第1話 彼女の日常
サルドスエリン王国、魔兵器開発部。男達がひしめき合い、大きな音を立てながら作業し、魔兵器を開発している部署である。直接的には戦場と縁はないが、魔兵器は戦場で国を守るために活躍するため、間接的に戦場に縁のある部署でもあった。そんな男の部署と言われる魔兵器開発部に目立つ紅一点。
彼女の名はティシャ・アルザール。
ティシャの主な仕事は魔兵器の設計と事務処理、発注品を倉庫から魔兵器開発部まで運搬することである。毎日その仕事をこなしながら、様々な魔兵器を開発しているティシャに女らしさを磨く暇などなく、いつも髪の毛はぼさぼさの状態であり、顔色は悪く、目の下には隈が常時居座っている状態である。そんな状態にティシャは何も感じることなく、今日もティシャは仕事をこなす為に机に向かっていた。
休憩時間を知らせる鐘が鳴り、同僚たちが仕事机から離れていく中、ティシャは机に向かい、魔兵器の設計図を書いていた。そんなティシャの姿を見て、一人の中年男性が声をかける。
「ティシャ。お前、飯の時間だぞー」
「チーフ、私耳悪くないです。もうちょっとで終わるんで」
「ったく、ティシャ、お前休憩しないとまたいらっしゃるぞ?」
「いや、今日という今日は来ないでしょう。毎日来ると流石に飽きるでしょう」
ため息をつきながらもティシャはペンを持った手を置かずに作業をしていた。
「そう言って、もう何日続いてるんだよ?ん?」
「…数えたくもないです……」
「まぁ、無理しねぇことだな。俺が怒られる」
「ですね。チーフ怒られますね」
「お前、それがわかるなら、休憩しろ!飯にしろ!!」
「ご飯は食べますが、休憩はいりません。ただでさえ、いろいろと作業効率が悪くなって、仕事が詰まってるんで」
そういって、ティシャが取り出したものは、手軽に食べれるおにぎりが1つ。
「…お前、またにぎり1つか?」
「栄養ドリンクだけよりましですよね?」
「まぁ、なんつーか…そんなんだから、お前ペタンコなんだよ…」
「余計なお世話ですっ!!さぁ、チーフもご飯食べてください!」
「お前に言われなくてもしっかり飯食って、休憩してくらぁ」
笑いながら部屋を去るチーフをティシャはしかめっ面をしながら見送った。
「さて、完成させますかね」
片手でおにぎりを食べながら、片手ではペンをすすめるティシャ。静かになった部屋にペンがすすむ音だけが響いていた。
ノックの音が響くその時までは。
コンコンという控えめな音が室内に響き渡る。
「……」
ティシャは何も答えずに作業を続ける。が、扉はノックをした人物に開かれた。
「ティシャ、休憩は?ご飯は?」
「返事してません。扉を開けないでください」
「ふーん、だから?」
手に袋を持ちながらにっこり微笑む男性にティシャは少し引きながら答える。
「……随分余裕ですね」
「むしろ僕のノックに返事しない方が失礼だと思うけど。僕のこと、誰だと思っているの?」
「国軍第3隊副隊長、ノーン・ハスヤ様でございますけど?」
「で?」
「はい、でしゃばりました。すみませんでした。今やっているのは休憩を使ってでも仕上げなければならない案件です。そしてご飯は食べました」
「また栄養ドリンクでしょう?」
「失敬な!おにぎりという炭水化物食べましたよ!1つ!」
「それ食べた内に入らないからねー」
ノーンはティシャの隣の席に座り、袋から何かを差し出した。
「はい」
「は?」
「食べてね」
「いや、もうおにぎりさっきの1つでじゅうぶ」
「これ上官命令ね」
「ぐっ…!」
差し出されたおにぎりを返そうとしたティシャであったが、ノーンに被せるように言われた言葉によっておにぎりを食べざる負えなくなってしまった。
「職権乱用だー…」
「何か言った?」
ティシャが聞こえない程度の声で呟くと、ノーンは微笑みながら問いかけた。
「いえっ、何もっ!!ありがたくいただきます!」
先ほどお腹が一杯だと断ろうとしていたティシャであったが、おにぎりを一口食べると、どれだけ自分がお腹をすかせていたのかが分かった。ティシャがおにぎりを頬張っている間に、ノーンは室内に備え付けられている給湯室でお茶を2つ入れて持ってきた。
「まだあるから食べなよー。ゆっくり噛んでねー。はい、お茶」
上官であるが、なぜかティシャの面倒を見るノーン。そんなノーンにいつも疑問しか持たないが、質問をすると「で?」や「だから?」と言ったように返事が返ってくるため、質問はしないでおこうと心に誓ったティシャであった。
「ごちそうさまでした」
その後ティシャは、もう1つおにぎりを食べきり食べるのをやめた。ノーンが入れてくれたお茶を飲み、一息をついた。
「やっぱりお腹すいていたんだね。丁度良かったー」
「やっぱり?」
「いつものことながら、ティシャは食べる量が少ないからね。でも、それって、忙しいから食事の時間を削っていると思ってね、折角毎日顔を出すなら持ってきてみようかなと思ったんだ」
「そんな分析しないでください!」
ティシャはノーンを睨んだ。
「はいはい。そう変な顔はしないように」
「変な顔…?!」
ノーンは笑いを堪えながらティシャの睨みを流した。そして、ノーンは2、3度ティシャの頭を叩きながら言った。
「じゃあ、仕事がんばってね」
ひらひらと手を振りながら部屋を後にするノーンを見届けてから、ハッと時計を見ると、休憩が終わる間際であった。それに気付いたティシャは慌てて机に向かい、ペンをすすめた。
少し経ってから、扉が開かれ、外から大勢の同僚が戻ってきた。同僚に紛れて帰ってきたチーフは、帰ってきて早々にティシャに声をかけた。
「どうだ?進んでるか?」
「…全く……」
「ということは、またいらっしゃったんだな」
ちらりと机に置かれた2つのコップに目をやりながらチーフは言った。
「なんで、あの人は私のとこに来るんでしょうか…」
机に突っ伏したティシャにチーフは言った。
「自分で聞け」
「…はーい」
これが魔兵器開発部に所属するティシャの日常。