一話 それは、彼女達が少年を失った日
意識の回復と共に、お父さんに兄さんの所に向かってもらう。
それで、すべては丸く収まるはずだった。
現実問題、其処まで行くには、さまざまな問題もあっただろう。
だけど、そんな些細なことはすべて吹っ飛ばして、それで、あの事件は終わるはずだったんだ。
結果は、最悪の方向に帰結した。
あの日、ユノスは戦闘後の記憶を失い。
アルマは少なからず、心に傷を負い。
そして、兄さんは姿を消した...。
頼みの綱だった【以心伝心】も繋がらず、二人の少女と、多数の死体だけを残して忽然と姿を消した。
その前までは、わかる。
あの瞬間、怒りのままに魔力を振るい、彼らを殺した感触は、繋がっていた私にも流れ込んできていたのだから。
しかし、その後がわからない。
私の目覚めと共に、飛び出していったお父様。
この、数年間、特にこの数週間、お父様から学んできて、驚いたのはその発想の柔軟さとたぐいまれな魔法の知識、そして、それを実践してしまう才能。
そのお父様なら、魔法によって全力で向かえば、たった数分しかかからないであろうその距離。
しかし、お兄様は消えて、私は、半身を失った。
長い時の中、失っていた身体を、長年恋焦がれた彼を、ようやく手にいれた半身を、
私はまた失ったのだ。
―兄さん、兄さん
「にいさん」
どこに行ってしまったのですか。また、私をおいて行くのですか。
いなくなった、彼の部屋で、誰にも使われていなかった枕を抱き締めて。
布団に、顔を埋もれさせる。
そんな、状態だから、扉をあける音に気がつかず、そして、聞こえていたとしてもどうでも良いことでもあった。
枕に顔を埋もれさせたまま、頬をはらはらと涙が伝い落ちる。
そんな私の、後ろまで来ると、彼女は私の事をぎゅっと抱き締めた。
私の、背中、私の見えないところで、迷子が親を探すかのように、私にすがりつくかのように、銀糸の少女が泣いていた。
「...ごめんなさい...」
許しをこうかのように、ここにはいない誰かに懺悔するかのように、私の背中でユノスが泣いていた。
其処には、いつもの無表情が成りをひそめ、ただただ、泣きじゃくる少女が一人。
「なぜ、なにに、なんで、謝るの...」
私の口からは、慰めの言葉など出はしないのに。
ただ、言葉にならない、意味のない文字の羅列だけが...。
私の心の発露が零れ落ちる。
「...わからない、でも、...いわないと、いわないと...」
何かに、せかされるようにでもと繰り返すユノス。
まるで、その言葉をいわなければ私までいなくなってしまうような、そんな、そんな必死さで泣きじゃくりながら、私を抱き締める力を強くする。
ユノスの必死さに、どこか冷めてしまった涙をぬぐいながら、今度は私がユノスを抱き締める。
「大丈夫、大丈夫だよ
ユノスは悪くない...だから、大丈夫だから」
根拠など、まるでない子供の言葉遊びにすらならない、ただ、単純なあやし言葉。
何度も、何度も繰り返しながら、噛み砕きながら、自分に言い聞かせるように、ユノスをあやし続ける。
大丈夫、だから。
貴方は悪くない。
だから...、
だから、強くなって、もっと、もっと強くなって。
どんな不条理にも勝てるくらい強くなって。
「兄さんを探しに行こう...」
それは、彼女に言った言葉だったのか、自分に言った言葉だったのか...。
彼女達の、表情にはすでに涙はなく。
どちらともなく、抱きあったまま、安らかな寝息をたて始めていた。
少女は兄を失って、すべての不条理に立ち向かう覚悟を決める。
少女は友を失って、始めてその大切さを未熟な心に刻んだ。
大いなる可能性を持って生まれながら、その倍ほどの枷を背負って生まれた少女と
強大な力を生まれながらに持ちながら、その未熟な心によって、その力を御せる意思を持たぬ少女。
いなは、まだ、己のいたらなさに泣きながらも、彼女達は少年を失ったことによって、その先を見る覚悟を決めた。
今は主人がいないベットで泣き腫らした顔で眠る二人の少女、
夜の帳が下りるなか。
満月だけが彼女達の姿を見守っていた...。
それは、少女達が少年を失った夜、どこかの森で魔王の牙が歓喜の叫びをあげた夜のお話。