14.街頭テレビ
急く気持ちを辛うじて抑え、三人は自動車の消失したという駐車場を目指して歩いていた。
街頭テレビが風で消えてしまわない大音量で、天気予報等を叫んでいる。いつも通り風は強いが、全国的に穏やかな晴天に恵まれるだろうという話だった。事実、空には青々とした空が広がっており、通行人もどこか幸せそうにゆったりとした歩みを進めている。
街頭のテレビは、それ以上誰の注意も引く事なく、後はただ雑音のようになって、午後の日差しの中、眩惑と一緒に消えていった。
一行は、問題の駐車場を遠目に捉えることが出来る距離までやってきた。いつの間にか先頭を行っていたミレイが、前方を直視したまま、控え気味の声で言った。
「もしも、どこかしらの公的機関が押収したのだったら、持ち主も同時に探しているかも」
一つ頷き、青年が応じた。
「という事は、あまり長居をしてはいけませんね。見張られている可能性が高い」
レイナも理解し、頷きつつスケッチ・ブックを開いたが、彼女が口にして言いたい文章を記そうとする前から、ミレイが先に言ってしまった。
「さりげなく、通り過ぎるだけにしましょう」
レイナはさも残念そうに眉尻を下げ、ペンのキャップをわざと音が出るようにして閉めた。
徐々に高まっていく緊張。
レイナは唐突に思った。
(そういや、あたしはあの乗り物が、どこ停まったんか知らんのやないか)
思わず息を吐いた。笑ったつもりだったのだが、やはり声にはならなかった。
仕舞いかけのスケッチ・ブックにペンを走らせると、しんがりのドライバーに、見せた。
『あの乗り物は、駐車場のどの辺りにあったの?』
彼は、それをレイナが知らない事を失念していたらしく、首の後ろをピシャッと叩いて教えてくれた。
「えーと、番号は7。この通り沿いから見ると、一番手前の列の、左から二番目になります」
わかったと彼女はこっくり頷いた。
7番の駐車スペースには、既に別の乗り物が停まっていた。外観のデザインは、レイナの知っているフィレスタ製、グランディスタ製のものと大分異なっていたが、自動車であるのは確かのようだった。
なくなっているという事実よりも、代わりに別のものがそこにある事が、三人に対して、予想よりも多くの衝撃と失望を与えた。
無言で駐車場の横を通り過ぎ、そのまま真っ直ぐ進み、四辻を右折した辺りで、彼等は途方に暮れた。緊張の糸が切れた所為らしい。
ミレイは斜め上に顔を向けて呆然としていたし、青年は足元を見詰めて首を横に振り続けていた。各々の受け止め方は違えど、少なからずショックを受けているのは間違いない。
これまで見る事のなかった二人の様子に、レイナは悲しくなって、なんとか彼等を励まそうと考え付いた。しかし、彼女に言葉をかける事は出来なかった。もどかしい思いに、自棄を起こしてしまいそうになったが、何とか踏み留まって、言いたい事の欠片をスケッチ・ブックに書いた。
『きっと大丈夫。まだ何か、手があるよ』
肩を叩いて、ミレイにまず見せた。彼女は寂しそうに微笑んだ。
青年も顔を上げて、真っ白な紙に書かれた乱雑な文字を読み取り、笑ってくれた。
「どうにかしてでも、首都に行かないといけないわ」
「そうですね。僕も及ばずながら、お手伝いしますよ」
レイナは自分が独りではなく、しかも良い仲間に恵まれているのだと、心の底から感じた。そして、単身このウィンディアへ来る事になった、もう一人の仲間に思いを馳せた。
小道を進んで大通りに出ると、またそこには街頭テレビがあって、ニュースの映像が流されていた。取り扱われていた件は、フィレスタとの国境付近が焦土と化したというものだった。
どうやら番組は、ワイドショー的な内容のようで、コメンテーターらしきヒトが、万年筆を両手で弄び、自身の考えを述べていた。
「今回も、例の反政府組織が絡んでいるのでしょう。私が聞いた話では、明け方にその方面が真っ白に光っていたとか。もしかしたら、奴らの新兵器かもしれない」等々。
「白い……」
「光?」
レイナの脳裏には、星の光というフィレスタの兵器によって、街一つが消し飛ぶ様が再生されていた。
ミレイやドライバーの青年にも同様の光景が見えていたのだろう。判を押したように苦々しい表情を、それぞれの顔に浮かべていた。
気が付くと、早くも話題は変わっていて、首都で起こったという交通事故についての原稿が、アナウンサーによって読まれていた。それに続くのは、当たり障りのない適当なコメント。またしても、それらの声は雑音に変わり始めた。
街頭テレビは、大通りに同じくらいの間隔で設置されているようで、どこまで歩いても、完全にさよならする事は出来なかった。それでも何かの拍子に、役に立ってくれる事もあるらしい。
それは、雑音の中に突然現れた。
「今日、私は、パルナッソス山にやって来ています! 空がとっても高く澄んでいて最高です!」
レポーターがハキハキした口調でそう言うや否や、青年が叫んだ。
「そうか! 空があった!」
通行人の視線が、束の間集中した。
「急にどうしたの?」
「飛行機を使うんですよ。タイミングさえ良ければ、あのまま自動車で向かうよりも早くポリスへ到着出来ますよ」
レイナは飛び跳ねて、無邪気に歓喜したが、無言のままだ。やはり、まだ声を出せない事に慣れていないのだ。
「じゃあ、一番近くの空港へ行けばいいのね? セトにあればいいんだけど」
ミレイは偶然側を通ったヒトに声を掛け、空港について訊いてみた。
「空港なら、この街にもあるわよ」
「ホントですか? 場所は……?」
その中年女性は、頻りに三人の頭から足先までしげしげと目を遣ってから、答えた。
「飛行機に乗りたいのなら、難しいわよ。見たところ、ウィンディア人ではないみたいだし。まあ、ウィンディア人だから乗れる訳じゃないけれどね」
彼女は苦笑しつつも、空港の場所を教えてくれた。
先程からすると、皆、やや冷めた感のある佇まいで、お互いどうするか、どう考えているかを伺っているようだった。
街頭テレビの声は、「今入ったニュースです……」というのを最後に、聞こえなくなった。
「どういう事なのかな」
ミレイはそう言って、考えを見透かそうとするように二人の顔を凝視した。
「ウィンディア国民でさえ、乗るのが難しい。他所から来た僕達は、もっと難しいという事なのでしょう。しかし、それは一体……」
『とにかく、行ってみようよ』
レイナは、スケッチ・ブックに書いて、そう伝えた。
「そうだね。行けばわかるかも」
レイナの提案に乗る形で、彼等は動き出した。
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