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ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第四章 ファースト・リンケージ
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26.真の意図

 再び目が暗い場所に慣れた時、黒い雲は本当に消え去っていた。そうわかるのは、空が一面星空に変わった為だ。


 あの光が一体何であったのか、考えるよりも先に気が付いた事があった。ちょうど地上で輝く星々のようだったポリスの夜景が、いくら目を凝らしても見えなくなっていたのだ。


 ハジメは、ただならぬ予感に背筋を冷たくしながら、横で外の闇を見続けている男に、独り言を口にするみたいに尋ねた。


「ポリスの明かりが見えない」


少佐は一旦、ハジメに目線をくれたが、またすぐにまっすぐ外の方へ顔を向けた。

 なんだか、いつものように気味悪く笑うのではないかという気がしたが、それは間違いだった。

 彼は、注意深く見ていないとわからないくらい僅かに目を伏せ、「そうですねぇ」と言ったきり、口籠ってしまった。


 ハジメの背筋はいよいよ冷たく凍りついて、胸騒ぎが収まらない。表情も上手く作れず、結果、中途半端に顔を歪ませる形となった。

 そのまま彼は、惑うようにレイナへと顔を向けた。彼女も、機能停止したようにピクリとも動こうとしないで、窓の外に広がる暗がりを注視し続けていた。


 振り返って少佐に目を戻したハジメは、素人が初めて見た台本を朗読するように、少しも感情の込められていない口調で、訊いた。


「それも、守秘義務なのか」


観念したように、少佐は答えた。


「いいえ。朝になればわかることですからねぇ」


「じゃあ、どこへ消えたんだ!」


その発言に、彼自身驚いた。心の奥底で、ずっと否定しては表に出ないようにしていた、一種の答えに近い考えが、思わず口を突いて出てきたからだ。


 少佐は、冷静な瞳で彼を見据えると、息を吐きながら控えめな声で言った。


「そうです。あのポリスは消えました」


「消え……た?」


全身に力が入らず、彼は立っているのがやっとだった。両腕は、そよ風に揺れる洗濯物のようにゆらゆら揺れた。


「嘘つけぇ!」


素早い足音と共に放たれたレイナの感情的な声にも、彼の心は動こうとしなかった。


「消えたんやないやろ。あれは、どう見ても消したんやないか」


いつもの棒読み口調に戻った彼女だったが、その手は、男の胸ぐらを掴んでいた。


「放してください」


「あたしはこの目で見たんや。空から光が降ってきたかと思たら、みんな溶けるみたいに消えよったんや!」


ハジメは彼女のその言葉に、目を覚まされた。考えたくはなかったが、やはりそうだったのだと。


「放してください」


繰り返し、少佐はレイナに手を放すよう言った。けれど、彼女は怒りを剥き出しにして、少佐を睨み続けるだけだ。


「仕方ないですねぇ」


彼は目を閉じ、溜息を吐いた。そして、一拍ほど置いて、レイナの悲鳴と一緒に電流の青白い光が瞬いた。


「すみませんねぇ。ですが、さすがに良い目をお持ちのようです」


レイナは尻餅をついて尚、鋭く研ぎ澄ませた目で少佐を見上げている。


 少佐は彼女を一瞥した後、重い足取り歩き出した。どこかへ行こうとしている歩みではないようだ。


「先程の白い光は、『星の光』と名付けられています。煉獄の炎を発展させた、フィレスタの新たな技術でしてねぇ。遥か上空に浮かべたジェネレータから生み出される高純度エネルギーを蓄積し、地上へ向けて一気に放出するという、まぁ、単純な仕組みです。ただ、扱うエネルギーがあまりにも強大でして、今の所、制御するのが困難なのですよ」


「それこそ守秘義務なんじゃないか?」


ハジメは、苛立ちから茶々を入れた。


 レイナは既に立ち上がっていて、ハジメの半歩後ろで、目を伏せている。


「確かに守秘義務ですねぇ」


彼は息を殺しながら、クックと笑った。


「しかし、これくらいの情報は、餞別だと思って頂いても構いませんよ」


「餞別だと? そんなもの、もらう義理もないんだけどな」


少佐は不気味に笑ったが、とっくに慣れていたハジメには、もう何の意味も持たない、単なる彼の悪癖の一つだった。


「もう、ズバリ言いましょうか。私は、あなた方と取引をしたいのです。その為に、お二人をここへお招きしたのですよ」


ここでやっと、まだわかっていなかった謎の答えが、少佐の口から語られた。


「そんなもん、乗れる訳ないやろ!」


レイナがハジメを盾のように扱いつつ、抗議する。


「俺も同感だ」


ハジメも同意した。


「まぁまぁ。せめて取引内容を聞いてからでもいいではないですか」


「じゃあ、聞こうじゃないか。取引内容は何だ?」


「知りません」


ハジメの後ろで、肩を落としながら溜息を吐いたレイナ。彼もまた、そうしたかったのだが、これ以上相手の好きにさせてなるものかと、辛うじて踏み止まった。


 少佐は、呆れ返る二人の姿を見て満足げにウンウンと頷くと、話を続けた。


「まぁ、私は優秀な交渉人ではないのでねぇ、取引の内容は一切聞かされておりません。私が与えられた任務は、お二人を交渉人のおられる場所までご案内することですよ。ですから、会って頂けますか?」


「……俺達に、選択肢があるのか?」


「ふふふふふ」


(脅迫じゃないか)


ハジメは、胸の内で呟いた。


「では、今日のところはこの天文台で、お休みくださいねぇ」


「待て」


ハジメは、当に踵を返そうとした少佐を呼び止め、尋ねた。


「交渉人はどこにいるんだ? それくらい、聞かせて欲しい」


「第二ポリスですよ」


その答えに引っかかった彼は、一瞬混乱し、それが驚きなのだと遅れて自答した。やがて、引っかかったものが、一気に口から出て行った。


「第二ポリス? そんなものがあるのか? じゃあ、今消えたのは、第一なのか?」


「そうですねぇ、……第二ポリスについてですか。フィレスタには、いくつかポリスがありますよ。今し方消滅したのは、仰る通り第一ポリスです。アクエリールの宣戦布告直後、第二ポリスへの遷都が指示されました。まだ、全てが完了した訳ではありませんが、『星の光』による人的被害はほとんどないと思ってもらっても構いません。ですから、いわば、第一は囮のようなものですねぇ」


「そう……なんか?」


レイナは若干震える声で、言った。


「そうですよ」


少佐は答えた後、ニヤリと笑った。

 レイナは、素早くハジメの陰に隠れた。最早、少佐は彼女の反応で遊んでいるようだ。

 ハジメもほっと胸をなで下ろし、顔に微笑を浮かべた。


「では、これでいいですか? 好きなところで休んでくださいねぇ」


「待て」


ハジメはもう一つ気に掛かる事を尋ねるつもりで、引き止めた。


「今度はなんですか?」


「この天文台、見た限りだと、どこもかしこも埃にまみれているんだけど」


「確かに。しばらく利用されていませんでしたからねぇ。……掃除用具ならありますよ」


自分でやれ、という事らしい。

 ずっと耐えていたハジメは、そこでついに肩を落とし、陥落した。

読んでくださってありがとうございます!

またのお越しをお待ちしております。

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