10.反逆の末路
死を言い渡されたナナ。彼女を護る為に、レナードは襲い来る騎士達に立ち向かう。
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騎士の一人が大きな刃を振り上げた。
ナナは恐怖の余り、金縛りにでも遭ったように、動く事が全くできなかった。
「おやめなさい!」
レナードの声が、空気を裂いて彼女の鼓膜に届いた。
ナナはそこで、ようやく首から上を動かせるようになった。必死になってレナードの姿を探す。
彼の姿が一瞬見えたと思ったら、すぐに消えてしまった。
いや、そうではない。ナナがまばたきした間に、彼が視線の外に移動してしまったのだ。
超重量級の金属が崩れ落ちるような音がした。
やっと、金縛りが完全に解けたナナは、音の方に向き直った。騎士たちがドミノ倒しのように、次々と倒れて行く。
倒れたのは四人の騎士達。最初に倒れたと見られる先頭の騎士には、レナードがしがみついていた。
「レナード!」
彼女は、この場でただ一人の味方である男の名を叫んだ。
立ち上がるのは、重そうな甲冑を身にまとった者達よりも、身軽なレナードの方が早かった。
彼の手には、今も倒れている騎士の一人から奪い取ったらしい大剣が、握られていた。
転がりもがいている騎士四人が邪魔になって、身動きの取れないでいた数人の騎士が、障害物を迂回してナナの方へ走ってくる。
ナナは悲鳴を上げ、騎士達から逃げ出した。
その時、彼女の脇を走り抜けて、殺到する騎士達の前にレナードが立ちはだかった。
「何をしている! 早く始末してしまえ!」
苛立ちを隠せないでいるマスターの声は、壁や天井に反響し、虚空を震わせて、その場にいた全員の元へ降ってきた。
それに負けないくらいの大声を発しながら、レナードは一番近くの騎士に襲いかかった。
ナナはそれを見ている事が出来ず、瞳を閉じた。
鋼がぶつかり合って耳を貫くような鋭い音の後、雄牛の鳴くような野太い悲鳴が響いた。
そっと彼女は目を開き、一瞬の間に起こった事を確認した。
騎士の一人に、レナードが手にしている大剣が突き立てられていた。
剣の刺さったところからは、燐光を放つ液体が滲み出ている。やがて間もなく、その騎士はうつ伏せに倒れた。
マスターが、さっきよりもさらに響く声を張り上げた。
「最優先事項が入れ替わっている! 変容しているのは間違いない。SG-0710! お前も反逆の罪に問う!」
何がなんだか、ナナは理解できなかった。
彼女の思考速度より早く、事態が動いていく。
またしても、金縛りに遭ったみたいに体を動かせなくなっていたナナの手を、掴む者がいた。青白く輝く液体を全身に浴びたレナードだ。
彼女の思考は相変わらず遅れ気味だったが、条件反射というのか、手を握られた途端に、何をすべきなのかが理解できた。
この部屋から出て、逃げなくては、と。
二人は扉の方へ走り始めた。
ガチャガチャと音を鳴らしながら、騎士達が動き始めた。さっき見ていた時よりも、明らかに彼等の動きは俊敏になっていた。もう、倒れていた騎士達も立ち上がって、彼等を追い掛ける一団に加わっていた。
開いていた鉄扉は、今まさに閉じようとしていた。扉が閉ざされてしまえば、もう二人が生き残る術は無い。それは、考えるまでもない確定事項のようなもの。
ナナは一度振り返って、追って来る一団を確認した。さすがに追いつかれる事は無い。問題は一つに絞られた。
再び前を向いて、彼女は揺れる視界の中、距離感を推し測るように目を細めた。
目算では、とても間に合わないで扉にぶつかるか、良くても、扉の間に挟まるかのどちらかだ。
「間に合わない!」
彼女は叫んで、レナードを見上げた。
彼のこめかみ辺りには、汗なのか、光るものが浮かんでいた。
(だめだ)
彼女は早くも諦念に捕われ、足の運びがもつれ出した。
だが、レナードはさらに走る速度を上げていく。それと同時に、彼女の手を痛いくらい強く握り締めた。
ナナはほとんど飛ぶように走っていた。片足がもう片方に躓かないで入れたのは、奇跡と言っても良かった。
見たところ、もう人が通れる程の隙間も無いくらい閉じていた扉。そこへ、レナードはまだ右手に持っていた、大剣を狙い澄まして、投げた。
大剣は狭い隙間に挟まって、扉にはほんの僅かに隙間が出来て、動きを止めた。
それでも、その隙間に人が通り抜ける事の出来る程余裕は無く、ナナの心には絶望しか残らなかった。
やがて、行き止まり。彼等の足は止まった。
ナナは鉄の扉を背に、迫って来る騎士団を、怯えた目で見た。
ワンピースの厚い生地を通しても、鉄扉の冷たさが伝わってくるような気がした。
もしかしたら、それは単なる錯覚で、怖くて背筋が寒くなっているだけだったのかもしれない。
騎士達は少しずつ歩調を緩め、巨大な剣を両手で構えた。
「ナナっ……」
苦しそうに声を絞り出したレナードを、ナナは見た。
彼は、挟まった大剣の柄を両の手で握り、全身の力を振り絞って、前に押していた。
てこの原理だ。ゆっくりと微かではではあったが、扉はその隙間を広げていった。
「……ナナ! 早くこの隙間から!」
背後では、金属の擦れぶつかる音が迫ってきていた。
ナナは、言われた通りに隙間を通ろうとしたが、少しまだ狭すぎたようで、なかなか通れない。
「通れない、通れないよ!」
レナードは顔を真っ赤にしながら、さらに力を込めた。
ナナは、なんとか廊下へ出た。
「やった! 通れた。さあ、レナードも!」
ナナは、レナードに手を差しのべた。
ピシッと音がした。扉に挟まった剣が、悲鳴をあげているのだ。
なり振り構わず、ナナはレナードの手を引っ張る。
レナードは少し笑みを浮かべ、首を横に振った。
そして、囁くように穏やかな声で、言った。
「ああ、良かった。私は私の存在意義を……。ナナ、行ってください」
その時、パキンと虚しい音が響いた後、メキメキと何かが簡単に潰れていく音へ変わった。
扉は完全に閉じてしまった。
音叉を叩いたかのような余韻の中、レナードの重たい左腕を抱いたナナは、呆然とその場に立ち尽くし続けた。
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