14.積荷
ナナが港へやってくると、丁度荷物を船に積み込んでいる最中だった。メトラを脱出出来ると思った彼女のもとに、騎士団が迫ってきた。
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エレベーターという障害を乗り越えた後、港で、ナナはちょうどコンテナのような木箱を船に積み込んでいるところに出くわした。
積荷を搬入しているのは、ヒトではない。本当にその仕事をこなすためだけに設計されたような、いわゆる機械だった。
クレーンやフォークリフトに似た、自律型の機械。当然、それらは何らかのセンサーを搭載しているのだろうから、密航者を発見し、排除するような機能を備えていたら、彼女にとって厄介な事だ。
他に警備をしているヒトは見当たらない。
(何とかして、ここから出られないかな……)
ナナはそう考えた。
物陰に隠れつつ、船に近づいていく。
近くで見ると、積み込まれていく木箱が、思っていたよりも大きいことに気が付いた。当然、その荷を船に積む機械の大きさも、尋常ではない。
ナナは、自分の置かれている状況を忘れて、呆然と見上げた。
大きさの対比を例えるなら、熊の足下で飛び跳ねるアマガエルといったくらいだろうか。
体の大きな熊は、足下のカエルに気が付くことなく、通り過ぎていく。
同様に、荷を積み込んでいく機械達は、矮小なナナの存在に気付かない。これなら、簡単に船内へ紛れ込む事が出来るかもしれなかった。
ところが、事態はそう上手く運ばなかった。
ナナが作業機械達のテリトリーである、だだっ広い空間へ飛び出そうと意を決した時、背後から聞き覚えのある音が近付いてきた。
その音は、すぐに頭の中で同定する事が出来た。騎士達の、甲冑が擦れぶつかり合う音だ。
ナナは一瞬愕然として、頭の中が真っ白になった。そして、膝がガクガクと震え始める。
(どうして、騎士団が?)
そうまで彼女を驚かしたのは、彼女にとって、騎士達がもう脅威の対象から外れていたからだ。レナードの意思を継いだ、彼等が足止めをしていてくれている。そう思って、疑わなかったのだ。
だが、騎士たちはこの場所まで追ってきた。
ナナは振り返り、薄暗い廊下に目を遣った。まだ姿は見えないが、音の響き方からして、すぐそこを走ってきているのがわかる。
彼女はすぐに、近くの木箱の陰に隠れた。
騎士たちの登場にも動じることなく、ただ黙々と与えられた仕事をこなす機械達からは、丸見えとなってしまったが、それらは何ら変わる事無く、作業を進めていくだけだった。
甲冑の立てる金属音の質が変わった。彼等はどうやら、走るのをやめたらしい。
くぐもった声で何やら言葉を交わしている様子が、彼女の脳裏で再生される。
続いて、とてつもない轟音が、木箱の向こう側から聞こえ、ナナは驚き僅かに飛び上がった。
その音を、イメージする事が出来なかった彼女は、木箱の側面からそっと様子を覗き見た。
一人の騎士が、そこかしこに置かれていた木箱を手当たり次第に破壊しようと、剣を振り回していた。
どうやら、ナナが積荷に隠れているというお約束な展開を、彼等は想定しているようだった。
しかし、追っ手である騎士達がこの場に来てしまった今、当初の考え通りに彼女が直接船に乗り込む事は、不可能になってしまった。
ナナは、全身に嫌な汗をかき始めた。
やがて、一つの木箱が完全に壊され、中身が晒された。
出てきたのは器。つまり、人形だった。
男女問わず伸びすぎて腰の辺りまである髪、どこの何を見ているのかわからない虚ろな目、力無くしなだれた手足、何も着用していない胴体。
ナナは、累々と横たわる大量の器を目の当たりにして、息を呑んだ。
人形の一つが、こちらを見ているような気がした。交差する視線。
彼女は、上がってくる胃液を、辛うじて押し留めた。
積荷がそれらである事は、推して計るべきだった。
ここはメトラ。ヒト等の生まれ故郷だ。
この場所から運ばれる主な積荷は、当然ここで作られる器である筈だった。
一つ、また一つと、積荷の外箱が破壊されていく。それに従って、動く事のない人形が、次から次へと地面に転がっていく。
おそらく、ここに並べられている全ての木箱の中身が、同じなのだ。
騎士達はそれらを、枯れた木の枝を扱うみたいに蹴飛ばし、踏みにじった。
ナナは焦っていた。もう少しで、彼女が隠れている木箱が、他と同様に破壊されてしまう。
そうすれば、隠れる所のない彼女は、呆気無く見つけられ、捕えられて殺されてしまう。
また一つ、木箱が破られたようだ。箱の中から溢れ出て、転がされる人形のイメージが浮かぶ。
その時、ナナは一つの考えを授かった。
もしかしたら、この窮地を乗り越えられるかもしれない。
木を隠すには森の中、という訳だ。
ナナは、逡巡しながらも周囲の人形に合わせる為、着ているワンピースを脱いだ。
新雪を思わせるような白い肌が露になる。見る者は無い。背後で忙しく動き続けるのは、意志も持たない機械のみ。
顔を紅色に染めながら、彼女はその場にうつ伏せで横たわった。衣服は、お腹の下に丸めて隠しておいた。
これで、紛れ込む事が出来るかもしれない。違いといえば、隠しても溢れ出る生気と、髪の長さくらいだろう。ナナの髪型は、襟首の辺りまでで切りそろえた、ボブヘアーだ。
騎士たちが迫っていることは、彼らのうるさい足音の響きでわかる。
木箱が攻撃を受けている音が、最も近くなった時、彼女はもう目を開けている事が出来なかった。
過ぎた緊張感で、叫び出したい衝動を、強く意思を固める事で、何とかやり過ごした。
暴れるように吹き荒ぶ冷たい風が、身に染みて身震いしそうになったが、全身を強ばらせて最小限に留めた。
木材が歪み、メキメキと悲鳴を上げた。
バラバラと、彼女の上に降ってくる、マネキンのような器達。
丁度、ナナの上に一人分の器が重なった。
ヒト一人分には違いないのだろうが、やけに軽い気がした。
実際、彼らにはアニマが備わっていない。その違いは、彼女が感じている器の重さと、生きている者の重さとの差だ。
ナナは、足音がその場を去ってくれるよう、ひたすら祈った。
心臓の鼓動が聞こえてきそうな程、辺りはしんと静まり返っているような気がしたが、そんな筈は無い。
相変わらずマイペースに作業を続ける機械達の動作音、騎士達の動きに合わせて立てられる音、港に吹き込む強風が立てる笛のような音。どれをとっても、ナナの鼓膜を震わせるのに十分過ぎた。
彼女の祈る気持ちが、聴覚神経を遮断していただけの事。
随分長い間、そうしていたような気がした。彼女にとっての脅威は去った。
騎士たちは、機械たちの作業を思い切り妨害し、船の出航を大幅に遅らせたが、ナナにとって、それは関係なかった。
騎士の一団は、船が出ていくまで港にいたようだったが、ナナがそれに気付く事も無い。
彼女は、他の器たちと同じように、新しい木箱に詰め込まれ、船に積み込まれた。
無論、あの横柄な騎士たちが、その様な作業をする訳がなく、行ったのは、荷物の箱詰め専用の自動機械だった。
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