5.逃走の果て
敵の機械群から逃げた後、追い詰められる二人のお話です。よろしければ、読んでいってください。
強い衝撃が、鉄扉を通じて小部屋の空気を震わせる。その度に、頑丈だと思っていた鉄製の扉は、激しく内側に歪んでいった。
「ど、どうするの?」
ナナは、レナードの顔を見上げた。
一瞬、放心しているのかと思ったが、すぐに生気が蘇った表情になった。
「こちらから打って出ましょう」
「そんな事して、大丈夫なの?」
「大丈夫にします!」
そう言って、レナードは扉の鍵にゆっくりと手を掛けた。
すると、彼はナナの方に向いて、厳しい口調で言った。
「できるだけ、後ろに下がっていてください」
そう言われても、部屋自体が狭苦しいのだから、大して移動する事は出来ない。
それでも、彼女は壁際に身を押し付けるようにして、動きを止めた。
静かになった為に、通気口の方から何やら不穏な音までもが聞こえ始めた。
金属が生きて歩いているような、そういうリズムを刻みつつ。
それが、先ほどの追っ手である事は、両者共々ピンと来た。
レナードが深く息を吸い込む。それから、一気に扉の鍵を外すと、凄い勢いで鉄扉が開いた。
そこには先ほど追いかけてきた機械達が、集まり結合して、細長い鞭のような形状になり、片方の端を地面に刺さしながら、大きくしなっていた。
肌寒いとさえ感じる程の、冷たく新鮮な空気が風となって入り込んできた。
機械群は、小部屋から出てきたターゲットを捕捉し、あたかも喜んでいるかのように震えた。
そして、鉄の扉をあれほど歪ませた一撃を、レナードに喰らわせた。
ナナは、それを見ていることができず、思わず目を閉じてしまった。
凄まじい音と共に、衝撃波が伝わってきた。
やがて、しんと静まりかえった時が訪れ、ナナは両の瞳を開いた。すぐ目の前には、広い背中があった。
レナードは両腕を前で交え、鉄の鞭を防いでいた。
次の瞬間、彼は振り返り、ナナをまたも例外無くお姫様抱っこで抱え上げ、その場から走り去った。
しばらくして、ナナが首を無理に曲げて後ろを見ると、群体はまた元の個々に戻り、追跡を再開している様子だった。
とにかく、この建物から出なければいけないことは、ナナにも分かっていた。
だが。
「レナード、下に行くんじゃないの? 上に向かえば、最終的に、追い詰められちゃうよ?」
彼は何故か、廊下の突き当たりにあった非常階段を、上に向かって登り始めたのだ。
「これでいいんです。私を信じてください」
驚くべきは、そんな彼の言動だけではなかった。
どこまで続いているのか分からないその階段を、長い足で何段も飛び越えながら進んでいるが、彼は息一つ乱さない。
これは、超人的な体力とは、また別の問題のように思われた。
それに、さっきも、鉄の扉を歪ませる程の威力がある一撃を、生身で防いだのだ。
彼女はますます、彼の事がわからなくなった。
それはさておき、ナナは、再び後ろを見た。
追跡者の姿は見えないが、ガチャガチャとけたたましく音が響いている事から、未だに追われているのがわかった。
救いは、遠くから聞こえているようだという事。
ナナは、少しだけ心の余裕が出てきた。
「ねえ、休まなくても大丈夫?」
走りながらレナードは答えた。
「大丈夫です」
「なんか、サイボーグみたいね」
「私は、ヒトですよ」
やがて、長かった階段にも終わりがやってきた。
扉があった。
レナードは、それを開ける為、ナナを地上に下ろして、扉を開けた。
強い風が吹き込んで、飛ばされそうになるが、彼に支えられて、何とか扉の外に出る事が出来た。
見上げた広い空には、無数の空飛ぶ乗り物が飛び交い、そのさらに無効には、天井という行き止まりがあった。
周囲を見渡すと、ふちには手すりが設置されていて、そこが屋上である事を、強く主張しているようだった。 それは、行き止まりと同じ事だ。
「レナード! 行き止まりじゃないの!」
ナナが危惧していた事は、現実となった。
「大丈夫……です」
何やら苦しそうなレナードの声。
ナナは、無理もないと思った。あれだけ長い階段を、休息なしに掛け登ったのだから。
だが、彼女の心配は、的外れだった。
ナナの視線は、まるで釘でも打たれたかのように一カ所に止められた。レナードの腕に。
破れた袖。おそらく、機械群体の一撃を受け止めた時にそうなったのだろう。
そこから表れたのは、雪のような肌。
だが、その綺麗な肌は一部分がめくれ、その下に潜んでいたものを明るみにさらしていた。
金属の硬質な骨格と、それを覆い尽くす複雑な金属繊維。所々から、小さな火花が散っていた。
ナナは、驚きと共に、胸の内では納得もしていた。
「レナード、あなた、機械の体だったのね?」
ナナは、その言葉を自分でも驚く程、穏やかに言う事ができた。
だが、レナードは首を横に振った。
「私は、機械ではありません。ヒトです」
「でも、その腕は……」
「この世界のヒトは、全てこのような金属製の体を持っているのです」
「じゃあ、私達を追いかけてくる、あいつらもヒト……なの?」
レナードは、首を強く横に振った。
「彼らはヒトではなく、機械です」
ナナの中の思考や認識が揺らぎ始めた。
「じゃあ、私は何なの?」
「ナナは……」
レナードが何かを言いかけた時、あの怪音が耳に突き刺さってきた。
二人は、否応なく間近に迫った機械達の追っ手を、思い出した。
「ナナ! こちらへ、早く!」
彼女はレナードの導くまま走った。
視界が広がり、彼女自身がいる高さがわかった。天井の方が地面よりも近いように感じられた。
それだけに風が強く、ナナは紙切れのように飛ばされてしまいそうな気がして、立ちすくんだ。
レナードが小さく呟く。
「もう少し」
やがて、ガチャガチャと鋭く尖がった音が、ついに屋上に躍り出た。
追っ手の機械達の数は、一番多かった時と比べたら、半分くらいになっているようだが、それでも圧倒されるくらいの数ではある。
それら一体一体が、再び集まり、見る間に結合していく。
組み立てられたその姿は、人の形だった。大きさは、軽く三メートルはあるだろう。
ナナは、レナードの表情を窺った。さすがに、苦い表情を浮かべていた。
けれどもナナは、このように切迫した状態にありながら、呑気なことに、その表情の豊かさに感心していた。生身のヒトと変わらない、と。
向かい合ったまま、二者は、相手の動きを窺っている。
先に動いたのは、巨人の方だった。腕が伸び、レナードの方へ拳を放つ。
彼は、それを素早く避ける。さっきまで彼が立っていた場所は、陥没し、穴が出来ていた。
続いて巨人が、もう一方の腕で地面スレスレをなぎ払うと、レナードは空へ飛び出した。彼はそのまま、鉄巨人の頭部を蹴り飛ばした。
剥がれて、パラパラと落ちていく一つ一つの機械。
思わずナナは、後ろの方で、強く拳を固めた。
しかし、機械の巨人には、それ程のダメージでもなかったらしい。首の部分が盛り上がり、あっさりと頭部が再生した。
しかも、それだけに終わらなかった。まだ、地面に着地したばかりで、体勢を整えていないレナードへ向かって、今度は背中から生やした三本目の腕を使って、押し潰した。
「レナード!」
巻き上がる土埃の為、彼の無事は伺えない。
思わず、彼女は彼のいた所まで駆け寄った。
すると、未だにレナードを潰している腕の部分の個体が、それぞれに分解し、ナナの方へ殺到した。
脳裏に、浮かんでくるレナードの言葉。
『ご主人様を狙っている奴らです』
「私を狙ってる?」
ナナは、急いで後ずさったが、機械達はもう彼女に飛びかかっていた。
つまずいて後ろに倒れるナナ。そこに次々と落下してくる機械。
彼女の目が、上空高い空を悠然と横切る巨大な船の姿を、一瞬捉えたが、すぐに視界は真っ暗闇に覆われてしまった。
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