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ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第四章 ファースト・リンケージ
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17.隠された基地

 鬱蒼とした木々に囲まれたなだらかな坂を登っている三人。他にその道を往来するヒトはいない。


「もう少しだから……頑張って」


ミレイはそう励ましの言葉を口にしたが、もしかすると、自分に言い聞かせたものかもしれない。彼女自身、目に見えて疲労しており、少しではあるが歩調が遅れ出していた。


 反対に、疲れとは無縁のように一人でずんずん進んでいくのは、レイナ。


 ハジメの疲労はその間にあるとはいえ、どちらかといえばミレイ寄りだ。疲れはピークにきていて、呼吸が乱れている。


 こうしたそれぞれの疲労度合いは、横から見ると明白になる。先頭をいくレイナが、後続のハジメを四、五人分くらい引き離し、ミレイはハジメのすぐ後ろを着いて行っている状態だ。


 やがて彼らは、木々の間から見通せる道の向こう側に、岩山を見た。


「まさか、まだ登らされるのか」


問いとも独り言ともつかない調子で、ハジメが絶望的に言う。

 一方で、レイナは岩山の前に広がる野原を見ると、走り出した。ハジメは一旦足を止めて、丸くなった背を反らせて、一息吐いた。


 足下ばかりを見て歩いていたミレイは、ハジメの背中にぶつかってよろけてしまった。


「おお、悪い悪い」


彼女はようやく、前を向いて岩山をその目の奥に収めた。


「やっと……ここまで」


 レイナは野原に残った雪を興味深げに眺め、それから手を触れさせた。冷たいらしく、体を震わせている。


「あいつの体力は無尽蔵かよ」


呆れるようにハジメは吐き捨てた。



 そして、三人が岩山の前にやって来た。

 レイナは、ミレイの所へやって来ると、こう言った。


「行き止まりみたいやけど」


「え? そんな筈はないだろう」


ハジメがミレイより早く、応えた。


「ほんまやで」


さらにハジメが口を開こうとしたのを、ミレイが声で遮った。


「ここが行き止まりなのは、本当よ」


「せやろ?」


レイナは得意げだ。


「じゃあ、どうやって進むんだ?」


「進まなくてもいいの。もう着いたんだから。ご覧の通り、この岩山が目的地よ」


「この岩山が……基地?」


「そういう事。今は、カモフラージュ・モードでわからないと思うけど、ちょっとここで待ってて。裏の従業員用で、中から正面の扉を開いてくるわ」


そう言ったミレイは、小走りで岩山の陰に入っていった。


(そういえば、ラプラスの真理って、テロ組織なんだっけ。基地が普通の建物じゃ、いろいろまずいんだろうな)


 そんな事をハジメが考えている間に、レイナは岩山の側まで移動していた。彼女は、岩肌をじっと見つめて、ノックするように指の第二関節で軽く叩いた。


「あんまり近づくなよー。何がどうなるか、わからないからなー」


彼女は振り向いて、「わかっとるわー」と、答えた。


 すると、突然岩山が轟々と音を立てて小刻みに揺れ始めた。

 レイナはバネのように跳ねて、岩山から離れ、その後の動きを見守った。


 複雑な形を成した岩肌の一部が、定規で引いた線みたいにまっすぐ裂け、ゆっくりと剥がれて、地面に沈んでいった。縦五メートル、横はその倍くらいだろう。その向こう側には、鉛に似た鈍色の両扉が控えていて、こちらも中央から少しずつ横に開いていった。


 ミレイが裏口へと向かって、三分も経っていないだろう。


「早かったな」


そう言って、ハジメは扉の方へ歩き出した。それを、レイナが制した。


「ハジメ、ちょっと待てや」


「なんだ?」


「何かおるで」


完全に開かれた扉の向こうは、深い闇に覆われている。そこに、何かがいてもおかしくはない。


 やっと、レイナの危機感が伝わってきて、彼は腰を少し落として警戒した。


 岩山の振動は既に止まっていて、周辺はしんと静まり返っている。そこへ、音が響き始めた。工具箱の中身を、間断なく鉄の床にぶち撒け続けるような、背筋が泡立つ気味の悪い音だ。

 その音は、間違いなく扉の向こうに広がる暗がりから聞こえてきていた。


 やがて、音の正体が長方形の枠を通って、勢いよく躍り出た。

 その姿はまるで、金属で出来た蛇だった。全身を伸ばせば、十メートルを優に超える長さに、直径は六十センチメートルくらいの太さだ。


 ギチギチと音を立てつつ、長細い胴体を滑らかにくねらせながら移動している。


「うっわ、きっしょ」


それがレイナ第一印象だった。


「どうやら、歓迎されていないみたいだな」


「それは確かやな」


巨大な蛇は鎌首をもたげ、全身をブルルッと震えさせた後、耳をつん裂くような金切り声を上げて、威嚇した。ハジメは思わず顔を背け、レイナは両手で耳を塞いだ。

 辺りが再び静かになった後、ハジメは蛇型の怪物を見据えながら、レイナに呼び掛けた。


「レイナ、確かもう武器は持ってないよな」


「そういやそうやな。嫌やで、あんなきしょいの素手で触んのは」


ハジメは無言で外套の内側から、腰に携帯していた剣を抜いた。それは、剣先が失われていた。


「こんなものしかないけど、使うか?」


「なんやねん、折れとるやないか。けど、しゃーないわな」


ハジメは、その剣を高く放り投げた。放物線に沿って上っていく剣が頂点に達した時、それを目で追っていたレイナは、地上から姿を消した。


 次に現れた時、彼女は折れた剣を手にし、落下するそのままの勢いに乗せて、蛇の胴体を切りつけた。

 あっさりと二つに割れて、二体のミミズのようにのたうつ蛇の怪物。


「よし!」


ハジメは両手を握り締めると同時に勝どきを上げたが、レイナは霞を切ったように手応えを感じていなかった。その理由は、すぐにわかった。

 切った断面は、磁石のN極とS極がくっ付くように、ピタリと接着して元通りになったのだ。


「あー、それはずるいわー」


「……厄介だな、これは」


 蛇はもたげていた頭を低くし、尾部を振り回してレイナへの強烈な一撃を与えた。

 レイナは、軽々と吹き飛ばされて宙を舞ったが、猫のように空中で体制を整えて着地すると、「痛いやないか」と言ったが、大して痛たそうに聞こえないのはいつもの事。


 機械の蛇は、本物さながらの動きで二人の方へ近付いていく。


 相手と一定の距離を保ちながら、レイナはハジメに訊いた。


「全身、みじん切りにせんとあかんのか?」


その問いに、ハジメは答えない。


 レイナは少し待ってみたが、彼は何やら考えているらしい。


「ほんまにもう……。わかったわ。あたしが相手してやるわ! こっち来んかい!」


彼女は、ハジメの為に考える時間を稼いでやる事にした。

読んでくださってありがとうございます!

またのお越しをお待ちしております。

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