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ラ・メトリの書  作者: 柚田縁
第一章 セヴンス・エスケープ
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1.目覚め

SFファンタジー始めました。ぜひ読んでいってください。

 それは唐突な目覚め。

 例えるなら、眠っている時に、バケツいっぱいの水を頭から被ったような、鮮烈な目覚めだった。


 少女はゆっくりと体を起こす。全身が凝り固まっているように、節々が痛んだ。

 辺りを見回すと、真っ白な個室に彼女はいた。

 だが、次第に目が慣れてくると、白と感じていた色が、実際は僅かにくすんでいるようで、象牙色と表現する方が正しそうだと、彼女は一人考えた。


 窓も扉も何も無い、中央にベッドが一台あるだけの、極めて殺風景な部屋。

 彼女は自分が閉じ込められていると、咄嗟に意識した。すると、途端に息苦しさを覚え、気が狂いそうになってくる。

 焦った彼女は、ベッドから降りて立ち上がった。

 足の裏が冷たい。彼女は裸足だった。

 不意に、自分がどんな姿をしているかが気になって、身に着けている服を両手の親指と人差し指で摘み上げ、よく観察した。

 けれども、観察なんてするまでもなく、一目でそれが真っ白な無地の布で作られた、至極単純なワンピースだとわかった。

 ただ、一つだけ気になったのは、その布の材質だ。帆布のように厚くて丈夫だというのに、肌触りはゴワゴワしていない。それどころか、下ろし立ての綿のように、さらさらした肌触りを実現しており、同時に、着けている事を忘れるくらい軽いのだ。

 少女は摘んでいた指を離した。皺一つなく、元の形に戻った。その事が、彼女は空恐ろしくさえ感じられた。


 もう一度彼女は、目を凝らして部屋中を見回した。

 継ぎ目も何も無い、アイボリー・ホワイトの世界。天井、床、四方の壁は完璧と言っても遜色無いくらいに閉じていて、まるで四角い箱の内側のようだった。狭いのだか広いのだか、それさえも判然としない。

 もしベッドが無ければ、どの面に向かって重力が働いているのかわからず、倒錯していたかもしれない。


 背筋を冷たいものが撫でる、そんな感触を覚えて、少女は身震いしてしまう。そして、涌き上がってくる、根源的な疑問。


(ここは、どこ? 私は……)


 そこまで考えて、彼女は突然小さく笑った。マンガなどの中で、主人公が記憶喪失になった時、呟くお馴染みの台詞。だが。


「私は自分のことが分かるわ。私は、ナナ。」


敢えて、宣言するように、ナナは強い口調で言葉にした。

 けれども、その時に湧き上がってきた自信は、徐々に萎んで感じられなくなってしまった。

 それは、ナナ自身がここにいるまでの過程が、さっぱり思い出せなかったからだ。


(私はどうしてここにいるんだろう。いや、それ以前に、ここはどこなんだろう)


 再び最初の疑問へ帰ってきた彼女は、俯いて押し寄せるような謎と不安に体を縮めた。


 ナナは、立っていた場所から一歩も動く事無いまま、ドスッと勢いよくベッドに腰掛けると、膝を抱えて座り直し、その膝に顔を埋めた。

 身に着けている布には、消毒薬のような鼻にツンとくる何かの香が残っていた。


 心の中には寂しさの荒らしが吹き荒び、それが邪魔になって纏まった考えができなかった。


 どれくらいの時間、そうしていたのか。ナナは何のきっかけも無しに、膝から顔を上げた。目の周りは、ほんの少しだけ溢れ出た涙が固まって、目脂を作っていた。

 彼女はそれを右手の甲で強く拭い、左壁の一面をじっと見詰めた。


(何かが違っている)


 そのように感じた理由は、彼女自身わからなかった。しかし、そうやって見続けていると、確かにさっきとの違和を感じずにはいられない。

 その時、視界の端の方で、何かがキラリと光ったような気がして、ナナは頭ごと動かして視界をずらした。

 そこに、銀色の短い筒のようなものが出現していた。


(似ている)


 そう考えると同時に、答えはどこからか浮かんできた。

 ドアのノブだ。

 脳裏に様々な思いが去来するも、ナナはベッドから勢い良く飛ぶような勢いで降りた。

 そのドアを開ければ、何もかもがわかって、自分がここに至った理由も思い出せる。そんな気がして、勢いよく足を前に出した。


 しかし、その踏み出した足には、上手く力が入らずに、その場に崩れ、転倒した。


「ううっ」


 痛みはそれ程でもない。だが、二足歩行に失敗してしまうという、精神的な衝撃は小さくなかった。 

 立ち上がろうにも、力を込めた膝はガクガクと震えるばかり。

 まるで生まれたてのキリンだ。


 それでも、なんとか立ち上がると、今度は慎重にゆっくりと歩き始めた。一歩一歩を丁寧に確認するみたいに。

 そうしてドアの前に立った時、痛みは残っているが、普通程度には歩けるようになっていた。


 彼女は、ドアノブに手を掛けようとした。端から見ると、乾燥した冬の寒い日に、ドアノブから流れてくる静電気を恐れるように見える。

 結局は何も起こらなかったのだが、彼女はノブを握ると、重々しく息を吐いた。そして、ノブを時計回りに廻した。

 けれど、そのドアはドアでないかのように、押しても引いても動かなかった。


(閉じ込められている)


再度、だがしかし、今度はさっきより遥かに強く、それを意識させられた。

 何か、いけない事でもやらかしてしまったのだろうか。

 押し寄せる不安。

 ドアノブから手を離し、力なく右腕を下ろしたその時、そのドアはドアであることを思い出したように、開いた。彼女の方に向かって。


 そして、ナナはドアに押され、尻もちをついて短い悲鳴を上げた。

読了ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。

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