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ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第一章 セヴンス・エスケープ
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18.本当の望み

アニマの溢れるイドを前に、ナナは自分が本当にやりたい事を考えた。


 見まごう事無き光。

 命の輝き。

 確かにあった。イド。


 ナナは、実際にアニマが溢れ出ている場面を目にし、案山子のように突っ立ったまま、ポカンと口を開けて無心になっていた。

 ハッとして、急いで光の方へ向かった。

 慌てていた所為なのか、躓いてうっかり転んでしまったが、興奮の為だろう、痛みは感じなかった。同様に、何に躓いたのかも、全く気に留まらなかった。


 その空間のみ、青白い光で溢れていた。

 眩しさの余り、辺りの様子が見えない。

 光は、五十センチメートルほどの小山の頂上から湧き出ていて、その周りを取り囲むように、アニマが溜まって直径二メートル程の小さな湖を作っていた。


 ナナは、足場の悪い地面を、しっかりと踏み締めながら、源泉のもとへ向かった。

 本当に悪い足場だった。

 よろめきながらも何とか湖辺に立つと、溜まり場からアニマをすくい取る動作をした。

 その瞬間が、最も眩しく輝いて見えた。キラキラと飛沫が飛ぶように、青白い光が躍る。

 予想していた通りに、アニマは彼女の両手をすり抜けて、元の溜まり場に戻った。


 ふと、疑問に思った。

 アニマは基本的に、特別な物質以外は通り抜けてしまう。そのように、あの老人は以前語っていた筈だ。

 しかし、ここでは通り抜ける事なく、こうしてアニマが水たまりを作っている。

 その疑問への解答は、ほんの僅かな時間がくれた。

 ナナの目は、徐々に眩しさに慣れ、周辺の様子がわかるようになっていった。

 やがて、ナナは自分が立っている場所を知り、ぞっとした。

 それは、アニマの抜けた大量の人形たちによって形作られた、小山だった。

 てっきり土塊かと思っていた足場は全て、アニマを失ったヒトの抜け殻だったのだ。


 ナナは、転がるようにして、屍で出来た丘を下り、泉からも離れた。だが、かつてヒトだったそれら人形は、この周辺を広く覆っていた為、彼女が一息つける場所までやって来るのに、かなりの距離と時間が必要だった。


 やっと、安らげる所まで逃げ出せたナナは、光に慣れて瞳孔の閉じた目で、周囲を見渡した。

 死屍累々。そんな言葉が浮かんでくる景色。

 工場で、アニマを失った彼らヒトを随分見てきたが、下手に体がそのままあるためか、余計に気味が悪かった。

 一体、何故これほどのヒトの抜け殻が、泉の周りに集まっているのか。ただ、単に遺棄されたという訳ではなさそうだ。

 彼らの意思がここに来させたのだとすると、アニマを求めていたという理由以外に思いつくものは無かった。


 しかし、こうして抜け殻が積み重なっている。これが示すことの意味の重さを、ナナは強く感じ取った。

 ナナが望んでいる事。

 これまで敢えて突き詰めて考えることは避けていたが、ここに来て彼女は、自分自身が何をしたいのか、はっきりさせようとしていた。

 初めは、レナードに伝えていない、ありがとう、を伝える事だけだった。だが、それだけではまだ足りないと、そう思うようになっていた。

 求めるのは、再誕。

 もう一度、彼という意識に形を与えてやりたい。

 それは当然、簡単な事ではない。そのくらいわかっていた。実際、老人の言う歴史の中で、一度も成功した例は無いらしい。

 その上、もしも失敗したら、自分自身どうなるのかわかったものではない。


 ナナは、泉から湧き出る光を見上げ、ごくりと唾を呑み込んだ。

 そして、再び屍の山を登った。

 多くの視線を感じて、思わず足下を見遣る。視線など気の所為だ。確かに、眼球はそこかしこにあるが、生気が無い。

 ナナは、湖の畔へ辿り着いた。染料を水に溶いたみたいに、ゆらゆらと揺れ動く光。


「さて、どうしよう」


両手を腰に当て、とぼけたような言葉を口から零す。そんな自分に、彼女は小さく自笑した。

 意外と緊張していないのかもしれない。それとも、その真逆で、緊張しすぎて吹っ切れてしまったのか。

 取り敢えずナナは、泉の中に手を浸してみた。

 両手にすくい取ろうとすると、こぼれ落ちてしまうアニマ。きっと、感触なんて無いのだろうと思っていたが、不思議と手に触れる感覚があった。水よりも、もっと柔らかな手触り。風になびく極限まで薄く織られたシルクの布のよう。しかも、それは僅かばかりの熱を持っていた。


 しばらくそのまま待っていたが、何かが起こるような気配は無いまま、時間ばかりが過ぎた。

 知らない間に溜め込んでいた空気を、一気に吐き出す。

 そのまま、泉から手を引き上げようとした時だった。その手を急に掴まれた。

 誰か、にではない。掴んだのは手の形をした、紛れもない、アニマそのものだった。


「何これ? やだ! 抜けない!」


抜けないどころではなかった。むしろ、ナナの腕は強い力で引っ張られていた。

 やがて、ナナの抵抗ではどうにもならない程の力へとなり、そのまま、泉の中へ叩きつけられた。

 アニマは、全体で彼女を受け入れるように、滴を飛び散らせる事は無かった。

 そうすると、もう逃がさないとでも言うように、複数の手が水面に現れ、彼女の体、両手両足を掴まれ、アニマに包み込まれてしまった。

 完全に沈んでしまったナナの顔、その口や鼻、耳などから、アニマは入り込み、彼女を冒し始めた。


(息が出来ない)


しばらくの後、彼女の意識は、飲み込まれるように沈んだ。

読んで頂き、ありがとうございます。またのお越しをお待ちしています。

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