表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第四章 ファースト・リンケージ
130/182

42.ハジメである理由

 唖然とするレイナを他所に、その女性は笑い続けた。

 どうして笑われているのか、理解できない彼女は、段々と不機嫌になって、つい大声を上げた。


「何、わろとんねん!」


「そりゃあふふ……おかしいからよ。た、ただの生理現象っ……だから、仕方ないわあはは」


彼女は、息も絶え絶えといった様子で、笑う合間にそう言い訳をした。

 レイナは不意に、自分の発言がまずかったのではないかと不安になった。やはり、ハジメが人間だと明かしたのは、間違いだったのか、と。

 少しずつ平常に戻りつつある女性。彼女は、両の目尻を人差し指で拭うと、大きく一息吐いた。


「はー、ツボったわー」


 レイナは、先程までの勢いを失くしていた。恐る恐る、彼女に尋ねた。


「何がそんなおかしいん?」


「いやね、こんなに物事がうまく運んで、マスターも喜んでるだろうなって、それを想像したら急におかしくなったのよ」


何も言わず、レイナは小首を傾げて見せた。

 女性は、一瞬だけ哀れみの表情を顔に浮かべたが、その後、気怠そうに淀んだ目をして語った。


「ま、無理もないわ。ウィンディア・マスターの事なんて知る筈ないんだから。ウィンディア・マスターってね、随分と酔狂なヒトみたいで、昔から捉え所のない事で有名だったんだけど、最近、益々拍車が掛かって、何でも人間を探してるらしいのよ」


「はぁ? 何でやねん」


「だからぁ、何考えてるのかわかんない訳。わかる? 結局、あなたの質問の答えになるんだけど、ウィンディアが人間を求めていて、それをフィレスタが提供する。その見返りに、同盟を結ぶ。シンプルな構図でしょう?」


レイナは両手をわななかせて、「じゃあ……」と言った。その続きの言葉は、口から出ようとしないが、さすがに彼女も事の次第がわかっていた。

 そこへ女性は、歯に衣着せない言い方で、追い打ちを掛けた。


「ウィンディアの目的が何であれ、その人がここに戻ってくる事はないでしょうね。言ってみれば、あなたのお知り合いは、人身御供って訳よ」


そこまで言い切った彼女は、興味を失ったようにレイナから顔を背け、椅子をクルッと回転させてデスクに向かうと、うず高く積まれた本の適当な箇所から一冊を取り出して、目を通し始めた。

その最中、彼女はドンっと鈍い音を聞いた。

 椅子ごと振り返り、彼女は一瞬レイナを見遣って、活字に目を落とした。俯いている所為で、表情はわからないが、全身を小刻みに震わせていた。

 また、さっきと同じ音がした。それは、レイナが、強く握った両の拳で膝を叩く音だった。


「いつまでそこにいるつもり?」


レイナは動きを止めて、顔を上げた。しかめられた両目はうっすら充血し、こめかみの辺りがヒクヒク震えている。口は固く閉じられているが、歯を食いしばっている為か、あごのラインが少々角ばっていた。彼女は悔しがっている。


 女性はレイナを一瞥し、言った。


「いいわ。ここにいるのなら、あなた自身の調査を続けましょ」


「いやや」


レイナは即答した。


「じゃあ、どうするの?」


彼女の問いに、レイナは立ち上がって答えた。


「止めに行ったる」


「あら、そう。じゃあ、行ってらっしゃいな」


「ええのんか? あんたにも立場とかあるんちゃうの?」


女性は単純に驚いた顔をして、ニヤッと笑った。


「お気遣いなく。私は気紛れで通ってるから、大丈夫。それに、調査って色々面倒だし、出来ればやりたくないのよ」


「えっらいええかげんやなー。ま、ええ、行ってくるわ!」


レイナは風のように部屋を出て行った。

 一人残された彼女は、散らかったデスクに向かうと、引き出しを開けて一枚の紙切れを取り出した。


「やれやれ。始末書、書かなくちゃね」




 四方を黒い壁に囲まれた部屋。ハジメは知っていた。この壁や天井、実はディスプレイとなって、それぞれの方向が見渡せるようになっている。

 あの日、部屋の中央には、黒革貼りの椅子があって、白衣の男が座っていた。今、その椅子はないが、こんな異質な部屋等、他に見た事がない。

 紛れもなくこの飛空艇は、ラプラスの真理、フィレスタ支部の基地で、その一室はそれを束ねる支部長の部屋。


「どういう事なのか、説明してくれよ!」


ハジメは何度となくそう言ってイオに迫ったが、ここへ来るまでのらりくらりとかわされ続けていた。もう今では、掴みかからんとするくらいの勢いだ。


「わかりました、わかりましたから。暴力だけはやめてください」


数歩後退して、イオはそう答えた。

 暴力と言われるのは心外だと思い、ハジメは一旦冷静さを取り戻した。


「別に殴ったりする訳じゃねーけど」


「確かに、ここまで説明しなかった事については、謝罪します。しかし、ただでさえ到着が遅れていましたので、時間短縮の為、仕方なかったのです。では、何からお話ししましょう」


ハジメは、一番謎だった疑問を尋ねた。


「ラプラスの真理の基地がどうしてここにいる」


「それは、この基地が飛空艇としての機能を併せ持っていたからです」


「そんなの見ればわかる。俺が聞きたいのは、フィレスタ・マスター直々の依頼に、テロリストの基地が動員されている理由だよ!」


イオは珍しく焦っているようで、挙動不審に見えるくらい周囲をキョロキョロと見回すと、小声で言った。


「あまり大きな声で言わないでください。特に、テロリストなんて……。誰が聞いているかわからないんですから」


「じゃあ、この件は……」


小声で返すハジメに、イオは頷いた。


「私の独断で招聘しました。何しろ、今は戦時中で、使える飛空艇がないんですよ。軍の飛空艇はほとんど国境付近か、首都近郊の防衛任務に当たっておりましてねぇ。だから、私に心当たりがあると言って」


「そういえば、言っていたな。ここの支部長とは知り合いだとか」


「はい。彼には大きな貸しがありましたから」


「もし、軍の誰かにバレたらどうなるんだ?」


ハジメの問いに、彼は深刻そうに表情を固めて、返した。


「私の順風満帆な出世街道が、その時点で閉ざされます」


「なんだ、それくらいか」


「なんだ、それくらいか。ではありません!」


「んー? 声が大きいんじゃないか?」


イオは口を手で押さえ、ハジメは意地悪そうに笑った。


 ふと、何かのアラームが小さく鳴った。


「どうやら出航準備が整ったようです。そろそろ、この部屋をブリッジに移動しましょう」


「あ、待て待て。もう一つ聞きたい事がある」


その時、部屋全体が大きく震えたかと思うと、上方向に引っ張られる力を感じた。イオの言った通り、部屋がブリッジに移動を始めたらしい。


「仕方ありません。もう一つだけ、ですよ」


「ここの支部長はどこに行ったんだ?」


「彼は、機関室です。今回のフライトの機関長ですから」


(大丈夫なのか?)


彼の思った『大丈夫』は、支部長の能力を心配しての事ではない。前回会った時に、具合が良くない様子だったからだ。


 そうしている間にも、部屋の振動は小刻みになって、やがて、ブリッジ・ルームが天井の方から見え出した。同時に、全面のディスプレイが光を放ち始めた。

読んでくださってありがとうございます!

またのお越しをお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ