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「その黄色いゴミ箱を持って消えろ」と100均卵料理グッズを見下して追放した王国が、一年後に俺を呼び戻すまでの話  作者: 藍帽


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6/12

黄金のソースと、海老の棒

 ヴェルクの街に四日滞在した。卵ホルダーの量産について細かい指定を伝える必要があったからだ。街を出ると、道が下り坂になり、潮の匂いがしてきた。


 街道沿いの港町。シュウとエルナが宿を探していると、広場の中心で怒鳴り声が聞こえた。


「だから言っているだろう! うちのギルドに通さず海老を売るな!!」


 どすの利いた声の主は、肩幅の広い六十がらみの男、冒険者ギルド長モルガン。周囲の漁師たちがすくみ上がる中、一人の老漁師だけが真っ向から言い返していた。


「こっちは新鮮な海老を適正な値で売っとるだけじゃ! あんたのところを通したら手数料で半分持っていかれる!」


「それがギルドのルールだ!!」


 エルナがシュウの袖を引いた。「……関わらない方がよくないですか?」


「そうですね」


 シュウは二秒考えて、広場に進み出た。


「……関わるんですのね」


「新鮮な海老があるようなので」


 それを聞いたエルナは微笑んで、シュウの後を追った。


 自分では気づいてないかもしれない。でもわかる、この人はこういうトラブルを放っておけない人なのだ。


---


 モルガンがシュウを睨んだ。「なんだ、あんたは」


「通りすがりです。せっかく新鮮な海老があるので、料理をさせてもらえませんか。ギルド長にも食べてもらいたい」


「あ? 俺に食わせる?」モルガンが鼻で笑った。「いいだろう、見せてもらおうか。どうせ塩茹でか焼いただけだろうが」


「違います」


 シュウは鞄から二つの道具を取り出した。


---


 一つ目は、白い本体に金属の泡立て器がついた小ぶりな道具。持ち手の部分に小さな突起があり、それを押すと泡立て器が高速で回転する仕組みだ。【電動ハンドミキサー・150】。


「……それは何をするものだ」とモルガンが言った。


「乳化させます」


「……は?」


 シュウは器に卵黄を一つ落とし、塩と酢をひとつまみ。そこに油を、糸のように細く、少しずつ垂らしながら、ミキサーを回した。


 器の中で、透明だった油が少しずつ、黄色い卵黄の中に吸い込まれていく。みるみるうちに、二つの液体が一つの、クリーム色のなめらかなソースへと変貌していった。


「……な」モルガンが目を細めた。「油と卵が……混ざっている? 分離しないのか?」


「乳化といいます。卵黄の成分が油と水を繋ぎ止める。これが『マヨネーズ』です」


 シュウはそのソースをひと匙、モルガンに差し出した。


 モルガンは舐めた。


 一秒後、眉間の皺が消えた。


「…………なんだこれ」


「卵と油と塩と酢です」


「そんな材料で……なんでこんなに……濃くて、まろやかで……舌に絡みついて離れない……っ」


 モルガンがたまらず、匙をマヨネーズの器に伸ばした。シュウがそれを遮り、そっと皿を遠ざけた。


「まだ続きがあります」


---


 二つ目は、透明な蓋つきの円筒形容器。上部にハンドルが付いており、引くたびに内部の刃が回転する。【ハンドル野菜チョッパー】。


 シュウはゆで卵を二つ、玉ねぎ、ピクルスを容器に入れ、ハンドルを五回引いた。


 それだけだった。


「……え?」エルナが覗き込んだ。「もう……終わりですの?」


 容器の中を見たエルナの目が丸くなった。そこには均一な大きさに刻まれた具材があった。


 シュウはそれをボウルに移し、先ほどのマヨネーズと混ぜ合わせる。そこに黄色と白の斑模様のソースが現れた。


「これが【タルタルソース】です」


「たるたる……?」


「マヨネーズをベースに、具材を加えたものです。先ほどのマヨネーズはこちらを作るための素材です」


 シュウが揚げ油を用意し始めた。老漁師から分けてもらった大ぶりの海老の殻を剥き、背ワタを取り、小麦粉・卵・パン粉の順に丁寧にまとわせる。熱した油に、そっと滑らせた。


 ジュワアアアアッ。


 激しい泡とともに、海老が黄金色に染まっていく。香ばしい油の香りが広場に広がった。


 揚げ物の熱と匂いの中で、シュウは無言で次の一本を油に沈めた。誰かのために料理をするということを、王宮でも一度そういう夜があったと、ふと思い出した。その記憶を、意識的に追わないようにはしていた。


 モルガンの鼻がひくりと動いた。


 揚げ上がった海老を皿に並べ、タルタルソースをたっぷりと添えた。


「どうぞ、食べてみてください」


---


 モルガンが海老を一本手に取った。サクッと齧った瞬間、衣が砕ける音が広場に響いた。中から、ぷりぷりした海老の身が、じわりと甘い蒸気を吐き出した。


「……っ」


 そこにタルタルを付けて、もう一口。


 モルガンの動きが、止まった。


「…………」


 マヨネーズのコクが海老の甘みを包み込み、ゆで卵の柔らかさとピクルスの酸味が舌の上で踊る。衣のサクサクとソースのなめらかさが交互に押し寄せ、噛むたびに口の中で新しい味が生まれていく。


「……っ、な、なんなんだこれは……っ!! 海老がっ……海老がこんなに美味くなるのか……っ!! このソースさえあれば……このソースさえあれば何でも美味くなるんじゃないか……っ!!」


 モルガンの手が震えていた。二本目に伸びた。反対の手を三本目にも伸ばした。


 エルナも隣でタルタルを付けた海老を一本齧り、目を見開いた。


「……っ! サクサクの衣の中から、海老の甘みが……! そこにこのソースの濃厚さが……ッ、シュウ様、これ、止まりませんわ……っ!!」


「分かります」


「分かるんですのね!?」


 広場中に揚げ物の香りが漂い、いつの間にか人だかりができていた。老漁師もいつの間にか海老を齧っていた。


---


 気がつけば皿が空だった。


 モルガンが額に手を当て、長い息を吐いた。


「……あんた、この『たるたる』とやらを、どこで覚えた」


「知識として持っていました」


「この国にはない料理だ……」モルガンが老漁師を見た。目の色が、さっきとまるで違った。「……ギルドを通せとは言わん。ただ、また来たらうちで飯を食え。材料は全部出す」


「海老は老漁師から直接買います」


「……それでいい」


 モルガンは老漁師の方を向いて、しばらく黙っていた。それから「……手数料、考え直す」とだけ言って、腕を組んだ。老漁師が納得顔になり、周りの皆もほっとした顔つきになった。


 その時だった。人だかりの中から、十七、八の娘が一人、おずおずと前に出てきた。モルガンの姪のリナだ。上目遣いでシュウを見て、頬を赤らめながら言った。


「あの……さっきの料理、教えていただけませんか。マヨネーズ、でしたっけ。作り方が知りたくて」


 シュウが答えようとした、その瞬間だった。


 エルナがすっと、二人の間に入った。


 笑顔だった。柔らかい、穏やかな笑顔。だが一歩も引かない笑顔だった。


「シュウ様は今日はもう疲れていますの。作り方はとても複雑ですし、見よう見まねで作るのは難しいですわ。またの機会に」


「あ……は、はい。すみません」


 リナが少し後ずさった。その時、エルナの聖女服に目が留まった。


「あの……もしかして、聖女様、ですか?」


「元、ですわ」エルナがにっこりした。「今は旅人です」


 リナが「は、はあ……」と困惑した顔で下がっていった。


 エルナはシュウの隣に戻り、何事もなかったように前を向いた。


「……さ、行きましょうか、シュウ様」


「……教えるのは問題ないのですが」


「いいえ、シュウ様はお疲れですわ」


 そのやりとりを、腕を組んだまま見ていたモルガンが、低く喉を鳴らした。ニヤリ、という表現がぴったりの顔だった。


 モルガンはシュウの肩をどんと叩いた。


「……いい連れを持ったな」


「え?」


「なんでもねえ」


 モルガンはそれだけ言って、執務室に戻っていった。


 エルナがシュウに小声で言った。「シュウ様……タルタルで漁師とモルガン様を仲裁しましたわね」


「道具が役に立ってよかったです。この国に、100円の本当の価値を広めるのもいいかもしれません」


---


 同じ頃、王宮の謁見の間では、港湾大臣が王の前に一瓶を差し出していた。


 クリーム色の、なめらかなソースだった。


「港町の旅人が広めている、新しい調味料だそうでございます。卵の黄身と油を合わせたもので。大臣を通じて取り寄せました」


 王が匙で口にした。顔が、ほころんだ。「……これは美味い。濃厚だが、しつこくない。何にでも合いそうだ」


 それから、王はゆっくり料理長の方へ顔を向けた。


「ガストフ。王宮の料理長が、なぜこのようなものを作れないのか」


 ガストフは一秒だけ間を置いた。「……明日には必ずご用意します」


 頭を下げてはいたが、その顔は悔しさにまみれていた。


 謁見の間を退いた夜、ガストフは一人で厨房に入った。卵黄と油と酢。材料は分かっている。混ぜればいい。それだけのはずだ。棒でかき混ぜた。油が浮いた。また混ぜた。また浮いた。一刻後、卵黄と油が分離したままの液体が器の中にあった。ガストフはそれを流しに捨てた。翌朝、王にはもう一日待つよう告げた。


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