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ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第四章 ファースト・リンケージ
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48.重力制御

 その場にいる、一般人代表といっても過言ではないミレイには、文字通り目にも止まらない速さの為、眼前で行われている事のほとんどがわからなかった。ただ、シローが使う煉獄の炎だけは、青白い光の残像となって、彼女の目に映った。美しい感慨を伴って。


(この青い火ぃに当たったらあかんのやったわ)


 レイナは度を越した怒りに突き動かされていながらも、頭の中でもう一人の自我が起ち上がって、冷静に現状を見定めているのを認めていた。そしてその事は、自分がやはりこうして戦うために造られた存在なのだと、哀しくも薄っすらと彼女に感じ取らせていた。


 それにしても、シローが放つ炎の精度は、ここ数日の間で、確実に上がっていた。常に動いていないと、捉えられてしまうくらいだ。それだけ多く、例の装置を使用したという事だ。

 自然と、レイナはスルトの村で経験した事を思い起こした。残らず焼け焦げた家々。それから、村人達は逃げ延びた洞窟で、一人残らずこの男に燃やされてしまった。


 ほんの僅かの間、目の前が昏くなった。

 レイナは力一杯歯を食い縛りながら、危険を犯してシローの懐へ潜り込むと、鳩尾に拳を叩きつけた。

 彼の口から息が漏れる音を耳が拾った後、彼女は真横に跳んで、炎がない前方へ駆け出す。

 振り返ってシローの姿を探すと、彼は動きを止めて足下を見るように頭を垂れていた。

 レイナが疑問に思いつつも警戒していると、ミレイの声が飛んだ。


「レイナー、コートが!」


見ると、彼女の羽織るコートを、青の炎が燃やそうとしていた。先程、無茶をして接近したのが不味かったらしい。


「おわわわ」


彼女は慌ててコートを脱ぎ捨てた。雪上で、炎が踊り出す。

 彼女は、グランディスタの山奥で目覚めた時のままの格好になった。


「寒っ!」


そんな時に限って、風は意地悪をする。冷たい風が雪を巻き込んで、吹き抜けていった。

 レイナは言葉にならない声を上げ、うずくまり震えた。

 炭と変わって横たわっていたコートは、風に巻き上げれられて、ほろほろと解けるように原型を失って四散した。


「ほんまに、燃やし尽くすんやな……」


彼女は呟くと、依然として体勢を変える事のないシローに視線を遣った。


「おかしいな」


シローの口から漏れ出したそれは、小さな声だったが、風がレイナのもとへ届けてくれた。

 彼女はすっくと立ち上がり、言葉を返した。


「何がや」


シローは顔を上げ、束の間夜空を仰いだ後で、彼女を見た。


「君に当たらない。いっぱい練習した筈なのにな」


可能な限り感情を抑えて、彼女は言った。


「スルトの村の事なんか……?」


「スルトの村? 何の事だい?」


「あんたがやったんやろ? あんたの持っとる、その装置で!」


その時、レイナは自分の発言を悔いた。

 彼女はミレイの顔を伺おうとしたが、彼女は既に深く俯いていて、表情はわからなかった。しかし、レイナの言葉が、少なからずミレイを傷付けたのは、見た通りだ。


 そんな二人の事などお構いなしに、シローは口を開けた。


「幾つかこの装置を使って人里を燃やしたから、君がどれの事を言っているのか、区別がつかないんだ。スルトって言ったっけ? わかってやれなくて、ごめんよ」


その様子から、悪びれる様子は少しも伝わってこない。それどころか、彼は馬鹿にするようにニヤニヤ笑っているのだ。


 また、レイナは目の前が昏くなった。内側から、冷静になれと訴え掛けてくる。これが、相手の挑発だと、彼女自身わかっていた。

 頭の中で二分されていた自我が、片方に飲み込まれようとしている。多分、そのまま受け入れるのが、一番楽な方法なのだろう。

 こうして耐えている今は、心が痛くて苦しくて堪らない。

 けれど、彼女はなんとかその場に踏み留まった。一気に空気を吸い込み、緩やかに吐き出す。そうすると、微かだが気分が楽になった気がした。


「何だい? ノリが悪いな。もっと本気を出してくれよ。じゃないと、面白くないだろう?」


シローは言った後、ヘラヘラと笑い出した。


「あんたの挑発には乗らへんわ。そんなんよりあんた、仮にあたしを壊してしもうたら、どないするん? また、虚無感とやらに襲われるんちゃう?」


レイナの問いを聞いたシローは、笑いを収めたかと思うと、急に真顔になった。


「虚無……感?」


 彼女はさらに追求した。


「どないすんねん。あたしかて、そんな壊された後まで面倒見られへんで」


急にシローは両手で頭を抱えて、小さく何かをブツブツ唱え、体を震わせ出した。明らかに、彼は動揺している。


 レイナは更に追い討ちを掛けようと、口を開いた。それと同時に、シローは突然大声を上げた。

「ぅあーーー!」


耳を覆い顔をしかめるレイナ。彼女は、そうやって意味のない言葉を喚き散らす彼に、負けないくらいの声で抗議した。


「何やねん、急に!」


「うるさいうるさいうるさい!」


「後の事も考えられへんのか!」


「黙れって言ってるだろ!」


シローの周辺に、人魂に似た青白い炎が、多数浮かび上がった。彼は依然頭を抱えたまま、昨日触れた様子で何か呻いている。


 炎は揺らめいただけで消えるものから、しばらく同じ場所に留まったり、どこかへ飛んで行くものまで、様々だった。


「あちゃー、触れたらあかんとこ触れたようやな」


炎は次々と生まれ続けた。


「ミレイ! 車ん中、入っとりー!」


彼女は呆然としていたようだったが、レイナの声で我に返り、言われた通り自動車の方へ走り出した。


 それからすぐだった。シローは、パタリと静かになった。雪上に両膝を付いて動きを止めていた彼は、ゆらりと立ち上がった。


「決めたよ。君を壊した後は、この世界全体を破壊する」


彼は、静かな声で壮大な事を口にした後、振り返った。


「手始めに、この女を燃やしてやる」


天敵を前にした小動物みたいに、ミレイは思わず立ち止まった。

 何か言葉にするよりも早く駆け出すレイナ。

 炎は、ミレイのすぐ前に出現した。動かない彼女に、動き出す炎が接触するのは、短時間で事足りる。

 レイナは、両足にありったけの力を込めて地面を蹴ったが、ミレイのもとに達する事は不可能だった。

 その時になって、やっとレイナは、声を出して彼女の名を呼んだ。


 突然、大地が揺れ出した。それは、ほんの短い間だったが、気の所為などではなかった。


 ミレイとシローは、地べたに座って、呆気にとられていた。

 立っているのは、レイナ一人だった。


「何や? 今の」


 レイナにとって、あまりに都合の良すぎる地震だった。

 運転手の青年が、車の中から血相を変えて出てきた。彼は危険を顧みず、シローの横を通ってレイナの所へやって来た。


「レイナさん。グランディスタのご出身でしたよね?」


「あ、ああ。せや」


「今、地面を揺らしたのは、レイナさんですか?」


「わからへん」


青年は首を傾げて、何か呟いた。その中から、レイナは「無意識」という単語のみを聞き取った。


「今の、あたしがやったんか?」


彼は首を元に戻し、力強く頷いた。


「ここにいる中で、可能性があるとすれば、レイナさんだけです」


「どうやったら、あんな事出来るいうんや?」


「多分、この周辺の地面をほんの少し浮かせた後、落としたのだと思います」


いつの間にか、ミレイも彼女達の近くに来ていた。彼女は、二人の会話に入った。


「それって、もしかして」


彼女の目が、グランディスタ製の自動車へと向けられた。

 青年は、二人の目をしっかりと見て、自信ありげに頷いて、断言した。


「ほぼ確実に、重力制御装置を持っていますよ、レイナさんは」

読んでくださってありがとうございます!

またのお越しをお待ちしております。

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