17.イドへ
イドの在処を求めて、ナナは荒野を彷徨う。強い想いを胸に。
よろしければ、読んでいってください。
見渡す限り赤茶色の世界。その大地の色が、不毛地帯であることを物語っている。
どこにも生き物の気配はない。風すらも無く、時が止まっているような荒野を、不安な足取りで歩くのは、一人の少女。
ここは、グランディスタ・リージョンの外れの地。とは言っても、さっきまでいた場所から、それほど離れてはいない。
地下墓地を出ると、既にそこは死の荒野だった。
ナナは、あの不思議な老人から聞き出した、イドを探し歩いていた。
メトラの迷路で使った風見鶏は、ここでも使えたらしいのだが、残念ながら、そんなものはもう何処かに置いてきていた。
大方、迷路を脱した時の解放感と、エレベーターを前にした時の恐怖感に駆られて、その辺りに放り投げてしまったのだろう。
そんな訳だから、今はほとんど感に頼って歩いていると言ってもいい。
一応、最寄りのイドまでは、老人に行き方を教わっていた。
そのイドは北の方にあると聞いたが、この世界のどの方向が北になるのか、見当もつかない。そう例の老人に訴えると、どこか無機質な口調で、こう言われた。
「頂上が鋭く尖って見える山々が、この場所から見て北になる」
「なるほど、北に行けばいいのね」
「主よ。話は最後まで聞いた方がよい」
その後、老人はアニマの溢れるという泉への生き方を、わかり難い言葉で説明したが、それを彼女が全て記憶できる筈もなく、結局何度も同じ言葉を繰り返させる事となった。
ナナは、彼の言葉を脳内に刻み付けるのは早々と諦め、足下にある白いばかりの欠片に、尖った別の金属片を使い、やっとの思いで刻みつけた。
大まかに北に進んだ後、なだらかな丘が左右に来たら、それらが同じくらいの大きさに見えるように東西へ移動して調節し、尚も北へ進む。すると、湖がある。
この湖を時計に見たてた時、二時方向に進んでいき、丘を登ってそこで夜を待つ。
夜になると、先ほど目印にした湖が、枯れてしまうらしい。そして、その時に立っている丘を挟んで、反対側の砂地に別の湖が現れるという。
そうして湖側に丘を下り、先ほど同様、湖を時計に見たてる。今回は、十一時だ。
その先にやっと、アニマの溢れ出るイドがあると、不思議な老人は、さも簡単そうに言った。
その内容をしっかり書き終えるまで、あの老人に何度同じ事を繰り返させたかわからない。
頂上が尖った山々の方へ進み、という所は、まあ間違うことはなかった。けれども、その次からが既に難問だった。
(丘が同じくらいに見える?)
とても相対的だ。
例えば、ナナが見て同じくらいの大きさと、老人の言う同じくらいは、本当に同じなのだろうか。
否だ。
初めはそんな事を考えながら、几帳面に進んでいた彼女だったが、湖が見えないまま夕暮になる頃には、もっと大雑把に考えるようになった。
辺りには斜陽の赤い光が差して、赤茶けた大地をさらに赤く染めていた。もう、遠くないうちに、薄暗くなってくるだろう。予定よりも、随分遅れてしまった。
このままでは、湖が枯れてしまって、発見が困難になってしまう。
ナナは、少しでも遠くが見渡せるように、右側に見える砂丘に登った。
そのまま丘の上を、尖った山々の方へ歩いて行けば、湖が見えるかもしれない、と。
丘を形成していた砂粒は、さらさらしていて、何度も足を取られて、思いの外、登りきるのに時間を要した。
彼女は丘の頂上で、上体を反らして登ってきた道筋を見遣った。それから、北に歩を進めた。
足場の悪い砂上を歩いていると、心の奥底から自分自身に言い聞かせるような考えが、泡のように湧いてきた。
(考え方を変えられない。言われた事をそのまま受け止め、実行する。これじゃ、機械と変わらない。これから私がやろうとしている事は、あの老人の言う歴史の中では、前例が無かったって言った)
老人の言う事が、ことごとくも正しいというなら、不可能なのだ。
だが、ナナは不可能で終わらせるつもりはなかった。
膨大な意識の中から、レナードを見つけ出す。
(確率なんて聞きたくはない。いや、むしろ関係ない)
「私は私のやり方を、押し貫く」
ナナが悪い予感を完全に払拭し、そのような言葉が思わず口から零れ出た頃、ちょうど夜の色を反射して暗く光っている湖を見つける事が出来た。
自分の考えは間違っていないのだと、彼女は確信した。
ナナは丘を降り、湖のほとりに来た。
波一つない湖面は、闇を映して黒々と輝いていた。
もう既に、湖が枯れようとしているらしく、汀はかなり狭くなっていた。
彼女は、水をそっと両手にすくい、見つめた。
どこまでも乾いていた荒野に、こんなに綺麗な水が湧くのだと思うと、涼しい光を放つアニマが湧き出るところは、どんなだろうと、少しでも早くイドを見てみたくなった。
ふと、気がつくと、足に痛みがあった。正しくは足の裏だ。メトラの石廊で見たときよりもさらに傷が増え、血液までもが滲んでいた。
傷だらけで、痛み出したのは今ではないだろう。例の如く今まで、忘れていた。
彼女は湖の清らかな水に、痛む足を浸した。
激痛が走ったが、今ここにいる現実を取り戻したような気がした。
それからナナは、しばしの休息を取った。
水は完全に引き、湖は無くなった。
ナナは、そこから二時の方向にある砂丘を登り始めた。
丘の上に立つと、確かに湖があった。さっき見たものよりも、ずっと広い湖だった。
彼女は湖に想像上の時計を浮かべ、湖の周囲を時計回りに回った。八、九、十と、一歩ずつ確かめるようにして、十一の文字が書かれている辺りへやって来た。
あとはそこから、十一時、つまり北北西となる方角へ向かうだけだった。
それから、どれくらい歩いただろうか。少なくとも、そうやって不安になるくらい長い時間が経った。
そんな時、真正面の空が明るくなりだした。
(え? もう朝なの?)
そう思ったのも束の間、彼女は太陽が昇る方向が違う事と、空を照らす光の色とで、その光源が朝日でないと気付いた。
空では透明感のある青白い光の帯が、オーロラのようにうねりながら輝いていた。
「え、まさか!」
ナナは、足の痛みも忘れて、光の源へ駆け出した。
そこにアニマの湧き出る泉、イドがあった。
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