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ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第五章 エイス・クロッシング
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14.街頭テレビ

 急く気持ちを辛うじて抑え、三人は自動車の消失したという駐車場を目指して歩いていた。


 街頭テレビが風で消えてしまわない大音量で、天気予報等を叫んでいる。いつも通り風は強いが、全国的に穏やかな晴天に恵まれるだろうという話だった。事実、空には青々とした空が広がっており、通行人もどこか幸せそうにゆったりとした歩みを進めている。

 街頭のテレビは、それ以上誰の注意も引く事なく、後はただ雑音のようになって、午後の日差しの中、眩惑と一緒に消えていった。


 一行は、問題の駐車場を遠目に捉えることが出来る距離までやってきた。いつの間にか先頭を行っていたミレイが、前方を直視したまま、控え気味の声で言った。


「もしも、どこかしらの公的機関が押収したのだったら、持ち主も同時に探しているかも」


一つ頷き、青年が応じた。


「という事は、あまり長居をしてはいけませんね。見張られている可能性が高い」


レイナも理解し、頷きつつスケッチ・ブックを開いたが、彼女が口にして言いたい文章を記そうとする前から、ミレイが先に言ってしまった。


「さりげなく、通り過ぎるだけにしましょう」


レイナはさも残念そうに眉尻を下げ、ペンのキャップをわざと音が出るようにして閉めた。


 徐々に高まっていく緊張。

 レイナは唐突に思った。


(そういや、あたしはあの乗り物が、どこ停まったんか知らんのやないか)


思わず息を吐いた。笑ったつもりだったのだが、やはり声にはならなかった。

 仕舞いかけのスケッチ・ブックにペンを走らせると、しんがりのドライバーに、見せた。


『あの乗り物は、駐車場のどの辺りにあったの?』


彼は、それをレイナが知らない事を失念していたらしく、首の後ろをピシャッと叩いて教えてくれた。


「えーと、番号は7。この通り沿いから見ると、一番手前の列の、左から二番目になります」


わかったと彼女はこっくり頷いた。


 7番の駐車スペースには、既に別の乗り物が停まっていた。外観のデザインは、レイナの知っているフィレスタ製、グランディスタ製のものと大分異なっていたが、自動車であるのは確かのようだった。

 なくなっているという事実よりも、代わりに別のものがそこにある事が、三人に対して、予想よりも多くの衝撃と失望を与えた。


 無言で駐車場の横を通り過ぎ、そのまま真っ直ぐ進み、四辻を右折した辺りで、彼等は途方に暮れた。緊張の糸が切れた所為らしい。

 ミレイは斜め上に顔を向けて呆然としていたし、青年は足元を見詰めて首を横に振り続けていた。各々の受け止め方は違えど、少なからずショックを受けているのは間違いない。


 これまで見る事のなかった二人の様子に、レイナは悲しくなって、なんとか彼等を励まそうと考え付いた。しかし、彼女に言葉をかける事は出来なかった。もどかしい思いに、自棄を起こしてしまいそうになったが、何とか踏み留まって、言いたい事の欠片をスケッチ・ブックに書いた。


『きっと大丈夫。まだ何か、手があるよ』


肩を叩いて、ミレイにまず見せた。彼女は寂しそうに微笑んだ。

 青年も顔を上げて、真っ白な紙に書かれた乱雑な文字を読み取り、笑ってくれた。


「どうにかしてでも、首都に行かないといけないわ」


「そうですね。僕も及ばずながら、お手伝いしますよ」


レイナは自分が独りではなく、しかも良い仲間に恵まれているのだと、心の底から感じた。そして、単身このウィンディアへ来る事になった、もう一人の仲間に思いを馳せた。




 小道を進んで大通りに出ると、またそこには街頭テレビがあって、ニュースの映像が流されていた。取り扱われていた件は、フィレスタとの国境付近が焦土と化したというものだった。

 どうやら番組は、ワイドショー的な内容のようで、コメンテーターらしきヒトが、万年筆を両手で弄び、自身の考えを述べていた。


「今回も、例の反政府組織が絡んでいるのでしょう。私が聞いた話では、明け方にその方面が真っ白に光っていたとか。もしかしたら、奴らの新兵器かもしれない」等々。


「白い……」


「光?」


レイナの脳裏には、星の光というフィレスタの兵器によって、街一つが消し飛ぶ様が再生されていた。

 ミレイやドライバーの青年にも同様の光景が見えていたのだろう。判を押したように苦々しい表情を、それぞれの顔に浮かべていた。


 気が付くと、早くも話題は変わっていて、首都で起こったという交通事故についての原稿が、アナウンサーによって読まれていた。それに続くのは、当たり障りのない適当なコメント。またしても、それらの声は雑音に変わり始めた。


 街頭テレビは、大通りに同じくらいの間隔で設置されているようで、どこまで歩いても、完全にさよならする事は出来なかった。それでも何かの拍子に、役に立ってくれる事もあるらしい。

 それは、雑音の中に突然現れた。


「今日、私は、パルナッソス山にやって来ています! 空がとっても高く澄んでいて最高です!」


レポーターがハキハキした口調でそう言うや否や、青年が叫んだ。


「そうか! 空があった!」


通行人の視線が、束の間集中した。


「急にどうしたの?」


「飛行機を使うんですよ。タイミングさえ良ければ、あのまま自動車で向かうよりも早くポリスへ到着出来ますよ」


レイナは飛び跳ねて、無邪気に歓喜したが、無言のままだ。やはり、まだ声を出せない事に慣れていないのだ。


「じゃあ、一番近くの空港へ行けばいいのね? セトにあればいいんだけど」


ミレイは偶然側を通ったヒトに声を掛け、空港について訊いてみた。


「空港なら、この街にもあるわよ」


「ホントですか? 場所は……?」


その中年女性は、頻りに三人の頭から足先までしげしげと目を遣ってから、答えた。


「飛行機に乗りたいのなら、難しいわよ。見たところ、ウィンディア人ではないみたいだし。まあ、ウィンディア人だから乗れる訳じゃないけれどね」


彼女は苦笑しつつも、空港の場所を教えてくれた。

 先程からすると、皆、やや冷めた感のある佇まいで、お互いどうするか、どう考えているかを伺っているようだった。

 街頭テレビの声は、「今入ったニュースです……」というのを最後に、聞こえなくなった。


「どういう事なのかな」


ミレイはそう言って、考えを見透かそうとするように二人の顔を凝視した。


「ウィンディア国民でさえ、乗るのが難しい。他所から来た僕達は、もっと難しいという事なのでしょう。しかし、それは一体……」


『とにかく、行ってみようよ』


レイナは、スケッチ・ブックに書いて、そう伝えた。


「そうだね。行けばわかるかも」


レイナの提案に乗る形で、彼等は動き出した。

読んでくださって、ありがとうございます!

またのお越しをお待ちしております。

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