第6話 暗雲の兆し
世界に平和な時間が過ぎていた中で、何やらよからぬことを考えている国があった。
剛腕と称えられしグルネシア帝国。
帝国をまとめるのは、金の獅子の通り名を持つウィッシュラー3世である。その通り名は、金髪の髪をなびかせながら戦場を駆け巡り、出会わした将が獅子に食われるかのように討たれたことによりつけられた。
帝国ではその皇帝ウィッシュラー3世と重鎮たちが円座を囲みながら議論していた。
「サルドスエリンは昨年の不作がたたり、現在貯蔵されている食糧は例年の2割減であると考えられます」
「今年は例年通りの量が収穫される見込みであり、収穫前の今の時期に攻め込み、長期戦に持ち込むことで食糧難が発生すると考えられます」
「ふむ…こちらの貯蔵食糧はどれくらいだ」
「昨年の不作は我が国にも影響がありましたが、1割減に届かない程度であります。よってサルドスエリンよりは貯蔵されております」
「武器並びに防具の強化については?」
「1級鉱石、プレシオの採掘範囲を拡大したことにより、少量ずつですが、採掘量が増加しております」
「プレシオの採掘が増加したことにより、兵士の武器や防具の新調の効率が上がってきております。後、数日で全兵に新調した武器や防具が行き渡ると思われます」
ウィッシュラー3世の質問に答えながら次々と答えていく重鎮たち。その中で1人がウィッシュラー3世に対して、質問を投げかけた。
「陛下。今回の進軍は何か考えあってのことなのですか?」
ウィッシュラー3世は質問を投げかけてきた重鎮に目をやった後、口を開いた。
「今回、進軍するのには意味がある。我が国の諜報部が仕入れてきたある情報があったからだ」
ざわっと重鎮たちが驚く中、ウィッシュラー3世は言葉を続けた。
「魔族が動くぞ」
「なんと!」
「それは真ですか?!」
「あぁ、本当だ。それと同時に面白い情報を得た」
ウィッシュラー3世が手を横に出すと、隣で控えていた側近騎士は手に持っていた筒状の紙をその手の上に置いた。ウィッシュラー3世は筒状の紙の封を解いて広げ、書かれている文字を読んだ。
「”魔族に動きがあり。目標は、サルドスエリン王国”」
「サルドスエリン?!」
「なんと!」
「陛下!では、今サルドスエリンに進軍しなくてもよいのではないでしょうか?」
その質問にざわつく重鎮たちはウィッシュラー3世を見る。
「サルドスエリンは何度も魔族の攻撃を凌いでいる。魔族によって滅んでもらうためにも、今削る必要があるのだ」
ウィッシュラー3世の弁を聞き、ざわついていた重鎮たちは頷き、賛同した。
「進軍している間に魔族の攻撃とあたることはないのでしょうか?」
「それはないと考える。今までも、動きがあってから実際に攻撃を始めるのは1月ほどの時間の猶予があったからな」
「なるほど」
ウィッシュラー3世の話を聞き、重鎮たちで話が進んでいる中、もう一度ウィッシュラー3世は口を開いた。
「サルドスエリンが我が軍と戦い、兵糧を消費させた後、魔族によってサルドスエリンが滅ぼされ、領地が手に入る」
感嘆の声を上げる重鎮たちを見ながら、ウィッシュラー3世は面白い情報は伏せておくことを決めた。そしてウィッシュラー3世は、静まり返る空気の中決断を下した。
「準備ができ次第、進軍を開始しろ」
大きい声ではないが、響き渡るような低い声に重鎮たちは緊張した面持ちとなった。
「はっ」
「今年こそサルドスエリンを我が手中に…」
重鎮たちが去った後の部屋で、ウィッシュラー3世は静かに目を閉じて座っていた。
「陛下」
声をかけたのはウィッシュラー3世の隣に控えていた側近騎士であった。
「なんだ、アルビス」
「面白い情報という物はお伝えしなくてよろしかったのですか?」
アルビスの言葉にウィッシュラー3世は目を開け、微笑みながら言った。
「書の内容を読んだのか」
「陛下より先に読むなど、そのようなことできません。陛下が隠し事をされている時の表情をされているので、お聞きしてしまいました」
ウィッシュラー3世から目を離さずにアルビスは答えた。
「ご気分を害されたのでしたら、申し訳ありません。お許しを…」
跪き、頭を垂れるアルビスを横目で見て、ウィッシュラー3世は笑った。
「処罰などしない。流石は側近騎士と言ったところか。これほど俺の表情を読み解くのを野放しにしている方がよっぽど怖い。処刑という手もあるが、これほど使えるのを殺してしまうのも惜しい」
「ありがたき幸せにございます」
一度上げた頭を再び垂れるアルビス。
「俺の表情を読み取った、お前だけに教えよう」
アルビスを見ながら、口角を上げながらウィッシュラー3世は言った。
「サルドスエリンの軍には魔族が入り込んでいるらしい」
それから数週間後、サルドスエリン王国に向けてグルネシア帝国から進軍が開始された。