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やさしい魔法使い

作者: notomo

「優しい魔法使い」

 みなさん、「へんゼンルとグレーテル」って、知ってるかな?お菓子のお家に迷い込んだ双子の兄妹が、その家に住む魔法使いに食べられそうになりました。しかし、二人で力を合わせて、魔法使いをやっつけました。めでたしめでたし。と言うお話です。今回登場する「魔法使い」も、やっつけられてしまうのでしょうか?

 ちよちゃんは五歳の女の子。ママと二人で暮らしています。でも、ママの「お友達」がきているとき、ちよちゃんはお外で待っているお約束なのです。そのお約束を守らないと、魔法使いに食べられてしまうのです。ちよちゃんも、少しの間通った保育園で、ヘンゼルとグレーテルのお話を聞いていました。そこに出てきた「魔法使い」は、確か女の人でしたが、ちよちゃんのお家には、ママには優しいけど、ちよちゃんをみると、暴れて、ちよちゃんを殴ったり蹴ったりする男の「魔法使い」がやってくるのです。

 ちよちゃんは、その「魔法使い」が恐ろしくてたまりませんでした。一度ひどい目にあってからは、雪が降って凍えそうな夜も、お月様がかくれんぼして、飲み込まれそうな真っ暗闇の夜も、お約束をしっかり守っていました。

 アパートの電気がつくと、ママの合図です。ちよちゃんは、大急ぎで、お家に入ります。すると、普段は滅多に食べられない、チョコレートや、キャンデーが、もらえるのです。「魔法使い」が、持ってきてくれるのだそうです。ママは、言います。

「ちよは、いい子だから、お菓子がもらえるの。でも、お約束を破ったら、わかってるわね?」

 ちよちゃんは、黙ってこくりとうなずきました。「魔法使い」が持ってくるお菓子は、なんだか、すごく甘くて、ちよちゃんを溶かしてしまいそうなほどでした。

 「おいしい。」

 と、ちよちゃんが笑うと、ママも笑ってくれるので、ちよちゃんもそのお菓子よりも、ママの笑顔のために、お約束を守っていました。

 今年も、寒い寒い冬がやってきました。ちよちゃんにとっては、辛い季節です。お外は寒すぎて、近くの公園の滑り台の中で、合図を待っていました。震えていると、ポンとかたをたたかれました。びっくりしてふりかえると、知らないおばあさんが立っていました。真っ黒いワンピースを着ています。絵本んいでてた魔法遣いにそっくり!ちよちゃんは、

「怖い魔法使いだ!」

 と思って、逃げようとしましたが、おばあさんにつかまってしまいました。その手は、とってもあたたかくって、ちよちゃんは、こわさと、今までの寒さで、気を失ってしまいました。

 ちよちゃんが目覚めると、そこは、あたたかいベッドの中でした。

 「目が覚めたかい?」

 「ここは、お菓子のお家?」

 ちよちゃんは、思わず、たずねました。

 「ざーんねん。ここは、ただのアパートさ。でも、お外よりあったかいでしょう。」

 ちよちゃんは、こくりとうなずきました。おばあさんは、いつもちよちゃんをみかけていたのですが、なかなか声がかけられなかったのです。でも、この夜の寒さの中、ほうっておくことができず、とうとうちよちゃんに声をかけたのでした。

 おばあさんは、優しい笑顔で、ちよちゃんに楽しいお話をたくさんしてくれました。そして、

 「こんなものしかないけど。」

 といって、手作りのべっこう飴を、くれました。やさしい甘さです。ちよちゃんは、そのお菓子を食べると、おなかの中が、ぽかぽかになったような感じでした。自分のおうちにやってくる「魔法使い」のお菓子とは、まったくちがうことが、小さいちよちゃんにもわかりました。

 楽しい時間でしたので、ちよちゃんは、ママの合図のことを忘れてしまっていました。

「おばあさん、ちよのことすき?ちよ、またここにきたいよ。」

 おばあさんは、

 「もちろんだよ、ゆびきりしよう。また、いっしょにたのしきおしゃべりしましょう。」

ちよちゃんとおばあさんは、ゆびきりげんまんをしました。そして、ちよちゃんは、おばあさんの腕の中で、すやすや眠ってしまったのです。

 翌朝目覚めたちよちゃんは、ママのことを思い出しました。

 「ママ、さみしがってるよ、泣いちゃって るかもしれない。」

 やっとうちに到着です。いきせききって、お家のチャイムをならすと、出てきたのは、なんと「 魔法使い」でした。ちよちゃんは、おそろしいのとびっくりしたので、声も出ません。

「だーれ?」

 ママの声です。ちよちゃんが、

 「ママ!」

 と叫びましたが、

 「あんた、昨日の合図みてなかったじゃないの。もう帰ってきやしないのかと思ってたのに。外に出てな。」

 「魔法使い」も、恐ろしい顔で

 「おめえは、いらねえんだってさ」

 と、ちよちゃんの頭を、なぐりつけました。

「ママ、ちよが悪かったよ。お外に出てるね」 

 また、合図出してくれるでしょう?』

 ちよちゃんが、泣きながらさけぶと、

 「昨日帰らずにすごせたじゃないか。そこでくらしな。」

 ちよちゃんは、目の前が真っ暗になりました。

 「ママが、こんなこと言うわけないよ。そうだよ、ママは、ちよのことが世界で一番好きだって、言ってくれたもの。そうだ、魔法使いが、ママに言わせてるんだ。」

 ちよちゃんはそう思って、目の前に立ちはだかる「魔法使い」が、よそ見をした瞬間、さっと後ろに回って、「魔法使い」を、階段からつきおとしました。酔っぱらいの「魔法使い」は、あたまから、真っ逆さまに落ちていきました。ものすごい音がしたので、ママが、パジャマ姿で、表に出てきました。

 「ママ、ちよ、魔法使いやっつけたよ。魔法使いのお菓子なんて、いらないよ。もっとおいしいお菓子が・・・」

 ちよちゃんは、さいごまで、ママに自分の気持ちを伝えることができませんでした。なぜなら、ママが、ちよちゃんを灰皿で殴りつけたからです。ちよちゃんは、ばったりと、たおれてしまいました。

 気がついたときには、病院にいました。ちよちゃんは、「魔法使い」を、やっつけたことしか覚えていません。頭がずきずきしましたが、それより、ママが心配です。

 「ママ、ママ。」

 とよぶと、ママの代わりにかんごしさんがやってきて、

 「しばらくママとは会えないのよ。すぐによくなるからね。」

 「どうして、ちよが約束破ったからなの、もう魔法使いはいないんだよ、どうして?」

 ちいさいちよちゃんには、自分が人を一人殺してしまったことも、ママが刑務所に入ったことも、わかるはずありません。

 それから、ちよちゃんのけがは、すぐによくなりましたが、ちよちゃんは、さみしさのあまり、ご飯が食べられなくなってしまいました。お医者さんも、かんごしさんも困り果てています。

 「ちよちゃん、いちばんすきなもの、なーに?」

 かんごしさんにきかれても、しばらくは何も言わなかったちよちゃんでしたが、あるとき、あの、あたたかいお菓子を思い出しました。

 「あめ・・・おばあちゃんの・・・。」

 かんごしさんは、

 「おばあちゃんはどこにらっしゃるのかしら?」

 と、たずねました。

 「ちよのお家の近くの、公園があるアパート・・・。「魔法使い」じゃないよ、あったかいの・・・。」

 それだけいうと、ちよちゃんは意識を失いました。頭を殴られたときの、血の固まりが、のこっていたのです。

 ちよちゃんは、手術を受けましたが、なかなか意識は戻りません。

 かんごしさんは、ちよちゃんのおうちの近くにあるアパートを、いっけんいっけんまわって、やっと、おばあさんをみつけることができました。

 事情を聞いたおばあさんは、すぐに病院に駆けつけました。もちろん、手作りのあめも持っていきました。

 病院に着くと、もともとちいさかったちよちゃんが、さらにやつれたようすで、横たわっていました。おばあさんは、ちよちゃんの手をやさしくにぎって、くりかえしました。

「また、お話しするおやくそくでしょう、ねえ、ちよちゃん。」

 ちよちゃんは、うっすらと、めをあけました。

 「おばあさん、おやくそく、まもってくれたのね。ちよのことが、好きなのね。」

 ちいさなこえでしたが、おばあさんには、はっきり聞こえました。

 「もちろん。ちよちゃんのこと、だいすきよ。ちよちゃんのだいすきなものも、持ってきたよ。」

 おばあさんは、なきながら、包みを広げました。ちよちゃんは、

 「あったかいあめ・・・」

 といって、その包みをおばあさんにもたせてもらいました。

 「ちよのことが好きな人がいるのね、あったかいね・・・。」

 それが、ちよちゃんの最後の言葉になりました。

 おばあさんは、泣き崩れました。最後の力で、「お約束」を守ったちよちゃん。

 それから、ちよちゃんは、ちいさなお墓に入りました。おばあさんは、ちよちゃんが二度と寒くないように、おなかもすかないように、暖かな毛布でお墓をくるみ、手作りのあめをお供えすることをかかしませんでした。ちよちゃんは、天国で、あたたかなぬくもりに、つつまれていることでしょう。

                 おわり


 子どもたちに贈る作品と同時に、子供たちを守るべき大人の方にも読んでいただけたなら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 作品を読ませていただきました。 テーマは重いですが、子供たちにも、そして実際に子供たちを虐待してしまう大人の方にも、本当に読んでいただきたいと思いました。
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