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ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第四章 ファースト・リンケージ
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28.途中の村で

 天文台のある山道を下りて、第一ポリスへの道を少し歩くと、脇に一台の自動車が停められていた。

 ハジメの記憶の中にある自動車像と完全に一致するような乗り物だ。もっと詳しく言うなら、ワゴン車だ。

 彼はふと思った。


(記憶はほとんど残っていないのに、こういうものは覚えてるんだな。何が違うんだろう)


「第二ポリスはここから離れていますので、これに乗って行きますよ」


イオの声に、ハジメは引き戻された。

 そういえば、ここへ至るまでの間に、少佐の名前を勝手に考えていた。それがイオだ。


「何やの? この鉄の箱は」


「動くんだよ、これが」


初見らしいレイナに、ハジメはそう教えた。


「何かが引っ張るんか、これを?」


ハジメは思わず吹き出した。


「何、笑ろてんねん」


「笑わせたのはそっちだろ」


イオが咳払いをして注意を集める。


「そろそろいいですかねぇ」


「あ、ああ」


ハジメはのろのろとした足取りで、後部座席に乗り込んだ。


 レイナは何も言わずに助手席へ腰を下ろしたが、イオが運転席に乗るや否や、いそいそと車から下りて後ろに乗り直した。


「ふふふふふ、嫌われてますね……」


少しも残念そうにせず、むしろ面白そうに、イオは笑った。


「そういうところだろうな、嫌われるのは」


ハジメが言うと、イオは不敵な笑みを浮かべた顔で彼を一瞥すると、無言で前を向いた。


 イグニッションの音を聞き、ハジメは窓から外を見渡した。真っ直ぐに見える地平線付近は、靄で霞んでよく見えないが、さらにその向こうには、昨夜消滅した第一ポリスがある筈だ。そう思うと、彼の胸の中には淋しく渇いた風が吹いて、虚しさで一杯になった。


 そんな彼の横では、レイナが石像みたいに身を硬くしていた。多分、今までに聞いた事のないエンジンの音に驚いているのだろう。


 走り出した自動車。


「ぅあっ!」


レイナは、小さく悲鳴のような声を上げたが、それも最初だけの反応だった。

 彼女は自動車という乗り物に慣れて、少し理解したらしい。ガチガチになっていた体はリラックスして、初めて後ろの背もたれに付けてくつろぎ出した。


「何やろ、変な臭いせえへん?」


そして、彼女は早くもクレームを出し始めた。

 ハジメは半ば呆れながら、車内の臭いを嗅いだ。無臭ではないが、特別おかしな臭いはしなかった。

 彼女は、燃料の匂いを敏感に感じ取っているのかもしれない。


「この車、どういう仕組みで動いてるんだ?」


「フィレスタ独自の内燃機関ですよ?」


「煉獄の炎?」


イオは後ろを向いて、手を横に振った。


「とんでもないですよ。このサイズの自動車に、煉獄の炎着火装置は載りませんからねぇ」


「いいから前を向け! ハンドルから手を離すな!」


イオは言われた通りにした。


 話からすると、ラプラスの真理、フィレスタ支部で開発されたプロトタイプの存在を、彼は知らないらしい。

 ふと、横のレイナに目を向けた。彼女は、自分で発した疑問の答えを聞く前に、もう眠っていた。


(こいつ、マイペース過ぎる)


 車の周囲には、いつの間にか霧だか靄だかが発生していて、景色を楽しむどころではなくなっていた。そうなると、もう早く寝てしまった者の勝ちなのかもしれない。

 ハジメは、眠るつもりはなかったが、シートに深く座り直し、目を閉じた。




 誰かが激しく体を揺すってくる。

 そんな気がして、ハジメは目を開けた。

 窓の外に広がる景色は、さっきとまるで変わっていた。地面は一面真っ白で、木立の枝には綿毛のように雪が積もっている。道に沿って流れる小川の水は、凍り付く事なく澄み切っていてとても冷たそうに見えた。


 さて、体を揺すっていたのは誰かと横を見ると、レイナは目を閉じてまだ眠っている様子だ。


(おかしいな)


そう思ったところで、車が激しく上下に揺れ始めた。

 彼はすぐに理解した。揺すられていた訳ではなく、車体が揺れていたのだと。


 眠っていた事を、彼は認めざるを得なかった。その上で、彼はイオに尋ねた。


「ここはどの辺なんだ?」


イオは首を傾げて、答えた。


「グランディスタ出身のあなたに、フィレスタの地名を出したところで、理解していただけるとは思えませんが……。どう言えばいいでしょうねぇ」


遠回しに嫌味を言われているような気がしたが、いちいち正論の為、何も言い返せなかった。


「第二ポリスまでの道程からすると、まだ半分くらいですよ」


「今日中に、第二ポリスまで着けるのか?」


「無理でしょう。山越えの直前に小さな村がありますので、そこで一泊する予定です」


ハジメは無言で承諾した。

 無意識のうちに、彼はレイナを見た。寝息を立ててはいるが、それ以外は一切動かない。

 車体は、ほぼ五秒間隔で、大きく揺れている。


(こんな揺れで、どうして起きないんだ? スイッチでも切れてるんじゃないか?)


そんな馬鹿げた事が脳裏を過る。


 すると、パチっと音がしたみたいな勢いで、彼女は目を開けた。

 ハジメは反射的に顔を背けて、ずっと窓の外を眺めていたように装った。

 その横で彼女は、ムクリと上半身を起こした。


「ここはどこなんや?」


前で、イオが溜息を吐いている。

 代わりに、ハジメが答えた。


「まだ半分くらいらしいぞ」


「そ……か」


パタンと、彼女はまた横になって、寝息を立て始めた。




「見えてきましたねぇ」


 その頃、ハジメは身を起こした状態で、車窓からの景色を眺めつつも、ほとんど心を失った状態でいた。その為、イオの言葉は騒音の一部として処理され、結果、彼の注意を引くことは出来なかった。


 聞いていようがいまいが関係なく、彼はさらに言葉を続けた。


「スルトという、人口数十人程度の小さな村ですよ。ん? 何か様子が変ですねぇ」


「変?」


ハジメは、ようやく心を取り戻した。


 フロント・ガラスの向こうには、確かに人里と思しき家々が密集していた。太陽は既に山の後ろに隠れ、村に暗い陰を落としていて、詳細を見通すのは難しかったが、それでも一つだけはっきりとわかる事があった。


「煙? それも、村のあっちこっちから昇っている」


 イオは勢い良くアクセルを踏んだらしい。車体は急加速し、ハジメは後ろのシートへ引き戻された。


 レイナは彼がシートに激突するその衝撃で、目を覚ました。


「着いたん? ポリス……」


「おい、寝惚けてる場合じゃない」


ハジメは、黙って前方を指差した。

 近づいていく度に、村の状態が少しずつはっきりしていく。煙は真っ黒になった建物から昇っている。それも、煙突や排気口等ではなく、至る所からだ。


「火事や!」


しかし、炎の揺らめきは見当たらない。


 イオの運転する車は、村の中に突入し、急ブレーキを掛けた。積もった雪でタイヤがスリップし、ほとんど真後ろを向いて止まったが、三人とも気に留める事はなく、最速で下車した。


 漂う空気は、時にむせ返る程焦げ臭い。人々の姿もなく、まるでゴーストタウンのようだ。

 自然と、ハジメはゴレムの街を思い返していた。時間を掛けて荒廃していった街と、たった今終焉を迎えたような村。過程は違えど、同じ雰囲気がそこにはあった。


「一体何が……」


ハジメはイオに答えを求めるみたいに、彼の目を見ながら口に出した。

 彼は言葉を失って、呆然としている。


「ん? あれ、何や……?」


突然、レイナは村の中央を貫く通りを、直進し始めた。

 ハジメはその後を追い、遅れてイオが動き出した。


 レイナは、瓦礫を指差して、表情を一変させた。彼女は驚愕していた。

 彼女の指の向こうには、燻った炎がまだ残っていた。その色は、青い。

 ハジメはレイナと同じく、言葉を失くした。


 最後にその炎を見たイオは、驚きを冷静さで取り繕いながら、言った。


「煉獄の炎……ですねぇ」

読んでくださってありがとうございます!

またのお越しをお待ちしております。

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