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第2話 夜の出来事

 終業の鐘が鳴る。夕焼けが窓の外から魔兵器開発部の部屋の中に差し込んでいる。同僚たちが声を掛け合いながら、今日一日の労いをしている中で、ティシャは一人まだ作業を続けていた。

 


「ティシャ、もう終業だぞ」

「チーフ、もう少し……これだけさせて下さい」


 ペンを置こうとしないティシャに声をかけたチーフだが、ティシャはチーフの顔も見ずに、ペンをはしらせていた。

 


「いや、もう部屋閉めるぞ?」

「も、もう少しだけ…」


 懇願するティシャにチーフはため息をつきながら答えた。


「また、遅くまで残るつもりなんだろ?」

「これ、今日中に仕上げないと大変なことになるんです…」

「……お前、また体壊すぞ?」

「締切間近だとよくあることですよ」


 魔兵器開発部では企業秘密を多く抱えるため、仕事を持ち帰ることを禁止している。そのため、締切間近になるとティシャは仕事をするために居残ることが多々あった。それは効率が悪いのではなく、良い物を作りたいという気持ちがあるために妥協しないためである。ティシャが体を壊しながらも設計の仕事から外されないのは、品質がとても良いことや使い勝手の良さ、耐久性に優れているからであった。


「まぁ、いつものことだけどな。しかし今は国軍第3隊副隊長であるハスヤ様もいらっしゃるからな。体壊してもしらねぇぞ?」

「…その名前を出さないで下さいよ……チーフ…」


 疲れた目をチーフにちらりと向けたティシャを見て、チーフは今日は何を言っても無駄だなということを理解した。


「ま、無理しすぎんなよ?いつも通り、鍵任せるな」

「はい!お疲れ様でしたー!!」


 ティシャに鍵を託し、部屋を後にするチーフ。チーフを見送ることもせずにティシャはペンをすすませた。




 響くのは時計が針を進める音とペンがすすめられる音だけであった。そして、夕焼けに染まっていた室内がどんどんと暗くなることも気にせずにティシャは黙々と作業を続けた。途中で、暗くなった手元を光らせるためにランプを近くに置き、作業を続けた。

 そして、作業を終え頃には、辺りは暗闇と静けさが広まっていた。深夜とも言える時間帯にティシャは伸びをした。


「あー…またこんなにかかってしまった…。もっと、もっと早く設計できるようにならなくちゃなー……」


 ティシャは椅子の背もたれに体を預けて一息ついた後、体を起こして帰る準備を始めた。

 


 ティシャが住んでいるのは、サルドスエリン城に隣接している隊舎塔である。隊舎塔に住めるのは、国軍又は関連部署で働く単身者である。隊舎塔は城内から専用の通路があり、7階あるうちの上2つが女性専用のフロアとなっている。そこまでに戻るまでに、決して会いたくないのが、深夜巡回をしている兵士である。

 前回見つかった時に、朝まで尋問が続き徹夜で仕事に向かわなければならないという事態が起きたこともあった。そのため、見つからないようにさっさと帰ってしまおうと思ったのであった。

 


 ティシャはランプを消して、鍵を持ち、そそくさと扉を開けた。扉を出る時には、辺りにランプの明かりがないかを確認してから外に出、扉に鍵を閉めた。一連の動作を行う時はゆっくり行い、音がなるべく出ないように心掛けた。そして、隊舎塔の方へ早歩きで向かった。

 隊舎塔までは少し距離があるが、早歩きをすると5分ぐらいで着ける距離であった。隊舎塔の扉が目に入り、あと少しだとティシャは思った。




その時。




「何してるの?」


 背後からかかった声にティシャはビクリと肩を震わした。それは、誰もいないと思っていたことと、最近よく聞く声であったからであった。


「ねぇ、何してるのって」


少し怒ったような雰囲気を醸し出す声色にティシャは恐る恐る後ろを振り返った。


「いや、ちょっと…」


 背後に立っていたのはティシャの思っていた通り、ノーン・ハスヤであった。


「ちょっと?」

「居残りしていました、ごめんなさい」


 居残りが悪いわけではないのだが、ノーンの少し怒ったような雰囲気にティシャは謝るしかなかった。


「こんな時間まで?」

「です、ね…」


 ノーンはため息をつきながらティシャに言った。


「1日働きすぎだから。だから隈がなくならないんだよ…」

「今日は久しぶりなんですっ…よ……」

「ふーん?」


 ノーンの低くなった声を聞き、ティシャはしまったと思った。


「時々、こんな時間まで、居残りしているの?」


 微笑んだノーンにティシャは内心泣きそうであった。なぜ今日に限って、ノーンが巡回をしているのかと、心の中で自分の今日の運勢を呪っていた。


「ほら」


 唐突にノーンがティシャに声をかけた。心の中で今日の運勢を呪っていたティシャには、目の前に差し出されている手が何を意味するのかがわからなかった。


「は?」


 そのティシャの反応を見て、ノーンはまたため息をついた。


「帰るんでしょう?」

「はい」

「送るから、ほら」


 手をより前に差し出すノーンにティシャはどうするべきか困惑していた。手を取らないティシャにノーンは少し苛立ち、勝手に手を取り、隊舎塔の方へ歩きだした。


「え?ちょっ?!」

「うるさいでしょ。みんな寝ているんだから」


 ノーンは注意をしながら歩みを進めた。ティシャは今の状況についていけないまま、ノーンにひっぱられることに抵抗もせずについて行った。そうして隊舎塔へと入った後もその状況は続き、隊舎塔の廊下には2人分の足音が響いていた。




「あ、ここです」


 ティシャは自分の部屋に着いたことを報告し、ノーンは部屋の前で止まった。


「えっと、なんだかありがとうございます。巡回の間にわざわざ送ってもらってすみません」

「巡回?」

「え?巡回中だったんじゃ…?」


 首をかしげるノーンにティシャも首をかしげる。お互いに気まずい雰囲気が流れ、その雰囲気を断ち切ったのはノーンの言葉であった。


「ふーん、まぁ、そうしとこうか」


 どこか裏がありそうな言い方であったが、ティシャはその裏を聞くことができなかった。


「次から遅くなるときは僕を呼ぶこと。一応女性だからね?」


 自覚してね?と続いた言葉に、ティシャは手を煩わせると断ろうと思っていたが、ノーンがその言葉をさえぎって言った。


「上官命令ね」


この一言を言われてしまっては従うしかないティシャであった。


「さ。さっさと部屋に入りなよ」

「あ、はい」

「それじゃあね、おやすみ」

「お、おやすみなさい」


 ティシャが扉を開け、中に入ったのを確認してからノーンは廊下を戻っていった。ノーンを見送ってからティシャは静かに扉を閉め、ほんの数分で起こった出来事を振り返っていた。


「なんだったんだろう…」


 ポツリと呟いたティシャは何がどうなっているのかわからずに困惑していた。そんな彼女はノーンが巡回時に必要なランプを持っていなかったことに気づくことはなかった。


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