36.クロッシング Part 1
2週間ぶりの更新となります。
ぜひ、読んでいってください。
「なんでミレイがここにいるんだ?」
背後の物陰に隠れている連れの厳しい視線を浴びつつ、ハジメはどんどん瓦礫の散らばった場所を進み、三人組のもとへ至った。
怪訝な視線を向ける男。それから、ようやく水溜りの中から這い出てきた少女は、きょとんとしている。ミレイはというと、口をパクパクさせているが声にはならないらしい。
「さっき、レイナとも会ったんだが……」
そう言ってハジメが目を伏せると、面識のない男の方が警戒心を解いたのか、ミレイの代わりに事情を話した。
「あなたがハジメさんですね? 初めまして、僕はロミオ。僕たちは、そのレイナさんと一緒に、あなたを追ってここまで来たんですよ」
「俺を追って? どうしてレイナは……?」
「それはね……」
ミレイはやっと話せるくらいに落ち着いたようで、口を挟んだ。
「あなたを救うために、よ。これ以上は、どこかで雨を避けながら話しましょう」
「ああ、それもそうだな」
四人となった彼等は、誰を先頭に据えるでもなく、角を曲がったところのアーケード街に入っていった。誰もいない通り。時折吹いてくる冷たい風が、寂しさをどこからともなく連れてきて、あまり長居をしたい気分はしない。
ハジメが話を再開しようという前に、ミレイが手でそれを制した。
「ちょっと一つ聞きたいことがあるんだけど」
彼女はハジメの肩越しに、少し離れた場所を指差した。
アーケード通りの起点となっているビルの陰に立って、こちらを伺っている女一人。ハジメが振り返ってそれを見るや否や、彼女はハッとした表情で隠れてしまった。サイレント・ジャガーは、まだかくれんぼをしながら、尾行を続けていたようだ。
「あのさー、見つかってるみたいだぞー」
彼が彼女の方に呼びかけると、当人は十秒くらい経ってからヒョイっと姿を現した。どこかバツが悪そうにして。
彼女は、バレエをしているような爪先立ちで、躊躇しながらゆっくり近寄ってくると、ハジメの真後ろに立った。それを確認して頷いた彼は、彼女のことを紹介した。
「この人は俺の監視役なんだ」
「護衛だ」
彼女は律儀に訂正してきた。
半ばうんざりして、「ああ、そういうことになっているんだったか」と、彼は面倒臭そうに言った。
「監視? ハジメ君は今、どういう立ち位置にいるの?」
「護衛だ」
再度、監視という言葉を否定してくるも、もう誰も構おうとはしない。
「俺も一応この世界じゃレアな存在らしいからさ、色々利用しようと考える輩が多くてなぁ。今はこいつらの組織の切り札とか言われているけど、結局のところ人質みたいなものだよ」
「それは仕方ないわね。監視もいるわ」
ミレイは僅かに笑ったが、それが彼女の本心を現しているというわけではなさそうだった。
「だから護衛だと何度言えば……」
サイレント・ジャガーの言葉は置いておいて、すこし会話が谷間に落ち込んだのを見計らって、それまでずっと聴き手に徹していた少女が口を開いた。
「レアな存在って?」
彼女は、ミレイとハジメを代わる代わる何度か見つめた後、最終的にハジメに目線を固定して、彼自身が答えるのを待った。
彼は疲れたように溜息を吐いて、「人間だよ」と答えた。
即座に丸く見開かれる彼女の瞳。
「もう一人……いたんだ!」
「もう一人? まさか、君も?」
ハジメはミレイに目を向けた。
彼女は頷いて、手短に答えた。
「そう。彼女も人間よ」
「驚いたな。君、名前は?」
「私はナナ。レイナちゃんに助けてもらって、ここにいる」
「へぇ」
彼はレイナの名を聞いて、さっきミレイと話していたことを思い出した。
「あ、そうだ……! レイナが俺を救うって、どういうことなんだ?」
ミレイは短く思案して、それでも迷いながら答えた。
「ハジメ君。……ウィンディア・マスターに会ってはいけないわ」
「どうしてだ? 俺はウィンディア・マスターに会うためにここまでやって来たんだぞ? フィレスタ・マスターと取引して、な」
ミレイが返答するより早く、話に割って入ってきた者がいた。
「それはどういうこと?」
サイレント・ジャガーだった。
さっきとは違う少し暖かい風が、汚泥や屍などの放つ悪臭を纏って吹き抜けていく。降りしきる雨も、少し弱くなっている様子だった。
レナードはその僅かな変化に、具体的ではないが胸騒ぎを感じていた。
彼は傍で仰向けに眠る少女の目元と呼吸を確認すると、音を立てないように立ち上がった。
軒先から出て、周囲を確認する。弱くなった雨とはいえ、あまり浴びてはいたくない為、手短に済ませた。
「特に変わったところはないですね」
その言葉を、彼は胸の中でもう一度繰り返した。自分に言い聞かせるように。
彼は踵を返し、また店先の軒に戻ろうと片足を出した。同時に、暖かだった風が急に冷たくなり、風向きも変わった。彼の正面方向から風が吹き戻されていく。
「これは……」
左胸の辺りが早鐘を打ち始め、全身に細い針を一面刺されたようなチクチクした痛みを覚えた。
レナードが振り返る。通りの向こうに、地面スレスレまで逆三角形をしたどす黒い雲が下りてきていた。
「まさかこんな時に、こんな所で使おうというのですか?」
真っ黒な雲は巨大な積乱雲、スーパーセルだ。
やがて、その雲は内側から渦を巻き始めるだろう。そうすれば、すぐに立派なトルネードへと成長を遂げる筈だ。シルフの街で経験した、人為的に発生させられる、兵器としての竜巻だ。
彼は急いで店先に戻った。頭の中にあったのは、早くこの場所から移動しなければならないという考えだ。眠り続ける少女を連れて。
しかし、店先の路傍に寝かせていた少女はいなくなっていた。
「そんな!」
思わず大声を出し、レナードは近くを見回した。
彼女の姿は確認出来ない。
彼はスーパーセルに目を遣った。先程よりも近づいているようだ。時間はない。
彼女を探すべきか、それとも自分一人で今すぐこの場を離れるか。そう思い悩んでいると、彼は横に気配を感じた。見ると、そこには例の少女が、見上げて立っていた。
「良かった。探そうとしている時だったんで……」
彼が言い終わらないうち、彼女の表情が怒気にまみれていく。そして、彼女はスッと浮かび上がり、レナードの顔面を強烈に蹴り飛ばした。レナードは突然のことに何の対処も出来ず、二、三メートル先の水溜りに突っ込んで、うつぶせに倒れた。
彼女は何も言わないまま、レナードの倒れるすぐ側までやって来た。
レナードはゆっくりと立ち上がり、跳躍して彼女との距離をとった。
「急に何をするんです? 私は何かしましたか?」
したと言えば、建物の屋上から放り出された彼女を助けたことくらいだ。それがいけなかったというのだろうか。
だが、彼女は何も語ろうとはしない。蔑むような目で、睨み付けてくるばかり。明らかに、そこには敵意が有り有りと見えて取れる。
「よくわかりませんが、今はこうして敵対している場合じゃないんです! もうすぐ、ここを巨大なトルネードが襲うでしょう!」
どういう意味かはわからないが、彼女は首を横に振った。彼女の顔にあるのは依然として怒りの感情のみ。
話が通じないのだろうか。そう思ったが、例え通じなかったとしても、真っ黒な竜巻がこちらに近づいてきている危機感は伝わっている筈だし、己自身見て理解できるだろう。それでもなお、彼女は襲いかかってくる。
周囲の瓦礫が風に煽られるようにふわっと舞い上がった。その動きは、さながら羽のようだった。
「重力制御……。グランディスタのヒトですね。それも、かなり高位に属する者のようだ」
小さく呟くと、彼は両手のひらを広げ、前に出した。
すると、浮かび上がっていた瓦礫の幾つかが、何か力がせめぎ合っているように細かく振動し、地に落ちた。レナードの躯体に組み込まれた重力制御装置の能力だ。けれども、全部を落とせなかったのは、彼女の装置がレナードのそれを上回ったスペックだということ。
それでも、少女の驚きは顔に表れていた。そして、それはさらに強い怒りと力を呼び起こす結果となった。
少女の片腕が高々と掲げられ、やがて振り下ろされると、まだ浮遊していた無数の岩石や礫が、レナード目掛けて滑空し始めた。
読んでくださってありがとうございます!
次回は「Part 2」です。
またのお越しをお待ちしております。