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ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第四章 ファースト・リンケージ
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36.炎壁の城塞都市

 道が下り坂に入ると、(たが)が外れたみたいに、自動車の速度はぐんぐん上がっていく。それは、シートに押し付けられる感覚でわかった。


 雪を被った木々の合間から薄赤い夕景が覗くと、ハジメは自分が今どこで何をしているのか、束の間忘れてしまって、隣で血走った目をして前方を見詰め続けるレイナに対し、引け目を感じた。

 彼女はもう、戦う事を恐れていない。それどころか、自らの意思で戦うと決めている。あれ程、己の力を忌み嫌っていたレイナが。

 ハジメは、何か大切なものを失ったみたいで、何かに縋るように、思わず腰に下げた剣の柄を握り、祈る気持ちで瞼を閉じた。切っ先を欠いた不十分な剣。そんなものにまで支えを求めてしまう、自分の弱い心が嫌になった彼は、悪夢から覚めるように勢いよく目を開いた。


「もうすぐです。第二ポリスが見えてきますよ」


イオがそう言うので、外に目を向けた。

 降りかけている夜の帳をも跳ね除ける強い光が、雪原の中にあった。その光源が都市であると、彼に気付かせるには、少々の時間を要した。こんな所では、夜さえも昼に変わりそうだと、彼は思った。

 内燃機関の騒がしい音がする車中で、声を出す者は一人もいない。

 誰に頼まれた訳ではないが、イオは第二ポリスの説明を始めた。


「現在複数あるポリスの中で、最も盤石で敵を迎え撃つのに適している都市こそ、この第二ポリスとなります」


目が明るさに慣れてくると、眩さの正体が、都市を囲うように立ち上る青い炎であるとわかる。


「あの都市を守るのは、ご覧の通り、煉獄の炎によって築かれた、高い壁です。どのような攻撃も、あの炎が消えない限りは、中枢に達する前に焼き尽くしてしまう仕組みになってます。故に、『炎壁の城塞都市』という異名を取っています」


どこか誇らしげにそう語るイオだったが、尚も口を開かない後部座席の二人に不満であるらしく、わざとらしく何度も咳をして、押し黙ってしまった。


 やがて、道の傾斜も緩やかになり、彼らを乗せた自動車は平地へと入った。雪面に反射した光は、近づくに連れてさらに眩しさを増していく。

 レイナは、イオの影に隠れるようにして、突き刺さってくる強烈な光を凌いでいた。ハジメは、はたと気づいた。


(イオの奴、前、ちゃんと見えてるのか?)


心配になって、彼はイオに声を掛けた。


「イオ」


「何ですか?」


彼は振り向いた。


「危ないだろ、前を向け!」


彼は渋々といった風に、前を向いた。


「それで、私の説明を散々無視したあなたが、今更どんな要件で呼んだのです?」


(根に持ってたのか……面倒くさい奴)


ハジメは、イオの嫌味を相手にしないで、当初の疑問を投げ掛けた。


「この眩しさの中、前は見えてるのか?」


「私のメガネは、UVカット仕様ですよ?」


「いや、UVはもともと見えないから、答えになってないだろ」


イオは少しの間を空けて、「冗談です」と言い、続けた。


「目を細めれば意外と何とかなるものですよ」


彼は、不気味な笑い声で、無理やり会話を締めた。




 ミレイは気を強く持ち、黒服の男と真正面から対峙した。

 彼は何も言わず、威圧的に彼女を見下ろしている。


(こんな事って……。まさか、支部長が?)


疑いたくはなかった。長年仕えてきた上司が、IOFと通じていた。想像は、彼女の中で勝手に膨らんでいく。


「私をどうするつもり?」


眼前の大男は、口を僅かに動かし、小さく笑った。


「あなた様は、勘違いをされているようです」


疑心暗鬼に陥った彼女には、男の言葉や一挙手一投足に至るまでが慇懃無礼に思われて、不快だった。

 しかし、彼は何か語ってくれるようなので、喉元まで上がってきていた文句を飲み込んで、相手の顔を凝視しつつ待った。


「わたくしは、あなた様をどうこうしようというのではありません。ただ、ここにお連れして、とある方と引き合わせる。それだけでございます」


「それが本当だったとして……誰に会わせようっていうの?」


彼は短く息を吐くと、飽くまでも間接的に答えた。


「どうぞ、こちらへ」


どうやら、着いて行くしか他にないらしい。そう判断した彼女は、躊躇しながらも、足を前に動かし始めた。

 その様子を見て、黒服は満足げに頷いて、先を歩き出した。


 結局、彼は廊下の突き当たりまで進んで、足を止めた。彼女が通されたのは、一番奥という事になる。


「この部屋は?」


「こちらの部屋にお入りください。長官がお待ちですよ」


ミレイは唖然として、扉の上のプレートに目を遣った。間違いなく、その部屋はIOF長官の執務室。


「ちょっと……これは。え? どういう事?」


黒服は、彼女の背を押して、ドアの前に立たせた。どうやら、その部屋に入るしかないらしい。

 彼女は素早く深呼吸をして、ドアノブに手を掛けた。

 ドアはとても軽い力で奥へと動いていき、ちょうど吸い込まれるような形で開いた。


 青い無地の絨毯が敷かれた部屋に、彼女は足を一歩踏み入れた。絨毯の毛足が長いのか、それとも心理的要因なのか、足元はふわふわとして頼りない。

 もう一歩進むと、ここぞとばかりに後ろでドアが閉められた。

 足元から徐々に視線を上げていく。大きな木の机が部屋の中央に鎮座しており、その向こうに誰かが座っている。顔が見えないのは、そのさらに向こうの窓から差し込む眩しい光で、陰になっているからだ。


(このヒトが、IOF長官なんだ)


ミレイは生唾をゴクリと飲み込むと、一歩、また一歩と近付いていった。

 徐々に、長官の顔が見えるようになってきた。


「遠いところ、わざわざ来てもらって悪いねー」


長官は、そう言って立ち上がった。

 差し出すその手を、彼女は反射的に握ろうと前へ出た。自ずと、彼の顔がはっきりと目に入った。


「あれ? なんで?」


ミレイが見た長官の相貌は、とてもよく見慣れた顔だった。

 彼女は、驚愕の為開いた口をそのままに、彼と握手を交わした。

 だめ押しの言葉が溢れる。


「どうして、支部長がここに」


IOF長官である筈の彼は、ニヤリとして、言った。


「ざんねーん。僕は彼とは別人だよー」


そうは言われても、口調まで同じなのだから、説得力がまるでない。


「冗談はよしてください、支部長!」


ミレイは、いつもの調子に戻って、ピシャリと言った。


「えー、ちょっと待ってー? まだ信じられないのー?」


「信じろっていう方が難しいですよ」


「まー、仕方ないかー。実際、彼と僕は二人で一人みたいなものだからね」


彼は笑顔を収め、キュッと引き締まった顔になった。


「二人で、一人?」


「そう。彼と僕は、同じ設計図を元に製造されているんだよ」


ミレイはもう、逐一驚いてばかりいる自分に辟易しながらも、やはりそうせずにはいられずに呆然とした。

読んでくださってありがとうございます!

またのお越しをお待ちしております。

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