第7話 現実を知る1
グルネシア帝国からの進軍により、サルドスエリン王国内は緊張感が漂っていた。
グルネシア帝国との国境近くにあるバンダリーはもちろん、王都や城内には厳戒態勢が敷かれていた。魔兵器開発部も例外ではなく、軍からの要請で武器や防具の追加生産を行っていた。いつもは設計を行っているティシャも生産に回っていた。
「ティシャ…」
同僚から声をかけられたティシャはその声のした方に顔を向けた。
「なんですか?」
「いや、その…いい笑顔してんな…」
ティシャに声をかけた同僚はティシャがいい笑顔で仕事をしている様を見て引いた。いつもは仏頂面をしながら設計図をひいているティシャが、嫌いなはずの生産に回っていながらも笑顔で仕事をしていたからであった。
「そうですか?いつも通りですよ?戦争が始まっているのに笑顔とか不謹慎じゃないですか」
「お、おぅ…」
同僚たちの心の中では「お前が言うな!」と叫ばれていた。そんなこととは知らず、ティシャは生産の手を休めることなく、作業を続けていく。
「ティシャ…」
「なんですか、チーフ」
話を聞いていたチーフがティシャに話かけた。
「今日で、何日目だ」
「え、何がですか?」
「ハスヤ様が来なくなって、だ」
「えっとですね、3日ぐらいですかね!」
そう答える時のティシャの顔は今日一番の笑顔であった。それを見て、同僚たちとチーフはなぜ笑顔なのかを理解した。
「こんなに作業が進むことなんてなかなかないですよ!ハスヤさんが来てから」
ノーンがここ数日魔兵器開発部に現れていないのには理由があった。
グルネシア帝国の進軍により、国軍各隊長・副隊長に召集がかかっており、防衛作戦会議が行われているためであった。ちなみに、その中の一部の隊が防衛戦に行っていることがわかっている。
ティシャは防衛戦を行っている部隊が国軍何隊のどこの隊であるかを情報として持っていなかった。しかし、ティシャの推測は、防衛戦の部隊にノーンも入っており、今戦場にいるのではないかというものである。ノーンが戦場で死を背にしているということよりも、ノーンが来ないことで作業がはかどっていることにティシャは嬉しかったのであった。
「ハスヤ様…」
「憐れ……」
同僚たちのノーンに向ける憐れみの声も今のティシャには届かなかった。そんな中、チーフはティシャに向かって質問した。
「ティシャ…ハスヤ様のこと心配してないのか?」
「え?」
急にノーンの話を振られて、驚くティシャであったが、答えはすんなりと出てきた。
「ハスヤさんなら、誰にも負けないでしょう」
そう言うティシャにチーフや同僚たちは驚愕した。あれほど嫌っているであろうノーンのことをティシャが信頼しており、優しい微笑みを浮かべているからであった。ティシャはチーフや同僚たちが驚愕していることも知らずに作業に戻っていった。
何とも言えない雰囲気が流れたその時、魔兵器開発部にノックの音が響いた。
「あ、どうぞ」
チーフの声がかかったことにより、扉が開かれ、人が立っていた。
「なんでいるんですか!」
「え?いちゃ悪い?」
少し疲れたような顔をしたノーンを見て、ティシャは声を荒げた。
「いや、だって戦争は?防衛戦は?!」
「?前戦に行ってる人らが頑張ってんじゃない?」
「いや、そうじゃなくって、なんでハスヤさんはここにいるんですか!!」
作業を中断して迫ってくるティシャにノーンは眉間に皺をよせて言った。
「ねぇ、なんで僕が前戦だと思ったの?」
「だってここ数日いなかったじゃないですか!」
「うん、そりゃね。会議に出てたしね」
「国軍第3隊は全員防衛線にあたるんじゃないんですか?!」
「あのね…」
ティシャの言葉を聞いて頭を抱えるノーン。チーフや同僚たちは、聞き耳を立てながら見知らぬふりを続けた。
「知らないの?」
「え、な…知ってますとも!」
「ティシャ?」
「はい、ごめんなさい」
ノーンの微笑みはティシャが取り繕うのを許さなかったが、ティシャは諦めて開き直った。
「し、知らなくて悪いですか!」
「悪い」
そういうと同時にノーンはティシャの頭を軽くはたいた。
「あのね。国軍第3隊は別名魔力部隊って教えたけど、通称があるんだよ。知ってると思ったんだけど、ここまで知らないとは…。もうちょっと周りに興味を持ちなよ…」
「ぐぅ…」
ティシャは軽くはたかれた頭を摩りながら話を聞いていた。
「まぁ、今更だからもういいけど。それで通称は対魔族部隊だからね」
「対魔族部隊…」
「そう。国軍第3隊はその名の通り、魔族に対抗するために作られた隊なんだ。だからね、魔族から城を守るために、国軍第3隊は全軍が防衛線に当たるってことはありえないんだよ」
「じゃあ、国軍第3隊は防衛戦に当たってないんですか?」
「いや。今回はもう1人の副隊長が1つの小隊と一緒に当たってるよ」
「へ?副隊長ってもう1人いるんですか?」
「はー…」
頭を抱えながら首を振るノーンにティシャはまたやってしまったと思った。
「うん、もう何も知らないって思って話すことにする…」
「ご、ごめんなさい」
「国軍各隊には隊長1人と副隊長2人がいる。大体、防衛戦には副隊長が出ることが多い。隊長は一度会議に入ってしまうからね。で、その2人の副隊長の中で他国からの進軍が起こった時にどちらが先に防衛戦に向かうかをローテーションで決めておく。因みに、先に防衛戦に向かう方を先駆隊って言うんだよ」
「先駆隊…。しかし、なぜ、ローテーション…」
「…時期を決めておくと、同じ時期に攻められたら大変でしょ?」
「そうですね!」
明るく返すティシャを見て、ノーンはまた頭を抱えて、少し小さめの声で言った。
「ティシャは一度、戦場を見てみるといいと思うよ」
「え?」
「戦場赴く人たちに対しての意識が低すぎる。設計するのがティシャなら、戦場っていうものがどんなものなのかを知っておくべきだと思う。多分、ティシャ以外は一度戦場を経験しているはずだし」
ノーンの言葉にティシャはチーフや同僚たちに目をやる。チーフや同僚たちはティシャが急にこちらを向いたことに驚いた。
「な、なんだよ、いきなりこっち見やがって」
「ほ、ほら!ちゃんと作業してるぜ!」
そういう同僚たちの肌が見えている腕や足には複数の傷があった。人によっては生々しい傷を持っていた。その姿を見て、ティシャは自分が情けなくなった。
「ティ、ティシャ?」
恐る恐る声をかける同僚を無視して、ノーンの方に向き直り、言った。
「ハスヤさん。私を戦場に連れて行ってください」
その言葉にチーフや同僚たちはざわついた。しかし、ノーンだけはその言葉に微笑んだ。
「いい意気込みだね。じゃあ連れて行ってあげるよ、戦場に」