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ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第四章 ファースト・リンケージ
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41.飛空艇

「あんた、今までどこにいたんだ?」


ハジメは、固いソファに浅く腰掛けて、動くものの乏しい中、常に形を変えて燃える暖炉の炎を見つめながら、イオに尋ねた。

 イオは、少し離れたところで目を閉じ、腕組みして立っていた。

 いつまで経っても答えようとしない彼に、ハジメは目を移した。イオは部屋の奥にある扉を指差していた。あの扉の向こう側にいたということだろう。


「あのドアの先には何があるんだ?」


ゆっくりとした動作で腕を下ろし、目を開くイオ。彼は、一旦口を開きかけたが、やめてまた閉ざしてしまった。


(また、だんまりか)


ハジメは苛立ちを隠そうとせず、イオから視線を外した。暖炉の中で踊る火も、ずっと眺めていると、同じような動きを繰り返しているように思えて、やがては飽きてしまった。


 眠気がしている訳でもないのに、彼の瞼は次第に重さを増していく。酷い倦怠感に包まれて、溜め息を吐いた。

 その時、微かな揺れを感じた。理由を彼が考えるより早く、イオが言った。


「到着したようですよ」


何が。ちょっと考えればわかる事でも、脳が痺れているのか、答えに行き着くまで時間が掛かる。

「行きましょう」


イオは言って、部屋の奥にある扉へと足早に向かった。

 その後姿を、ハジメは慌てて追いかけた。そして、今更ながら、飛空艇が着いたのだと、心の浅い部分で言葉にした。


 扉の向こうには、真っ暗な細い通路が続いていて、何も見えない。躊躇しながらイオに促されるまま入っていく。後ろで扉が閉ざされ、本当の闇がやって来たと、そう思ったが、両足が鎖で床に繋がれたみたいになっている間、少しずつ目が慣れてくると、上の方から照らす薄明かりの存在に気が付いた。


 見上げると、夕日のような色の照明が、低い天井に等間隔で設置されていた。

 瞳孔が更に開いて夜目が利きだすと、通路の向こうに階段が見えた。


 突然、後ろから肩を叩かれたハジメは、「ひっ」と小さく声を上げて、一歩分前に跳んだ。驚かせた犯人は言わずもがな、だ。


「どうしたんです?」


「あ、ああ」


格好の付かない様子取り繕う為、曖昧な返事をしたハジメは、重たい足を動かし始めた。

 その足で階段を登り終えると、その先には、またしても扉があった。入ってきた扉と同じような見た目だ。その向こうから、風の吹き荒れる音が漏れ聞こえてくる度に、扉はガタガタと音を立てて震えた。


 ハジメはノブに手を掛けて、戸を押してみたが、ピクリともしない。『押して駄目なら』という事で、引いてみたが同じ結果だった。


 彼は振り返ってイオに目を遣った。


「風が強いみたいですねぇ。風音がやんだ時に押してみてください」


 ハジメはノブを回したまま、そこから手に伝わってくる振動が弱くなる瞬間を待った。


 その時が来た。彼は体全体を使って扉を押した。

 ドアは難なく開き、彼は勢い余って石床に突っ伏した状態で止まった。


「何をしているんですか」


 風がまた吹き出して、閉じようとするドアが倒れているハジメの頭を強打した。


「何を……」


イオは笑いを堪え切らず、吹き出したようで、続きは不気味な笑い声に変わった。


 ハジメはよろよろと立ち上がると、服を手で払うこともせず、俯いた顔を上げた。

 その目に飛び込んできたのは、広い屋上の風景などではなく、停泊している飛空艇の巨体だった。


「あれに……乗るのか?」


「はい。それより、見覚えありませんかねぇ?」


「見覚え?」


彼の言った事を何度か反芻していたが、少しもわからなかった。


「わかりませんか。まぁ、普段は岩山に成り済ましていますから、無理もないでしょう」


岩山という言葉で、彼はピンとくるものがあった。しかし、その直感に対して否定する要素の方が優勢だった。

 間違いであるのを恐れながらも、ハジメは口に出した。


「ラプラスの真理、フィレスタ基地……?」


イオは、「正解です」と言って、したり顔で微笑した。




『フィレスタ総合研究所』と書かれた、急ごしらえとわかる木製のボードを見送りながら、レイナはエレベーターに乗り込んだ。付き添い軍人の一人が操作盤を設定すると、滑らかに箱は上りだした。


 間もなくエレベーターは止まり、扉が開くと、思わず目を覆いたくなるような強い光が差してきた。

 瞼を少しだけ持ち上げて、前方の様子を伺うと、鏡のように光を反射する艶のある白色の光景だった。地下の通路に似ていたが、決定的に違うのは光源だ。ここには正面に窓があって、外で燃え続ける青い炎の放つ光が、直接床や壁を照らし、眩しくしていた。


(こんなん、あかんわ)


強過ぎる光は、彼女の足を竦ませた。だが、後ろの男が背中を押す形で、彼女を無理やり前進させた。

 広い通路の真ん中には、脚立があった。『関係者以外立ち入り禁止』と記された紙が、貼り付けられている。

 前を行く軍人は、そんな事お構いなしに、ずんずん進んでいった。


 しばらくすると、彼女の目も明るさに慣れてきて、周囲の様子がわかるようになった。

 通路沿いには、等間隔に並んだドアがあって、それぞれ分野別の研究室に通じているらしい。

 そうした内の一つの前で、男は歩みを止めた。ドアには、『関係者も立ち入り禁止』と書かれた紙切れが、中の主人の理不尽なメッセージを控えめに主張していた。


(これやったら、誰も入るなっちゅー意味やな)


けれど、所詮は紙切れ一枚。無力だった。

 軍人はノックもなしに、いきなりドアを開け放ち、一人だけ入っていくと、後ろ手に扉を閉めた。

 数分後、軍人と共に出てきたのは、白衣を身に纏った女性だった。彼女は不機嫌かつ気だるそうに言った。


「それで、誰を調べろっていうのぉ?」


レイナは背中を強く押され、女性の前に立った。

 並んでいる軍人と比べるとわかり辛いが、女性は長身でレイナより頭一つ分くらい背が高い。


「この子、誰?」


彼女は横の軍人に尋ねた。彼は、初めて口から音声を発した。


「今回の対象です」


「ふーん」


胡散臭いものを見るみたいな訝しげな目つきで、彼女はレイナを見た。ほんの数秒後、彼女の視線から力が抜けた。


「あなた、そんなに小ちっさいのに、戦闘タイプなのね。ちゃんと戦えてるの?」


「余計なお世話や!」


「まーいいわ。中へ来なさい。それから、軍のお二人さん、ご苦労様ぁ」


そう言うと女性は、レイナの腕をガシッと掴んで、研究室内へ引き摺り込んだ。


 中は思ったよりも狭く、何より乱雑だった。床に紙くず等落ちている訳ではないが、デスクや棚の上には、容赦なく物が積まれていた。


 この部屋の主は、折り畳みの椅子を設置して、レイナを座らせると、自分はその向かい側にデスクチェアに腰掛けた。


「じゃあ、まずは口頭での質問からね。さっきのヒトが言ってたけど、自分の型番と存在理由がわからないって本当?」


「せや、ほんまや。やけど、型番はE-0001らしいで。なんか、あたしの事知っとるとかいう奴が言うとったわ」


「それなら、そのヒトに訊いたらよかったじゃない?」


レイナは下を向いて、他人に聞こえないくらい小さく呟いた。


「もう、そいつはおらんねん」


しかし、女性はしっかりと耳にしたらしい。「そうなのぉ?」と、応じた。


「じゃあ、出身は? それくらいわかるでしょ?」


「グランディスタや」


女性は驚きを隠さず、その後で訳知り顔をしつつ、はっきりと言った。


「なるほどぉ。それでここに寄越されたのね?」


「何がなるほどやの?」


女性はニヤニヤして、明け透けに語った。


「今、フィレスタはグランディスタと戦争中でしょ? だから、グランディスタの内情や、兵装なんか、少しでもいいから知りたいのよ」


レイナは勢いよく立ち上がり、突発的な怒りに任せて叫んだ。


「あのマスター、腹黒い奴やなー! ハジメの頼みを聞く振りをしてぇ……!」


「どこのマスターも腹黒いわよ。そうじゃないと、マスターなんてやっていけないって」


レイナの脳裏には、ある心配事が浮かんだ。急に頭の冷えた彼女は、それを誰かに言わずにいられなかった。


「なぁ、訊いてもええか? あたしの……知り合いがウィンディアに行って、交渉してくるんやけど」


「交渉? 何を」


「アクエリールとグランディスタに対抗する為や」


「ああ、その事ねぇ。でも、なんでその知り合いが行かなくちゃいけないの?」


人間だからだと、思わず口を突いて出そうになったが、すれすれのところでレイナは踏み留まった。


「どうしたの? 訊きたい事があるんでしょ?」


レイナは迷った。もし、ハジメの正体をバラした事で、彼に迷惑が掛かってしまったら。それだけは避けなければいけない。だけど。


「ほらほらぁ、言っちゃえー」


彼女ならば、レイナの疑問に答えられるかもしれない。

 ハジメは、行って帰ってくるだけ。そう思っていたが、そんなに単純な話ではないかもしれない。腹黒いフィレスタ・マスターが、何か隠し事をしていてもおかしくはない。


 長い葛藤の末、彼女は選び取った。


「実は、知り合い言うんは……人間なんや」


周囲の時が止まったみたいに、女性はピタリと動きを止めた。やがて、緊張の糸がプツリと切れたように、彼女は高らかに笑いだした。

読んでくださってありがとうございます!

またのお越しをお待ちしております。

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