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彼らが歩んだ不思議な日常を、君に。

屋根裏と妹の抽象画

作者: ハルト

 屋根裏部屋で数え切れないほどたくさんの猫の屍骸を発見した時に、僕は本当に驚いてしまい、思わず声を上げそうになった。しかしながら、なんとかその悲鳴の種のようなものは、お腹の中で抑え込んで、声に出すに至ることはなかった。

 なにせこの梯子の下には妹がいて、その妹はひどく怖がりなものだから、僕は彼女を心配させたくなかったんだ。だけれど妹は、梯子から屋根裏に上ったまま固まっている僕を不思議に思ったのか(或いは彼女自身の不安のためかもしれないけれど)、ねぇお兄ちゃん屋根裏に何かあったの、とひどく心細げな声を僕に向かってかけてきた。

 さぁ、どうしよう。僕はこの惨状をどう説明したものかと、その一瞬で深く深く悩んだ。まぁ、この状況をありのままに伝えてしまったのなら、まず間違いなく妹は卒倒して、その卒倒ぶりに親父が心配し僕を詰問し、怒鳴りつけ、母がそんな可哀相な僕をかばい、僕は僕でいじけながら部屋に閉じこもったりするであろうことはもう目に見えているので、まぁ、どうにかしてごまかしたりするのが良いだろうと思われる。けれども、何せ妹はととても好奇心の強い奴なんだ。そもそも、物置部屋に梯子と天井に付いた隠し扉を発見したのだって妹の好奇心ゆえの行動だし、その好奇心に僕はいつだって付き合わされてしまうのだ。


 そんな臆病なくせにいろんなことを知りたがる妹に、このまま不自然な理由を与えて屋根裏に上らせないなんて事は、僕にとって出来るはずもなかった。ほとんどどんな理由であっても、妹の好奇心は止められそうにない。たとえ今、この場で宥めたとしても、妹は僕の目の向かない隙にここに忍び込んで、この大量虐殺の状況を発見してしまうだろうし、それを見たら妹はショックで一週間何も食べずに、どんどん衰弱して死んでしまうことになるだろう。何せ妹は猫や犬やハムスターなんかと言った可愛らしい動物が大好きなんだ。だから、僕は妹をどうにかして説得し、適切な理由を考えて、この屋根裏部屋に二度と登らせないように仕向けなければならない。そしてその理由も、怖いだとか、ショックだとかそんな理由でないものを選ばなければいけない。

 あぁ、何と言うことだろう。非情に非常に面倒くさい。だから僕はこんな屋根裏部屋なんか昇りたくなかったんだ。そもそも誰が屋根裏部屋をこんな状況にしたんだ。ウチの家族、もしくは使用人どもがやったのか。はたまた元からあったのか。こんな異常な光景を生み出す者など、気が狂った奴しかいないだろう。ウチの屋敷に住む者に、そんな異常者がいるとは思えないけれど、それでも異常者とは目に見えないからこそ、異常者なのかもしれない。皆の闇に隠れ、目に見えない場所でこんな猟奇的なことを続ける、その行為(悪意)の恐ろしさ。猫を平気で殺し、その死骸を屋根裏にため続けて平然としているその強烈で圧倒的な『悪』。僕は寒気がした。いや、そもそもこんなことを考えている場合などではなく、今は妹をどうにか――

 ねぇ、お兄ちゃん本当にどうしたの。何か怖いものでもあった……?

 妹が麗しい瞳を潤ませながら、不安げな声色で訊ねてくる。

 そうだ……もう今すぐに、妹を説得してこの場から離れさせなければならない。もし家の中に犯人がいたとして、僕らの今のこの状況を見られたとしたら、何か口封じ的な行為をされる確率だってある。僕がされるならどうだっていいけれど、とにかく妹を危険にさらすなんてことは絶対にしてはならない。何せこいつはひどく臆病なのだから。可愛いのだから。僕は妹のことが大好きなのだから。とにかく妹をどうにかしてここから離れさせなくてはならない。


「ううん……まずいな」

 とりあえず、僕は何とかその言葉を口に出した。もちろん何か確信的な考えやら説得方法やらがあってこの言葉を口にしたのではなく、ただ単に何も考えていなくて、むしろ時間稼ぎのために出たような言葉だった。

 え、お兄ちゃん……どうしたの? 本当に怖いものが……?

 まずい……。妹が既に、自らの推察と想像によって失神しかけている! 屋根裏にある怖い物を自ら想像して、失神しようとしている。なんてハイレベルな臆病者だろう。自らの想像で失神しかけるとは……。だけれど、ここは何とか妹を安心させてやらなければならない。

「いや、違うんだ。怖いものではないよ。ただ、何と言うかお前はここに上がらない方が良い」

 僕は何とか平静な声音で、優しい微笑を湛えながら(多分湛えられていたと思うんだけれど)妹の方を向いて嘯いた。

 え? なに? なにがあるの!?

 ほら、見ろ。妹の目が俄かにキラキラと輝き始めた。もう表情からして好奇心が溢れ出している。駄々漏れしている。今すぐ知りたい! って顔をしている。あぁ、お兄ちゃんとしてはその好奇心を何とか満たしてあげたいんだけれど、でもお兄ちゃんはそんな可愛らしいお前に嘘を吐かなくちゃいけないんだ。あぁ、そんなにこやかな顔でこっちを向かないでくれ……。

「えぇーとな……実はこの屋根裏には……」

 この屋根裏には……っ?

 妹がごくりと唾を呑む音が聞こえた。そして今、この場には確かな緊張感と、次に僕が発する言葉への期待感が含まれている。僕はその空気をしっかりと感じ取って、手が汗ばみ、鼓動が早まり、次に発する言葉へタメを作る。そしてゆっくりと口を開く。声を発しようとする。妹の目が、こちらに注視している。僕は、妹の期待に応える言葉をゆっくりと口にした。


「エッチな本がいっぱいあったんだ」

 妹の顔が、本当に一瞬にして真っ赤に染まるのが見て取れた。茹で上がったばかりホクホクの蛸のように、そして妹は口をパクパクし、僕から目を反らし、まるで頭からぷしゅーと言う擬音でも出てきそうな感じで、熱を発しながらゆっくりとこの部屋を出て行った。

 何しろね、妹はまったく信じられないくらい純情なんだ。もしかしたらこの嘘でも、失神してしまうのではないかと心配したが、さすがに中学にも入ると、少しぐらいのぐらい免疫はつくようだ。妹はさっき言ったように、まるでウブだから、お父さんとお母さんがコップを間違えて飲んで、思わず関節キスをしてしまったのを見るだけで真っ赤になってふらっと倒れてしまうし、一年ぐらい前に妹が虫歯に罹ったったかもしれないと言い出して、僕が妹に無理やり口を開けさせて子細にその虫歯を観察しただけで、妹はビクンビクンとしながら倒れてしまったぐらいだ。妹は虫歯をとても性的な何かと勘違いしたのかもしれない。もしくは男の人に向かって口を開けて、自らの粘膜であるぬるぬるとした内側を視姦しされることに耐えられなくなったのかもしれないけれど。

 とにかく妹は好奇心が旺盛なわりに、そういう性的なこと、或いはそれを連想させる事柄(妹はその連想が過激で勝手に自滅してしまったりするのだけれど)についてはまるで駄目なようだし、自らは絶対に近づかないのだ。だから、ここにエッチなものがあると知っておけば、たとえ妹であっても自ら近づいたりはしないだろう。

 さて。やっとこうやって一人になって落ち着けわけだけれど、何故この屋根裏部屋に、こうして大量の猫の屍骸、及びその部位が晒され、溜めておかれているのだろうか。この行為の残骸に何か意味はあるのだろうか。いや、その猫殺しという行為自体に何か意味はあるのだろうか……。

 猫は実にさまざまな種類のものがあった。僕はあまり猫が好きではなく、その種類に詳しいわけではないのだけれど、たくさんの模様や、目の色、耳の形、尻尾の柄など、特徴は様々だった。共通している事と言えば、すでにそこに生命がないということだけだった。目玉が取れて、或いは溶けてぐちゃぐちゃになっていたり、その空っぽの眼窩にたくさんの待ち針が刺されていたり、骨がむき出しになって、その骨が一匹の猫にたくさん突き刺さっていたり、剥き出しになった神経にナイフが刺さっていたり、脳をぐちゃぐちゃにかきまぜられて死んだ猫が居たり、その死にざまは様々だった。そして、それらが発する死臭はとても強烈だった。鼻の中に腐ったナマモノを入れられ、それを何度も何度も胃の中でかき混ぜられたような、それらが吐き気と共に体中に渦巻き、しかし吐き出せずに新たな死臭が僕の体内に潜り込んで、死臭が増幅されていく。僕の中で死臭による嫌な機関が出来上がっている。 もしや、この臭いは妹の元にも届けられていたのだろうか。いや、これだけ強烈な臭いなら、その確率は高いだろう。もしこの強烈な悪臭が妹の元まで届いていたとしたら、どうして妹は平気だったのだろうか。

 そこで僕はふと、在り得ない推測をするに至った。

“もしや、この猫の大量虐殺は、僕の妹の仕業ではないだろうか”と。

 しかし、僕はそんなことを想像すらしたくなかった。なぜ妹にそんなことをする理由があるのだろうか。あの臆病な妹が。そんな気狂いなわけがないだろう。しかし、何かとてつもない胸騒ぎがしている。その想像が膨らんで、やがて真実になってしまうような、おかしな予感のようなもの。

 いや、妹がこんなことをするはずがないし、そもそも僕の可愛い妹はナイフを持っただけで失神するはずだ。そうだ。こんな場所にいつまでもいるから、こんな変な気持ち悪い想像をしてしまうんだ。今すぐ、ここから離れなければいけない。ここはなんてひどい場所なんだろうか。もしこの状況が、犯人の心の中の風景を表しているのだとしたら、僕はそいつとどう接すればいいんだろうか。こんな気持ち悪くて、臭くて、たくさんの生き物たちが死んでいて、残酷で、悪意に満ちていて、暗くて、じめじめしていて、死を何とも思っていなくて、しかしそれを隠そうとしていて、でもきちんと探せば誰かに見つかりそうな場所にそれらを留めておいている。もしこれが妹の心象風景であり、この部屋が妹の心の中を表した抽象画のようなものだったら――

 そう考えた瞬間に、僕は背中にひどい寒気を感じて、思わず振り向いた。

 お兄ちゃん。どう? 私が作った作品。気持ち悪くて素敵でしょう?


 妹がとてもにこやかにそう言ってのけた。心からの晴れ晴れとした笑顔だった。

 私ね、猫ちゃんがとっても大好きなの。もう殺したいぐらいに大好きで、だからね、じっくりと脳みそをかき混ぜてね、苦しませて殺してあげたの。そうしたら強い恨みをいだいて、幽霊になって私にまた会いに来てくれるかもしれないでしょ? 幽霊って寿命がないから、永遠に私の側にいられるし、死体だってほら、お人形みたいにこうやって屋根裏に飾っておけるんだよ。生きてたら動いちゃうし、引っ掻くし、すっげぇ痛いしムカつくし、鳴き声とかすっごく気持ちうるさくて殺したくて、私猫ちゃんのことが大好きなのっ!! にゃーにゃー、ほらっ、猫って面倒くさいでしょ。でも死ねば動かないの。うふふ。ほら、私って、ね、あはは、お兄ちゃん、見て! 私の心の中ってこんな気持ち悪いの! 今まではさ、黙ってたけど、お兄ちゃんってさ、私のこと気持ち悪い目で見てくるし、私のこと大好きなんだろうなって思ってたから、私ね、しっかり演じていたの、お兄ちゃんの理想の妹を。でもさ、お兄ちゃんの理想の妹像って本当に吐き気がするぐらい気持ち悪いね! こんな妹が好きだなんて、お兄ちゃん自身気持ち悪いよ。何? 自分が守ってあげたい系? ヒーローでいたいの? 気持ち悪っ! そもそもさ、お兄ちゃんの部屋さ、自分で異常だと思わないの? 私の写真を壁や天井一面に飾って、私のお風呂入ってる写真や、おしっこしてる写真とかもデカデカと貼ってあって、それに精液とかおしっことかいっぱい付いてて、トイレの中に私の写真を入れて、その上に排便してて、にやつきながらオナニーしてるのとか、それの行為を扉を開けて私に見せようとするのとか、もう全部が気持ち悪いよ。

 お父さんも、毎日可愛いメイドさんの首に首輪を付けて裸にして犬みたいにさせてから町内を散歩させてるし、お母さんは人間の眼球を集めるのが趣味で、居間とか部屋にたくさんの剥き出しの目を置いておくし、あれってすっごく気持ち悪いの、わたしもう嫌だよ。本当に気持ち悪い。人間て何でこんなに気持ち悪いんだろう。ここはなんて気持ち悪いんだろう!! もし部屋や家の中が人間の心象風景だとしたら、それが如実に表れてしまうとしたら、こんなに気持ち悪いことってないよっ! わたしだって、本当はこんな気持ち悪くなりたくなかったよ。だからみんなと違ってこんなところに隠したけれど、でもやっぱり無理だよ。一緒に住んでいる家族に完全に隠しきるなんて無理だよ。屋根裏部屋に隠した私の心は、本当に気持ち悪くて、暗いんだよ。でもそうしたのはみんなの所為なんだよ。ねぇ、私はどうしたらいいの。もう耐えられないよ。私の心まで、気持ち悪くなっちゃったよ。

 そう言いながら妹は、鼻息を荒くして僕を猫の屍骸の中に突き倒した。僕は抵抗することは出来なかった。こいつは誰なんだろうな、と思った。この目の前にいる女は誰だろう、と。あの綺麗な妹はどこに行ったんだろうと。この屋根裏部屋に住んでいるこの気持ち悪い思考をした女は誰なんだろう、と考えた。僕は、そんなぼんやりとした思考をしながら、なんとなくこの気持ち悪い女がいることが許せなくなった。何の断りもなく僕の家に入りやがって、気持ち悪い女だ。

 そして僕は思わずにやついてしまい、とっても嬉しい気分になって、せっかくだからこの頭のイカレタ女を殺してやろうと思った。丁度良く近くにナイフが見つかったから殺してしまおう。腐りきった猫の肉に刺さっていたものが、丁度良く刺さっている。僕はそれを握り、顔をぐしゃぐしゃにし何かを泣きながら訴えようとしている女の目に突き刺した。それは見事に女の目に突き刺さり、眼球からは新鮮な血が噴き出した。僕はその女の気持ち悪い目が許せなくなり、その目をくりぬいてやろうと思った。ナイフを女の目にぐりぐりと突き刺して、潰れた眼球を、ごっそりと、眼窩からえぐり出したり、引っ掻いたりして取り出した。もう片方の目も同様に。そうして目の前の女の目は空っぽになり、やがて動かなくなったところを見ると、まぁショック死したのだろうね。この部屋に新たな死体が一つ増えたってわけだ。僕の可愛い猫の死体が一匹。

 あーあ、まぁ、今回の猫は一か月は退屈しなかったってことか。

 僕の可愛い猫。


 次はどんなタイプの女を連れてきて、ここで妹として演じさせようか。完全に洗脳させ、妹としての記憶を植え付け、心が壊れるまで、僕の玩具や性玩具として扱う。

何せ僕の親は金持ちだからね。何をしても許されるんだ。

 でもこの世の中じゃ、金を持ってるやつが強いんだ。隠れることだってできるし、悪いことだって、上手く見逃してもらえる。本当の妹はもう僕が小さい頃に死んでしまったからね。だから何回も偽物の妹で遊んでいるけれど、だんだんつまんなくなってきた。思い切って、そろそろ母親を別の綺麗な奴に変えてやろうか。もっと優しくて、顔が奇麗で、胸が大きくて、包容力があって、たくさん甘えさせてくれて、良い香りがして、声が可愛くて、エッチが上手で、でもすっごい恥じらいがあって、ちゃんと優しく僕を宥めてくれて、食事も上手に作れて、僕に膝枕をしてくれるようなそんな母親が良いな。

 こんなことをしたって僕は許されるんだ。何せ僕は父の強烈な悪の遺伝子を受け継ぐ、最低の子供だからね。父は悪意によってこの国のトップの位置までのし上がり、そして好き放題やってこの国を滅茶苦茶にしたんだ。

 だからこの国の息子である僕も好き勝手やんなくちゃ、割に合わないだろ。

 さて、じゃあ、そろそろ新しい母さんと妹を補充しなくちゃ。そして飽きたらこの屋根裏部屋に捨てればいいんだ。あぁー、最高な人生だよ。全く。もし君が好き勝手なことが出来たら、僕と似たようなことをするはずだよ。何せ僕らは悪意のDNAを受け継いだ子供たちなのだから。もうこの世に正義なんてものは、プライドと見栄と言う形でしか残っていないんだしね。あはは。本当に、じゃあ今度はもっと良い玩具を連れて来なくちゃ。



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