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ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第四章 ファースト・リンケージ
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29.影差して

 空がまだ微かに明るいうちに、三人は手分けして村の中を見て回った。村の被害状況を確認するという意味よりも、住人を探す為というのが圧倒的に大きい。

 けれども、結局ヒト一人見つける事も叶わなかった。


 燃えてしまった家々の内部を調べるには、もう暗すぎた。みんな、逃げ出していて、村にいないというのなら、まだ気が楽だった。


 口数少なに合流した三人は、その晩を越す準備を始めた。

 ミレイにもらったテントは、スイッチ一つで展開する仕組みになっていた。ラグビー・ボール程度の大きさだったそれは、かまくらのような形状に早変わりした。中央部の高さは、ハジメが直立しても、頭二つ分届かないくらいで、ざっと二メートル弱。広さは、二、三人が横になれるくらいだ。


「良いものをお持ちですねぇ」


イオはそう言って、感心した様子だった。

 このテントの入手経路や仕組み等、様々な事を訊かれるのではないかと、ハジメは警戒を強めたが、思いの外あっさりとイオは口を閉ざした。


 テントの出入り口はジッパーで閉じられていた。レイナが小さな取っ手をスライドさせ、中に入っていく。ハジメもそれに続いた。

 内部には、備え付けの寝袋が二つあるだけで、すっきりとした間取りだ。風が全く入ってこないので、寒さは感じなかった。


 イオは顔だけをテントの中に入れて、中を見回した。


「なるほど。どうやら二人用らしい」


「もう一人分くらいなら、寝るスペースはあるぞ」


ハジメは、そう言って脇に寄って見せた。


「私なら大丈夫ですよ。車中泊には慣れていますからねぇ。それに……」


彼の視線は、レイナを捉えた。

 彼女はビクッと身を震わせると、壁際に寄って何度も首を横に振った。


「おいおい、幾ら何でも露骨過ぎるんじゃないかー?」


呆れ顔で、ハジメが彼女に諭そうとしたところ、イオはいつものように不気味な声で笑った。


「本当にいいのですよ」


「だけど、車の中は寒いだろう」


イオは目を伏せて首を振った。


「ここをどこだと思っているのですか? 年中雪国のフィレスタですよ。暖を取る方法ならいくらでもありますからねぇ」


そう言い残すと、彼は顔を引っ込めて行ってしまった。

 イオの足音が遠ざかっていくのを待って、ハジメはレイナに言った。


「そろそろ慣れろよな」


何にと明言せずとも、彼女には十分伝わっていた。


「そない言うたって、きしょいんやからしゃーないやろ」


「まぁ、確かに向こうもお前の反応、楽しんでるような部分もあるみたいだけど」


「そういうとこが余計にきしょいんや」


レイナは両手を胸の前で組んで、身震いした。

 重症だなと思いつつ、彼はさらに説得を試みた。


「けどな、人間関係を円滑に保つ為にもだな……」


「何の話ですか?」


ヌッとイオの顔が、戸口に現れた。


「ぎゃー!」


レイナが声を上げて後退り、寝袋に足をもつれさせて後ろ向きに転倒する。

 ハジメもあまりの唐突さに、言葉を失って身を固めた。


「お食事をお渡ししてませんでしたので、こうして参じたのですが、どうやら間が悪かった様子ですねぇ」


イオは、何やらかを掴んだ片手を内側に突っ込んできた。

 ハジメは無言のまま、食事だというチューブ入りのゼリーを受け取った。


「では、御機嫌よう」


イオはそう言って、今度こそ去っていった。

 レイナは上体を起こして、頭を抱えると、うわごとのように呟いた。


「無理や。生理的に、無理や」




 宵の口にちらつき始めた雪は、夜半頃吹雪き出した。

 強い風が、轟々とテントの薄い壁を叩く。

 ハジメは朝方に目を覚まし、身じろぎ一つしないで、真上を見詰めていた。天井が見えていた訳ではなく、思惟を巡らせるのに、薄闇にぼやけた景色が丁度良かったのだ。


 この村で、一体に何があったというのか。そして、いなくなったヒトビトの行方は。


 煉獄の炎が関わっているという事で、真っ先に浮かんだのは、サラマンダーの街で見掛けたシローの姿だ。

 ハジメは、彼の相貌をはっきりと見てはいないが、聞くところではサクヤと同じ顔をしていたらしい。

 サクヤの臨終の言葉からすると、シローという男はレイナを破壊する事だけを目的として造られたらしい。

 サクヤがそうだったように、それ以外の事には関心を持たない、残忍な奴だとするならば、このスルトの村を、無闇に焼き尽くしたとしても不思議はないのかもしれない。


(もしもあいつが関わっているとすれば、まだ近くにいるかもしれない)


 テントの布壁を通して、外が明るくなっていく様を見守りながら、彼は目を閉じた。


(何れにしても、もっと明るくなればわかる)


彼は寝返りを打って、壁の方を向いた。


「ハジメ、もう起きとんのか?」


一瞬、寝言かと本気で思ったハジメだったが、レイナの声は明瞭で、澄み切っていた。

 彼は再度寝返りを打ち、レイナの方に向き直った。


「ああ、起きてるぞ」


 レイナは何も言わない。あんまり長い沈黙だったので、実はやっぱり寝言だったのではないかと思い直し掛けたくらいだ。

 しかし、少しずつ明るさを増していく中で、しっかりと開かれた大きなグレーの瞳は、水晶のような透明さで輝きを放っていた。


 きっかけとなりそうな何かはなかったが、レイナは口を開いた。


「やっぱ、シロー……なんかな」


短い一言だったが、その声が震えているのは、はっきりとわかった。

 何かを言わなければ。そんな思いがハジメを焦らせる。だけど、何も言うことも出来ないまま、彼女はさらに続けた。


「もし、シローやったら、あたしはあいつを許されへん」


こんな時に限って何も言葉を紡ぎ出せない脳髄を、ハジメは強く呪った。


「ほんまは怖いんやけど、戦わなあかんようなら、あたしは……」


「もういい。少し休めよ」


彼は後悔した。多分、何を言っても後悔していただろう。だが、その中にあって尚、最も後悔する言葉は、これに違いない。


 彼女は何も言わないが、沈黙の中に少し距離が遠ざかっていくような、そんな気を感じていた。

 やがて、レイナはポツリと零すように答えた。


「せやな。そうするわ」


彼女は寝返りを打って、ハジメに背を向けた。その背なを少しの間見ていた彼も、その内に寝返りを打って壁の方を向いた。


 背中合わせの二人の間に、次第に明けていく朝の光が影を落としていった。

 風は依然として強く吹きつけてくるものの、雪はやんだようだ。


 朝になって二人が自然と起き出してくるまで、その空間に、双方の寝息の音が響く事は遂になかった。

読んでくださってありがとうございます!

またのお越しをお待ちしております。

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