19.張り紙の謎
タイタンに着いた二人は、この街で花を育てているシバを探した。しかし、以前訪れた水車小屋に、彼の姿はなかった。
明け方。
日はまだ登らず、片側の空がゆっくり明るくなっていく。その一方、反対側の空を、夜の闇がそそくさと逃げて行く。
ハジメとレイナは、仄明るい闇に包まれて、タイタンへと戻って来た。
教授が用意してくれた乗り物とは、なんと馬車だった。
と言っても、ただの馬車ではない。荷台が宙に浮いているのだ。
無論、そこにはグランディスタが誇る、重力制御技術が使われている。
ほぼ重さの無い荷台なので、馬は一頭でいいし、早く目的地に着ける上、長距離を走らせても、馬はそれ程疲弊もしない。
結果として良い事尽くめなのだが、この乗り物、ハイテクなのにローテクという、よくわからないコンセプトの上で成り立っている。
しかし、そのお陰で、テイラーで1日半かかったタイタン、ゴレム間が半日で済んだのは、感謝しなければならない。
タイタンに到着した二人が最初に始めたことは、シバを探すことだった。
タイタンはもともと廃墟のような街だから、そこが誰に破壊されようとも、困る者はいないし、ハジメもレイナも心を動かす事はなかったかもしれない。
だが、ここにはシバがいる。それだけで、ここはただの廃墟ではなくなっていた。
二人がまず向かったのは、シバが暮らす水車小屋だった。
メインストリートから脇道へ入り、複雑な路地を進む。初めてここを通った時もそうだったのだが、不思議と迷う事がない。
用水路を横目に細長い小道を進み、T字路を右へ曲がると、相変わらずよく手入れされた綺麗な花壇が目の前に飛び込んでくる。
二人が路地裏を走っている間に、太陽はもう空に浮かんでいた。
ハジメは水車小屋の薄い戸を、壊れそうなくらい強く叩いた。
けれどもシバの返事はなく、鍵の掛かっていない戸を開けて中を覗いても、そこにシバの姿はなかった。
シバに悪いと思いながら、彼等は水車小屋の中を探り出した。彼が今どこにいるのかを知らせる、何らかの手掛かりを求めて。
物はあまりなく、生活する上で不必要な物はほとんど置かれていなかった。
早々と捜索は終わった。もう何も手掛かりとなりそうな物は無い。そうハジメが諦め掛けて水車小屋を後にしようとした時、レイナは壁に向かって呆然と立ち尽くしていた。
「どうしたんだ?」
「これ、なんやろなぁ、思て」
見ると、壁にはボロボロの紙切れが貼られていた。
そこには、七つに色分けされた四角いマスが横一列に並び、マスの中には一桁の数字が書かれていた。
数字は1から3まであり、1、3、2、1、3、2、3、と並んでいた。法則があるようで無いような。
「七つの、色。七つあるもの。虹?」
「なんで七つ目は三なんやろ」
ハジメはふと気がついたことがあった。この水車小屋に無いもの。そして、この紙切れがその代わりになる可能性があることを。
だが、確証が無いし、ハジメの物差しで考えて、この世界に通じるかどうかも疑問だった。
「なあ、レイナ」
「なんや」
「こっちの世界に、曜日っていう概念はあるのか? あったとして、それは七日周期だったりするのか?」
レイナは頷き、簡単にそれを説明した。
戦神の日や、雷の日やら色々と名前が付いているらしいが、今のハジメに取って重要な事以外は、頭に浸透して来なかった。
一週間と言う概念は、この世界にも存在していた。しかも、七日だ。
ハジメは、あの壁の紙切れはカレンダーの代わりなのではないかと考えていた。
きちんとしたカレンダーがこの世界でも使われているらしいが、シバはそれを手に入れることが出来ない環境にある。最低限、一週間の周期がわかればいいと、彼はあの張り紙を作ったのだろう。
「じゃあ、数字は何なんや?」
「その前に、今日はこの色違いのマスで言うと、何番目の日なんだ?」
「七番目や」
七番目には3の数字が来ている。
「じゃあ、この前俺達がここに来た最初の日は、一番目か四番目じゃないか?」
「四番目や」
「そうか、わかった」
ハジメは自信を込めて、そう言った。
「一体何なんや。あたしにはさっぱりわからんわ」
ハジメは彼女の言った事などお構いなしに、一方的に質問した。
「それより、花壇の位置全部わかるか?」
彼女は不機嫌そうにしたが、しっかりと答えてくれた。
「ちょっと待ちーな。……わかったで、全部で3つあるようやな。ん。3つやて」
「わかったか?」
「ああ、わかってきたわ」
マスの中の数字は、花壇を表していた。1がこの水車小屋、2と3は別の場所の花壇だ。
「ここが1。3番目はこの場所から遠い方の花壇じゃないか?」
「せやな。……ルート検索完了や。ほんなら、行くでー」
三番目の花壇は、民家の庭だった場所に作られていた。かつては、タイタンの中でも名家だったのかもしれないその家の庭は、今、美しい花々で彩られていた。
朝も早い時間ではあったが、既にシバは花壇の雑草を取り除いているところだった。
「シバ!」
遠くからハジメとレイナが名を呼ぶと、彼は手を止めて、こちらを向いた。そして瞬時に笑顔で、立ち上がり、手を振った。
レイナがシバに駆け寄る。
「怪我、あらへんか」
遅れてハジメもシバの傍へ着いた。
「どうしたんです? ゴレムいる筈のお二人が。それに、怪我だなんて」
「誰か変な奴来てないか?」
「変なヒトですか? 来てないですよ」
二人は取り敢えず安堵した。
「あ。ただ、ですね、お客さんは来てるです。今、お屋敷の方に」
「なんやて」
レイナは真剣な表情になった。
「どうしたんです? 少し、顔が怖いですよ」
「その客、どんな奴だ!」
ハジメはシバの両肩を掴むと、大きめの声で問い質した。
シバは痛みに顔を歪めながら、それでも答えた。
「以前知り合ったヒトです。大丈夫です、凄く礼儀正しい、穏和な方です」
「礼儀正しく、穏和だなんて。どうもありがとうございます」
背後から声がした。穏やかで優しそうだが、ハジメはその声に背筋が泡立つような感じがした。
「お久しぶりです、E-0001とハジメさん」
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