二話 迷い惑うもの
なぜ、なぜ見つからないのですか...。
太陽が消え、月が満ちた世界を、ただ、ひたすら駆ける。
草の根をかき分けて、大地を踏み鳴らして。
かけるかけるかける
とっくに、彼が姿を消した場所は通り過ぎていた...。
ただ、ひたすらかき分けて、ただひたすら脚を動かして。
走って走って走って
それでも、彼が見つからない、ずっとずっと近くにいた彼が...。
私が、主人と決めた彼が!!
始めは、血。
彼の血であり、私の血であり...。
血の呪いであり、先祖の血の呪いであり、種としての血の呪いであり、彼の流した血の呪いであり。
きっかけは、私の嫉妬。
そして、私の、いや、私達のあり方の、生き方の問題だ。
母は、それを生きがいであり、そして、呪いだと言った。
父は、それを至上の喜びであり、また、呪縛だと言った。
それが、私の血。
私の中に流れる、従士としての、主人への絶対の敬愛を捧げる意思、であり、生きがいであり、呪いであるもののあり方。
だから、私は止まれない、ゆえに私は止まる事を許されない...。
それが、私の、我が一族のあり方なのだから。
それが、私なのだから。
我が母たる従士の血族、主に使え、主を敬い、主を敬愛して、主を守る。
それが、母の一族の血。
我が父たる従士の血族、主に使え、主を敬い、主を敬愛して、......。
......、
愛して、愛して、愛して...。
あいしてアイシテ...そして、その愛ゆえに、嫉妬のために、強い独占欲で、主人たる者を殺しつくした。
時に、すべてを手にいれた主人を賞賛の言葉と共に刺し殺し、時に絶望のふちに沈んだ主を甘美な死へといざなう、狂喜の一族。
それが、父の一族。
母がどうして、父と知り合ったのかはわからないが、それが私の中に流れる血。
私の中で暴れ狂う狂喜の正体。
我が血族の呪い。
ゆえに私は止まれない、止まる事を許されない。
主人と決めた者を盲目な愛を捧げるがゆえに、どこまでも敬愛し、どこまでも御身を守り、どこまでも底抜けな自分の独占欲を満たすために。
森は、探した。
草原も、探した。
村も、探した。
すでに私の脚は、そのすべてを通り抜け街道にその先をむけていた。
見つからない、どこにいるの、私を残して消えるなんて、
許さない!!
走る走る走る走る。
そして、ぶつかった、脇目も降らず走り続けた私は、冒険者の格好をした、二人組みにぶつかった。
気にせず、通り過ぎる、彼らはあの人じゃない。
何かを言っている?
叫んでいる?
邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ!!
私の邪魔をするな!!
私の道をふさぐな、私の前に立ちふさがるな、私の肩を掴んで、私の道を阻むな!!
邪魔な、障害物を刈り払うために、スカートの中から、二刀の愛刀を引き抜く。
大きな剣を背負った男が何かを叫んでいる!
もう一人は女か。
でも、今はそんなことどうでもいい、私の前にある障害物を切り開くだけの話しだ。
右手に握った『血染め桜』を男の首元に向かって振りおろす。
...掴まれた、阻まれた。
抜けない、動かない、その掴んでいる腕が邪魔だ!!
左手の『石榴』で掴んでいる男の腕を切り落とそうとして、突然、『石榴』がはじき飛ばされた。
何か当たった?
もう一人の女が弓を構えているのが見えた。
ウザイ、ウザイ!ウザイ!!!!!
「私の!私の邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
思いっきり、『血染め桜』を引き抜くと抜けた、血で滑ったらしい。
そのまま、振り上げた『血染め桜』を男の首筋に向かってもう一度振り下ろす。
振り下ろして、切り裂いて、殺しつくし......て?
首筋の皮一枚で、刃は止まっていた...。
私が、意識的に止めたわけではなく、男が放った拳が私の鳩尾に突き刺さっていたから。
「ゴァハッ!!」
血は出ていいない、でも、体中の酸素を体外に吐き出して、身体は動きを止めた。
まだ、止まるわけには行かないのに。
まだ、終わるわけには行かないのに。
そして、一瞬、痛みによって、頭の中にかかっていた霞がはれた。
目の前にたっていたのは、どこか懐かしい雰囲気をもった、少年と少女。
その口元が、
「ゴメン」
と、動いたのをみながら、私は、私の意識は、また、霞の帳の中に落ちて行った。