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ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第四章 ファースト・リンケージ
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40.分かたれた道

 まるで連行される犯罪人のように、前後を黒っぽい服に身を包む無口な軍人に挟まれ、一本だけ伸びた廊下を進む。もし、これがオセロなら、ハジメは黒に返されているところだ。


 何の説明もなく、エレベーターの箱に連れられて入ると、やがて上昇し始めた。

 かなりの速度が出ているらしいのは、上から押さえ付けてくる力の強さでわかる。加速していく中、階数表示の光文字はめまぐるしく変わっていった。

 増えていくだけの数字に飽き飽きした彼は、同乗している軍服の内、扉の方を向いている方に目を移した。


(機械みたいに動かない奴だな)


そう思った時、彼は思い出した。彼等の内部には、精密な機械群が詰まっているという事を。その事を、最近はとんと意識しなかったものだから、妙に新鮮だった。普段目にしてきたレイナなど、まるで人間と変わらない。むしろ、彼の見知っている人間よりも、人間らしいとさえ思う。


 しかし、ハジメはもう本当の人間がどういうものであったのか、具体的な部分を思い出す事が出来なくなっていた。


『なるようにしかならない』


そう言い聞かせて、過去にあまり頓着してこなかったが、ここへ来て初めて思い出せない事にイライラした。


 徐々に体が軽くなる感覚の後、エレベーターは止まった。どうやら、最上階のようだ。

 扉が開くと、そこはもういきなり部屋となっていた。


 やはりそこでも、軍人二人はハジメの前後に付いて、彼の自由な歩行を制限した。

 フィレスタ・マスターがいた粗末な部屋と異なり、そこは豪華な応接室かのようだった。

赤地に様々な色で幾何学模様が織り込まれた絨毯に、黒いソファがいくつも居並んでいて、一番奥にはサラマンダーの街で見掛けたような煉瓦造りの暖炉さえあった。

 ハジメがある種壮観な思いで眺め、立ち尽くしていると、どこからか声がした。


「しばらくここでお待ちください。今回の件の担当責任者が参ります」


声の主を探して、頭を左右に振った。エレベーターの箱へ入っていく二人以外、誰もいない。無口だと決めつけていたが、どうやらその二人のどちらかが、見た目の尊大さからすると、些か丁寧過ぎる先の言を吐いたのだろう。そう考えるに至った時、エレベーターの扉は既に閉ざされていた。


 一人、だだっ広いその部屋に残され、彼は所在なさげに歩き回った後、酷く心細い感情を胸に、適当なソファに腰を下ろす。思ったより、ソファの質感は固く、しっくりこない。


 改めて部屋を見回すと、部屋の右奥に木のドアがあった。立ち上がり、ハジメはドアの前に向かった。扉を前に彼は、遅かれ早かれ自分がこのノブに手を付ける事があるに違いないと、直感でそう思った。

 敢えて、今は触れないでおこうと、振り返った時、暖炉の薪が音を立てて爆ぜると、同時に背後でガタガタと戸が揺れた。驚き、思わずその場で数センチ跳び上がった。

 彼は扉から離れ、誰か出てくるのではないかと身構えた。


 数分くらいそのまま何も起こらなかった。


(考えてみれば、風で揺れたみたいだった)


彼は気を緩めて、手近なソファに座った。


(風で揺れたのなら、この向こうは外なのか?)


 暖炉の中で踊る炎の熱気に当たっていると、徐々に頭が麻痺してきた。


(こんな所で寝てはだめだ)


そう自分に強く訴えたが、彼は意識を保つことが出来ず、少しだけ自我を手放してしまった。


 彼自身、一瞬のように感じられたが、次に目が覚めた時には、目の前に人が立っていた。


「大した神経をしていますねぇ」


(あれ?)


彼は何度も目を擦った後、目をしっかり開いて男の顔を見た。


「なんであんたがいるんだ! イオ!」


まだ夢の中にいるんじゃないかと一度疑った後、彼はふらふらと立ち上がった。


「なんで、も何も、私が担当責任者ですよ」


彼は不気味な声で、「ふふふふふ」と笑った。

 ハジメは目が眩んでよろけた。


「ここへ連れて来て、今度はウィンディアか……。イオ。あんた、アッシーとして扱われてるのか?」


「失敬な人ですね。アッシーなどとは以ての外ですよ。何しろ、今回の移動は自動車ではありません。飛空艇ですよ?」


「じゃあ、担当責任者という事は、飛空艇の……?」


「はい、艦長を仰せつかっております。ついでに、大佐の肩書きを拝命果致しました」


呆気にとられたハジメは、戦時中故、フィレスタ軍が人材不足なのだと考える事で、自分を納得させた。


「じゃあ、とっとと行こうぜ」


「しばしお待ちください。まだ、飛空艇が到着しておりません」


何とも、先が思いやられる出だしだった。




 下へ下へと落ちていく。


「研究施設はここ、総督府の地下から行ける」


フィレスタ・マスターはそう言った。

 もう時期エレベーターの扉が閉じて四、五分程経つ。だが、それが正確なのか、間違いなのか、レイナにとってどちらでも良かった。それくらいに、彼女の気はそぞろだった。

 だから、目的の階に到着して、軍人二人に両サイドから促されながら歩いている、そんな事さえほとんど無意識の行為だった。


 心を占めるのは、ただ、自分が選択したこの状況の正否について。ハジメを一人ウィンディアへ行かせて良かったのだろうか。彼の言う通り、これは千載一遇のチャンスである事に変わりはない。

 だから彼女は、(行って帰ってくるだけ)と、自分を諭し続けた。

 そうする事で、彼女の望みは成就する。


(やけど)


絶対的な疑問が残っている。

 何故、人間であるハジメがウィンディアへ行く事で、一度は決裂した交渉が纏まるというのか。レイナは、暗闇に閉ざされた空間で、明かりもなしに手探りで歩き回るのに似た、堪らない不安感を抱いていた。


(何か理由があるんや)


 彼女は藁にでもすがるような思いで、何も喋らない二人の付き添いに尋ねた。


「なぁ、あんたら。なんでハジメがウィンディアに行ったら、交渉が上手く行くん?」


二人の軍人は、無言で顔を見合わせて、ほぼ同時に頷いた。

 レイナは何か話してくれるのかと、内心ドキドキしながら待った。しかし、二人とも何も言わずに歩き続けて早一分。どうやら、話すべきではないと、無言で通じ合っただけらしい。

 彼女は憮然とした。


 細長い真っ直ぐの道が、ずっと遠くまで続いている。壁も天井も床も全部同じ雪のような白で、上下左右の感覚が欺かれているようだ。ひょっとしたら、三人とも壁を歩いているかもしれない。

 そんな錯覚を打ち砕く、確かな目印があった。案内板だ。それは間違いなく、彼女の真横に設置されていた。その面が、壁であることの証明だ。


 案内板には、このまま真っ直ぐ行った先に、研究所がある事を示していた。


 レイナは複雑な思いを抱いたまま、ほんの僅か、早足で進み始めた。


(こうするんは、ハジメの選択でもあるんや)


無理やり捻り出したその言葉は、唯一の答えであるかのように彼女自身を欺いた。

読んでくださってありがとうございます!

またのお越しをお待ちしております。

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