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好きな人の好きな人を、私は好きになれない

【4/25書籍発売】好きな人の好きな人を、私は好きになれない〜山より、愛を込めて〜

作者: 田山 白
掲載日:2026/04/23

https://ncode.syosetu.com/n6086lf/

↑本編「好きな人の好きな人を、私は好きになれない」がめでたく電子書籍として4/25に配信されることになりましたので、(ありがとうございます!)

番外編のジェニー兄視点のお話となります。これだけでも一応読めます。

※書籍の詳細情報は、ページ下部にありますので宜しければ!


「お兄ちゃん!山ってきれいなんだねえ!」


そう言って、初めて二人で山登りをした時に、大きく笑ったジェニーの顔が、ずっと続けばいいと思ったんだ。


◇◆


小さな頃から、大抵のことは苦がなくできた方だと思う。勉強も、運動も、人付き合いも。全く努力しなくてもできるとまでは言わないが、人よりは要領よくできることは確かだった。

自分が「人よりも優れている方」だと理解した上で、逆に数年、数十年後には大器晩成の人間に軽々抜かれる可能性だってあると理解できていた。だから、周りには卑下だと思われない程度の謙遜を見せる。それが一番賢い立ち回りだと思うから。


そんな俺の五歳下の妹、ジェニーは兄の俺が言うのも妙な話だが、俺とは違い「本物の天才」であった。

天真爛漫で屈託なく笑う無邪気さ。自然だらけの我が家の領地でのびのび育てられたジェニーは、しかし年を重ねるごとにその才能を徐々に開花させ、周りを驚愕させていく。運動能力も、勉強も、何もかもジェニーは人よりも突出していた。学習能力が異常に高く、一度手本を見せれば大抵のことはできるようになる上、記憶力が桁外れに良い。家族の欲目だと言えないほどに、ジェニーはその才能を各所で披露しては周りを驚愕させていった。

俺の才能のように、大器晩成の誰かにきっと抜かれるだろうと思わせないほどの爆発力。

かといって本人は、それを鼻にかけることもなく誰に対しても態度を変えず無邪気に笑うばかりだ。誰に対しても屈託のないジェニーは、領地でも、他の貴族の交流会の中でも慕われ、輪の中心にいる子だった。

才気煥発な妹――そんな妹に、俺は嫉妬をしたかというと否だった。

仮にジェニーが弟だったら、俺はもっと嫉妬していたのだろうかと考えたこともあるが、ありもしないたらればを考えるのは時間の無駄だ。それに……、仮に弟だったとしてもジェニーがジェニーである限り、きっと俺はジェニーを好きなままだったろう。

「おにいちゃん!」そう言って、貴族令嬢らしくもなく頬を泥で汚して、こちらに手を伸ばして好意を前面に押し出す笑顔を見て、悪意を持ち続けるのはきっと難しいことだから。


「ジェニー、お前は特別な子だ。お前はそれを鼻にかけることもないいい子ではあるけれど、でも自分が特別だという自覚はしなくてはいけない。じゃないと、誰かを傷つけてしまうかもしれないんだ」


そう言ったのは、ジェニーほどではないにしろ、「才能に恵まれた男」として妬み嫉みをぶつけられたことがある身の、精一杯のアドバイスでもあった。

ジェニーの素晴らしい才能が、他人と壁を感じる原因になることがありませんように。

そう願いを込めて、言い含めた。

それを聞くジェニーは、いつも分かっているのかいないのか、きょとんとした顔をしていたけれど。



――ジェニーが十一歳になった時だった。


その頃、頻繁に近隣の領地に住む一人の令息がジェニーの下へやってきていた。

俺の目から見てもあからさますぎる程、その令息はジェニーのことが好きで意識していた。


ジェニーはその好意に気づいていなかったが、一緒に遊ぶ仲間ができたと単純に嬉しそうで、来れば楽しく遊んでいた。このまま仲が進めばもしかしたら婚約の話までいくかもしれない、なんて親が話すのをどこか不思議な気持ちで聞いたものだ。まだこんなに小さくて、恋愛とは程遠そうなジェニーが婚約だなんて。

でも、ジェニーも貴族子女で、女の子なのだ。いつかはそういう未来もあるのだろうなと少しだけ寂しく思いながらも、俺は彼らの交流を遠目に見ていた。

あまり俺が首を突っ込むべきではないと思ったし、ジェニーも気持ちがはっきりしている子だから、もし嫌なことがあったら断る子だ。ジェニーが笑っている間は大丈夫。そう、単純に思っていた。

両親も同じ気持ちらしく、無理に令息とジェニーの距離を縮めようともしなかったが、止めることもなかった。ただ、関係性がはっきりしない内にあまり二人きりにさせるのもよくないと、誰かしらを同席させて遊ばせることが多かったが。


そしてそれが結果として、予想外な場面でジェニーの立場を救うことになる。



いつものようにジェニーと一緒に山へ遊びに行った令息は、いつもと違って泣き喚きながら帰ってきた。引きずるような片足は膝に怪我をしており、帰ってきてからすぐに手当てされ今は真っ白な包帯が巻かれている。

ある程度令息が落ち着いてから、何があったんだと両家の親が事情を聴いたところ、ジェニーが崖登りを始めたところ、令息もジェニーの真似をして登り始め、ある程度の高さで落ちてしまったらしい。

ジェニーが無茶をやるのはいつものことで、しかしジェニーは怪我をすることもなくするするできてしまうから、皆強くも止めてはいなかった。それゆえに起こってしまった事故。

ジェニーは上まで登り切ったらしいが、身軽で山に慣れているジェニーができることが、令息の彼にできるとは限らない。

危ないことをしたこともだが、他人が真似したくなる上に怪我をするようなことをしてはいけない、と母がジェニーを叱る。ジェニーはそれにしゅんとして反省し、令息に謝ろうとした時。


「ジェニーが俺ならできるって無理やりやらせたんだ!」


そう、顔を真っ赤にさせて、令息が叫ぶ。

対面するジェニーは顔を強張らせて固まっていた。大きな目は見開かれている。

これには、俺も、両親も言葉を失った。

最低でも、家族から見たジェニーはそんなことを言う子ではない。しかし、令息がそう言ったことで、彼の両親は目に怒りを灯してジェニーを見た。

そして、ジェニーを厳しく詰める。そもそもそんなことを率先してやる子女なんて、だとか、どういう教育をしているんだ、だとか。

母たちはただ彼ら言葉に耐える。

しかし、母たちは彼らの怒りの合間に、なんとか角を立てないように気を付けながらも「ジェニーが本当にそんなことを言ったのか」それを聞こうとしていたと思う。

ジェニーの様子から、そんなことは言っていないのではないかと母たちも思ったのだろう。

しかし、彼らの怒りは止まらない。更にその物言いがきつくなって、呆然とするジェニーを捉えた時――


「違うよ、ジェニーはそんなこと言ってない。止めてたよ。ただそいつが、ジェニーにできることなら自分にもできるってやり始めたんだ。常人じゃ無理だって、俺は言ったんだけどね」


軽い調子で、けれど冷えた目で令息を見つめたのは、遠縁の親戚であるクロードくんだった。ちなみに俺は絶対に自分じゃ無理だと思ったからやってはいない、と付け足すように言う。


「……ジェニーも、あまりにもそいつができるできるっていうんで、最後には登り方とか教えようとしてたんだけどね。ぜーんぶ意地張って無視して、勝手に怪我したんだよ。それで怪我したって泣き喚いて、責任をジェニーに押しつけるのは、流石に酷いだろ」


クロードくんは最後、睨みつけるように令息を見る。令息は、肩を揺らして青い顔で黙り込んだ。それが、彼が言ったことが嘘だと証明する。

ジェニーは、ずっと黙ったまま下を向いていた。

嫌な沈黙が場を満たす。


両親がそっと息をついてから、「ジェニー、それでも、あなたの行動が怪我のきっかけになったことは確かだわ。少し反省していなさい」と退出を促す。ジェニーは抑揚のない声で謝罪をして、それから肩を落として退出していく。

ジェニーが去って扉が閉まった後、部屋には何とも後味の悪い空気が残る。

それでも、両親は「ジェニーの行動が起因して起きた事故」としてしっかりと相手に謝罪する。

令息側は気まずそうな顔をしながらもこれを受け取った。そして帰り際に絞り出すように「一方的に息子の発言を信じて、ジェニー嬢を責めすぎた」と最後にはあちら側からも謝罪をもらった。令息自身は、ずっと唇を噛み締め、最後まで何も言わなかったけれど。


彼らが帰った後、両親が改めてクロードくんに礼を言う。クロードくんは「全然。俺もあいつの行動、止められなかったのが悪かったですし」と言って、苦笑いしながら肩を竦めた。クロードくんもなんでもそつなくはこなすが、俺と同様に要領がいいタイプで、人との衝突も少ない。

そんな彼は、ジェニーが消えた先のドアを眺めて、少し顔を顰めながら重い息をついた。


「俺はジェニーのすることについていけないってことも多いけど、一緒にいて楽しいです。自分の行動の責任は、自分で取るべきだとも思う。……だから、ジェニーには今回のことは蜂にでも刺されたんだと思って、あんまり気にしないようにって言っておいてください」



それから数日後、くだんの令息が我が家にまた来た。

咄嗟にジェニーを責めるような嘘をついたことをジェニーに謝りたいこと。あの言葉は、ジェニーが軽々できたことで自分が怪我をしたのが悔しくてつい口を衝いて出てしまった勢いの言葉だったんだと、俺に言う。

俺の両親に言うのは恐いのだろう。そして、ジェニーはいつものように山へ出かけてしまっていたから俺にとりつぐように言っているのだ。俺は少し考えてから、令息をまっすぐ見返した。


「……ジェニーは、いつも通り山に行っている」

「だから……呼んでほしくて」


ちらりと彼の膝を見る。もう完治しているようで、包帯もなにもしていなかった。足も引きずるようなことはない。

山に登るのには、問題ないはずだ。


「君が怪我したことは、両親が謝った通り、ジェニーの責任もあったんだろう。昔から言っていたんだ、あの子には。自分ができているからと過信してはいけない。きちんと自分の才能を理解しないと、きっとどこかで痛い目を見ると」


ジェニーにその気がなくとも、自分ができるからとひけらかすように崖登りなんてするべきではなかった。少なくとも、ジェニーが崖登りなんてしなかったら令息が怪我しなかったことは確かだ。

そして、令息が咄嗟に嘘をついてジェニーを責めた未熟さも一応の理解はできる。悪意はきっとなかった。ただ、いろいろな悔しさが入り混じって、彼はああ言ってしまった。


「君の言葉は、きっとジェニーの成長という意味では必要な言葉だったんだろう」


いつか、きっとこんなことが起こるだろうと思っていた。手を強く握る。


「でも兄として、俺は個人的に君を許せない」

「……え、」

「自分から山に行き、ジェニーに向き合うことができないというなら、俺が君をジェニーに会わせる手助けをする道理なんてない」


そうはっきりと言えば、令息の顔が白くなる。


ジェニーにも悪いところがあった。けれど、ジェニーは一度も責任を逃れるようなことを言い訳はしていない。両親の言葉を聞き、俺の叱りつけるような目にも逃げなかった。彼にも、彼の両親にも自分の軽率な行動が引き起こしたことだと頭を下げている。

けれど、嘘をついた令息はそうじゃない。

嘘だと告げたクロードくんを咄嗟に睨みつけ、自分の両親に縋るように目を向けた。見抜かれた嘘に羞恥で顔を歪めながらも、その場で嘘を謝りもしなかった。

今だって、ジェニーにだけ謝れば済むと思っている。俺たちの両親には説明もせず、ただ恐いから向き合いたくないと。

ジェニーさえ彼のあの嘘を許せば、俺の両親たちもそのうち発言を水に流すだろうと思い込んでるのだ。

貴族であるのに、責任感が薄すぎる。


令息と俺は、そのあと数秒見つめ合い、結局目を逸らしたのは彼の方だ。

彼が壊した関係なのに、被害者の顔をして去っていく。俺は大きく息をついた。

結局、ジェニーに会いに行くことを誰に禁止されたわけでもないのに、自分一人ではどうにかしようともしなかった彼は、もう二度と俺たちの領地に来ることはなかった。




それが、おそらくジェニーの中では決定的な出来事だったが、その後も細々とジェニーの才能に対しての事件は重なった。競技選手として取り組んでいた子よりも、ジェニーが少し齧った程度で技術を抜いてしまっただとか。同じ授業を受けてもジェニーは満点を取り続けるあまり、他の生徒のモチベーションが下がっていくだとか。そんなことが大なり小なり、積み重なっていく。妬み嫉みは怒りや悲しみとなって相手を焼き、そしてジェニーに向かって行った。

ジェニーはやがて、自分からは決して人のいる方に向かわなくなった。


ジェニーはどこかと使用人に聞けば、その日も裏山に向かっていると言われ、俺は久々に山を登る。

小高い山だ。けれど、決して危ない山ではない、慣れ親しんだ山。

昔はジェニーと頻繁に登っていたが、最近は勉強だなんだで、登らなくなった山。

けれどよく登った道順も、ジェニーの気に入りの場所も何一つ忘れてはいない。

登る足に淀みはなかったし、予想通りジェニーがいる場所にはすぐ辿り着いた。山頂前の、拓けた草原。そこは色とりどりの野花が咲き誇っていて、ジェニーがよく寝転がってはしゃぐ場所だった。


「久しぶりに来たが、ここは変わらないな」


俺が来たことに、ジェニーは意外そうに目を丸くした。

けれど、すぐに嬉しそうに笑って、俺に駆けてくる。その髪に草が絡まっていて、本当に昔から変わらないお転婆さに思わず顔がほころんだ。


壁を作って、孤独を選ぶジェニー。

山に来て、自然の中で一人佇んで、花をめでて動物を見つけ、はしゃぎ、遊ぶ。それは以前と変わらないジェニーの姿。でも彼女はもう、山に誰かとくるのはやめてしまった。

独りぼっちでここにいる。

――独りぼっちになるために、ここにいる、かもしれない。


「ジェニー、俺はもう少ししたら留学するんだ」

「ああ、……うん、聞いた。寂しくなるなあ」


ジェニーは少し目線を落として、本当に寂しそうに笑う。

俺たちの領地は本当に田舎で、あまり観光などで人が来るようなところでもない。豊かな自然で、安定した暮らしはあるが、それだけだ。外の世界には、自分から足を踏み出さないと見ることができない。

ジェニーが今、深く交流があるのは俺が知る限り、クロードくんくらいのもの。けれどそれだって、年に数回会う程度の付き合いだ。

ジェニーの世界は、閉じられている。

俺は息をそっと吐いた。


「お前も、その間王立学園で学んでこい」


その言葉に、ジェニーは目を瞬いた。それから、苦笑する。諦めたような笑顔だった。

ジェニーの好奇心はその才能に直結している。ジェニーは体を動かすことも、新しい知識を蓄えることも好きだ。ここ最近は人と関わらず、独学のようにそれらを磨いていた。領地を出て学び舎に行こうとする気もないジェニーを心配する両親が、せめてもと家庭教師の手配だけはしていたが、その程度だ。

しかし却ってそれがよかったのか、ジェニーの才能は燻られることなく磨かれ続けた。だが、世界とは相変わらず断絶されたまま。

比べられる場がなくなれば、ジェニーの行動を真似して失敗する輩も、ジェニーの才能に傷つく人間も生まれやしないから。


「ええ?いいよ私は。この領地でさ、のんびりしてく。貴族子女とかそういうの、多分向いてないんだよ」

「ジェニー、駄目だ。お前は本当にすごい奴なんだから、たくさんのことを学んで、たくさんのやつと関わる価値がある。……お前は、一人でいるべきような奴じゃない」


そういえば、ジェニーの目が揺れた。


「別に……家族がいるから、一人じゃないもん」

「そうだな。俺たち家族はみんなジェニーが大好きで、ずっと味方だ」


それにはきっぱりと肯定をする。

ジェニーの柔らかい髪を、数年ぶりに撫でると、ジェニーは少し不安そうに俺を見上げた。なるべく、それに優しく見えるように笑い返す。

俺はもうすぐ隣国へ行く。その間、ジェニーが今のままでいるのだけは嫌だった。


「やってみて、合わなかったっていうならそれでいい。ただ、人と関わる前から諦めるな。俺たちのほかにも、お前を好きになってくれる人は絶対にいる。お前の才能を認めて、その上で隣にいてくれる人が、絶対にいる」


ジェニーが傷ついたのは、自分が他人に怪我をさせたことなんだ。


昔の忠告は、お前に人と壁を作れと言いたかったわけじゃなかった。でもそれを理解した上で、お前は他人と一線引いて、壁を作ってしまったことも分かる。

優しい子なんだ。本当に。

誰が何と言おうと、お前は俺の自慢の妹だ。だからこそ、お前の優しさや真っすぐさは、いつかきちんと届く。報われるべきなんだ。


「王立学園に行ったら、いろんな人間がいる。ここじゃ得られない知識が学べる。……ついでに、似合わないって言った貴族子女もやって、少しは淑女らしくなってみろ」


家族以外にもきっとジェニーなら居場所を見つけられるはずだ。

万が一、立ち向かっても駄目だったなら、そうしたら――この領地だけででもお前が笑顔になれるようにきちんと俺が尽力してやるから。

だからまだ、諦めないでほしい。俺の優しくて自慢の妹は、逞しくて、強いから。だからもう一度、信じて自分から飛び込みに行ってほしい。


最後、背を軽く叩いてやれば、ジェニーはおずおずと顔を上げる。

その顔は不安そうで、少しそれに胸が痛んだけれど。


ジェニーがそっと、木の隙間から見える夕日に目を向けた。赤く、しかし柔らかい光が辺りを優しく包み、ジェニーの顔の輪郭を淡く縁どる。赤と青が溶ける光に瞳が陰り、けれど同時にきらきらと光らせもする。黄昏時の、曖昧さ。

二人で沈黙していると、やがてジェニーがぽつりと呟いた。


「王都にも何か、こんなに綺麗なものがあるのかなあ」


そう心細そうに言ったジェニーの横顔が、夕日だけが優しく照らしてくれていた。



◆◇


「今度、プリシア様と山登りに行ってピクニックするの!」

「あの子が?あまり……アクティブなイメージもないが」

「大丈夫!私、ちゃんとプリシア様の手を引いていく!怪我の一つもさせないんだから!」


むん、と手を握るジェニーに少し苦笑する。

それを隠すように持っていたティーカップを口に持っていく。

ジェニーは、ずっと楽しそうに喋っていた。その表情も喋りも、とても淑女らしくはないけれど、唯一――仕草だけは洗練されて綺麗になっていた。

ジェニーが進学のために王都に来て一年。

妹は大丈夫だろうかと常に不安に思っていた俺の不安を吹き飛ばすように、ジェニーは力強く芽吹いている。


「プリシア様もね、楽しみだって言ってくれたんだよ」


茶会を開けば、大体は妹の親友だというプリシア嬢のことばかりだ。

彼女はあまりにも妹とは毛色が違う。まさに「貴族淑女の鑑」というような少女だ。

ジェニーへしばしば呆れたような目線を向けながらも、容赦なくマナーを指摘し、それでいて最終的には仕方なさそうに笑って隣に立ってくれている。

まさに破天荒なジェニーらしく、初めての親友のタイプとしては意外性に満ちたものだったけれど、彼女のおかげでジェニーは少しだけマナーも良くなり淑女としての立ち回りもできるようになってきていた。

いい影響、いい関係だと思う。

まして、ジェニーのために山にも登ってくれるというならば。


プリシア嬢とあんな経験をした、あんなものを食べた、こんな素敵なものを見た――茶会をするたびにジェニーはよく変わる表情でずっと楽しそうに俺に報告してくれる。たまに茶会には、彼女と一緒に食べたという茶菓子も出てきて、それを見るとジェニーは本当に嬉しそうに笑う。彼女の世界が、ジェニーは好きなのだ。


「プリシア様はねえ、綺麗で強くて……憧れなんだぁ!」


その顔が、あの日山に登って夕日を見てはしゃいで見せた、陰りのないもので、懐かしさに思わず泣きたくなった。

でも俺は兄だから。

ジェニーの前で泣くことはできない。だから、その頭をそっと撫でるだけに留めて、笑ってやる。


ただ一人、夕日を見て自然の美しさに心を委ね、誰も恨まず、孤独を受け入れたあの日のジェニーに言ってやりたい。

お前の努力は、無駄じゃなかったんだ。

お前は、今も未来も俺の自慢の妹なんだ。と。



end.

ちなみにジェニーの中で、事故で人に怪我させてしまうことは罪悪感があるけれど、ケンカで相手をぶちのめすことは全く罪悪感はありません。敵は追い払わなければいけないという。

山猿には山猿の理がある。(そして兄にものすごく叱られます)

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


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書籍版では6万文字超へと大幅加筆しております。
ジェニーとプリシアが少しずつ距離を縮めていく過程や、その後の書き下ろしエピソードを3編収録しました。
・ジェニーを追いかけ、何故か山登りをする流れになるプリシア(と、山でハッスルし○○までし出すジェニー)
・ジェニー視点のプリシアの話
・そして実は重い感情を持ち続けていた男、クロード視点の話

全体的に“ジェニー盛り沢山”な一冊となっております。
青春を明るく謳歌しながらも、それぞれの想いや立場を大切にする三人の関係性を、楽しんでいただけましたら嬉しいです。
ご興味をお持ちいただけましたら、ぜひお手に取っていただけますと幸いです。

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4/25~コミックシーモア※シーモア限定SS付き
5/15〜 Amazon / 楽天 / 他順次配信。
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