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ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第一章 セヴンス・エスケープ
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10.反逆の末路

死を言い渡されたナナ。彼女を護る為に、レナードは襲い来る騎士達に立ち向かう。

よろしければ、読んでいってください。

 騎士の一人が大きな刃を振り上げた。

 ナナは恐怖の余り、金縛りにでも遭ったように、動く事が全くできなかった。


「おやめなさい!」


レナードの声が、空気を裂いて彼女の鼓膜に届いた。


 ナナはそこで、ようやく首から上を動かせるようになった。必死になってレナードの姿を探す。

 彼の姿が一瞬見えたと思ったら、すぐに消えてしまった。

 いや、そうではない。ナナがまばたきした間に、彼が視線の外に移動してしまったのだ。


 超重量級の金属が崩れ落ちるような音がした。

 やっと、金縛りが完全に解けたナナは、音の方に向き直った。騎士たちがドミノ倒しのように、次々と倒れて行く。

 倒れたのは四人の騎士達。最初に倒れたと見られる先頭の騎士には、レナードがしがみついていた。


「レナード!」


 彼女は、この場でただ一人の味方である男の名を叫んだ。

 立ち上がるのは、重そうな甲冑を身にまとった者達よりも、身軽なレナードの方が早かった。


 彼の手には、今も倒れている騎士の一人から奪い取ったらしい大剣が、握られていた。


 転がりもがいている騎士四人が邪魔になって、身動きの取れないでいた数人の騎士が、障害物を迂回してナナの方へ走ってくる。

 ナナは悲鳴を上げ、騎士達から逃げ出した。

 その時、彼女の脇を走り抜けて、殺到する騎士達の前にレナードが立ちはだかった。


「何をしている! 早く始末してしまえ!」


苛立ちを隠せないでいるマスターの声は、壁や天井に反響し、虚空を震わせて、その場にいた全員の元へ降ってきた。


 それに負けないくらいの大声を発しながら、レナードは一番近くの騎士に襲いかかった。

 ナナはそれを見ている事が出来ず、瞳を閉じた。

 鋼がぶつかり合って耳を貫くような鋭い音の後、雄牛の鳴くような野太い悲鳴が響いた。


 そっと彼女は目を開き、一瞬の間に起こった事を確認した。

 騎士の一人に、レナードが手にしている大剣が突き立てられていた。

 剣の刺さったところからは、燐光を放つ液体が滲み出ている。やがて間もなく、その騎士はうつ伏せに倒れた。


 マスターが、さっきよりもさらに響く声を張り上げた。


「最優先事項が入れ替わっている! 変容しているのは間違いない。SG-0710! お前も反逆の罪に問う!」


何がなんだか、ナナは理解できなかった。

 彼女の思考速度より早く、事態が動いていく。


 またしても、金縛りに遭ったみたいに体を動かせなくなっていたナナの手を、掴む者がいた。青白く輝く液体を全身に浴びたレナードだ。

 彼女の思考は相変わらず遅れ気味だったが、条件反射というのか、手を握られた途端に、何をすべきなのかが理解できた。

 この部屋から出て、逃げなくては、と。


 二人は扉の方へ走り始めた。

 ガチャガチャと音を鳴らしながら、騎士達が動き始めた。さっき見ていた時よりも、明らかに彼等の動きは俊敏になっていた。もう、倒れていた騎士達も立ち上がって、彼等を追い掛ける一団に加わっていた。


 開いていた鉄扉は、今まさに閉じようとしていた。扉が閉ざされてしまえば、もう二人が生き残る術は無い。それは、考えるまでもない確定事項のようなもの。

 ナナは一度振り返って、追って来る一団を確認した。さすがに追いつかれる事は無い。問題は一つに絞られた。

 再び前を向いて、彼女は揺れる視界の中、距離感を推し測るように目を細めた。

 目算では、とても間に合わないで扉にぶつかるか、良くても、扉の間に挟まるかのどちらかだ。


「間に合わない!」


彼女は叫んで、レナードを見上げた。

 彼のこめかみ辺りには、汗なのか、光るものが浮かんでいた。


(だめだ)


 彼女は早くも諦念に捕われ、足の運びがもつれ出した。

 だが、レナードはさらに走る速度を上げていく。それと同時に、彼女の手を痛いくらい強く握り締めた。

 ナナはほとんど飛ぶように走っていた。片足がもう片方に躓かないで入れたのは、奇跡と言っても良かった。


 見たところ、もう人が通れる程の隙間も無いくらい閉じていた扉。そこへ、レナードはまだ右手に持っていた、大剣を狙い澄まして、投げた。

 大剣は狭い隙間に挟まって、扉にはほんの僅かに隙間が出来て、動きを止めた。

 それでも、その隙間に人が通り抜ける事の出来る程余裕は無く、ナナの心には絶望しか残らなかった。


 やがて、行き止まり。彼等の足は止まった。

 ナナは鉄の扉を背に、迫って来る騎士団を、怯えた目で見た。

 ワンピースの厚い生地を通しても、鉄扉の冷たさが伝わってくるような気がした。

 もしかしたら、それは単なる錯覚で、怖くて背筋が寒くなっているだけだったのかもしれない。

 騎士達は少しずつ歩調を緩め、巨大な剣を両手で構えた。


「ナナっ……」


苦しそうに声を絞り出したレナードを、ナナは見た。

 彼は、挟まった大剣の柄を両の手で握り、全身の力を振り絞って、前に押していた。

 てこの原理だ。ゆっくりと微かではではあったが、扉はその隙間を広げていった。


「……ナナ! 早くこの隙間から!」


背後では、金属の擦れぶつかる音が迫ってきていた。

 ナナは、言われた通りに隙間を通ろうとしたが、少しまだ狭すぎたようで、なかなか通れない。


「通れない、通れないよ!」


レナードは顔を真っ赤にしながら、さらに力を込めた。

 ナナは、なんとか廊下へ出た。


「やった! 通れた。さあ、レナードも!」


ナナは、レナードに手を差しのべた。


 ピシッと音がした。扉に挟まった剣が、悲鳴をあげているのだ。

 なり振り構わず、ナナはレナードの手を引っ張る。

レナードは少し笑みを浮かべ、首を横に振った。

 そして、囁くように穏やかな声で、言った。


「ああ、良かった。私は私の存在意義を……。ナナ、行ってください」


その時、パキンと虚しい音が響いた後、メキメキと何かが簡単に潰れていく音へ変わった。


 扉は完全に閉じてしまった。

 音叉を叩いたかのような余韻の中、レナードの重たい左腕を抱いたナナは、呆然とその場に立ち尽くし続けた。

読んで頂き、ありがとうございます。またのお越しをお待ちしてます。

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