼ならばそれも不可能とは言わない。

だが、あくまで理論上の話だ。

現実はよりシビアで厳しい。

元魔王の世界においても移植と言われる技術がある。

体内の壊れた臓器を取り除き、他人の臓器を入れると言うものだが、それをするには患者の体に適合した臓器を持つ人間ドナーを見つける必要がある。

ドナーの臓器でなければ体は移植された臓器を異物と判断して取り除こうと拒絶反応を起こすからだ。

魂も臓器と同じこと。

適合した体でなければ魂は拒絶反応により砕け散る。

そして臓器と違って魂に適合した体は世界に1つ、自分の体しかない。

故に少年の言葉は実行できないし、しても意味がない。


そのはずだった。


説明しようとする元魔王に少年は笑った。


「大丈夫、僕たちは違うけど同じだから」


何がとは思わなかった。

それは出会った時から感じていたことだからだ。


「お前…もしかして、平行世界の俺か」


勇者と呼ばれる異世界の人間と戦う宿命にあった元魔王には、その知識があった。

平行世界と。

それは言わば世界の別の可能性だ。

例えば元魔王が魔王でなければと言う仮定の世界。

あるいは呼び出された勇者が魔王に負けると言う世界。

世界には様々な可能性がある。

つまり少年は別の可能性の世界に存在する元魔王であると言うことであり、それはつまり肉体は違えど魂が同じ、ドナーと言うことになる。

ならば彼の言うミラを助けることもできるかもしれない。


それをやるかどうかは別として。


そもそもにおいて元魔王に少年の願いを聞く義理も必要もない。

彼は満足して納得して死んでいるのだから。


しかし。


「わかった。助けてやる」


元魔王は頷いた。

その言葉に少年は目を輝かせて彼をみた。


「ほんとうに?」


「あぁ、俺は契約やくそくは守る」


その代わりにと彼は続けた。


「絶対に助けられる訳じゃないし、お前の体は俺のものになる。お前も俺の体に入るかもしれないがすぐに死ぬことになるだろう。それでもいいのか?」


不思議と通る声で言う。

まるで甘美な契約を持ちかける悪魔の様に、邪悪に。

そんな彼に少年は頷いた。


「ミラを、お願い」


「わかった」


違うけれど同じもの。

死の果てで2つは出会い融けていく。


気付けば暗闇は晴れていた。


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