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群青の残り火、琥珀の静寂

 

 文化祭での「星輝愛」の独唱は、小さな漁村に静かな、けれど確かな波紋を広げた。

 地元紙に掲載された『名曲が繋ぐ、孤独な少女の再生』という小さな記事がきっかけで、喫茶店「潮騒」には、かつてないほど穏やかな客足が戻っていた。祖母は、カウンターの奥で少しだけ誇らしげに、けれどいつも通り黙々と珈琲を淹れている。

 私はといえば、学校で完全に孤立することはなくなった。けれど、取り戻した「声」を無駄に使い果たすようなことはしなかった。大切な言葉だけを、大切な人にだけ届ける。それは、一年という長い沈黙が私に教えてくれた、自分を守るための作法だった。

 放課後、店内で流れていたのは吉田拓郎の『結婚しようよ』だった。


「……僕の髪が、肩まで伸びて……」


 かつての熱狂的な情熱ではなく、穏やかな日常への憧れを歌うその曲を聴きながら、私はテーブルを拭いていた。

 カウベルが鳴り、海斗が入ってくる。彼の表情は、文化祭の日よりもどこかかげりを含んでいるように見えた。


「……潮騒も、これで安泰だな」


 海斗は窓際の席に座り、運ばれてきた琥珀色の珈琲を見つめた。

 親戚たちも、これだけ客が戻り、話題になった店を潰すわけにはいかなくなったらしい。けれど、海斗の手は、あの日海で檸檬を投げた時と同じように、微かに震えていた。


「星輝愛。……俺、決めたんだ。春になったら、この街を出て、船のエンジニアの学校に行く」


 私は、拭いていた手を止めた。

 海斗は、海を恐れていたはずだった。弟を救えなかったあの日から、彼は波の音を聴くだけで呼吸を乱していた。その彼が、再び海と向き合う場所へ行こうとしている。


「……怖く、ないの?」


 私は、掠れた声でようやくそれだけを問いかけた。

 海斗は、中島みゆきの『ファイト!』を口ずさむような、悲しくて強い微笑みを浮かべた。


「怖いよ。今だって、逃げ出したい。でもさ、お前が自分の名前を叫んだ時、俺、思ったんだ。……俺も、自分の名前に、海斗っていう名前に勝ちたいんだって」



 その夜、私たちは閉店後の店内で、最後の一枚になったレコードに針を落とした。

 森田童子の『さよならぼくのともだち』。


「窓の外は、もう朝だね……」


 囁くような、けれど胸の奥を抉るような孤独の調べ。私たちは、いつか訪れる「卒業」という名の別れを予感しながら、暗闇の中で肩を並べて音楽に耳を澄ませた。

 家族を失い、声を失った私を、海辺の古い喫茶店と、フォークソングと、そして海斗が繋ぎ止めてくれた。けれど、いつまでもこの琥珀色の静寂の中に閉じこもっているわけにはいかない。

 海斗が海を克服しようとするなら、私は、このキラキラした名前を背負って、東京に戻り、自分の足で歩き出す準備をしなければならない。

 窓の外、冬の星座が瞬く海は、あの日よりも少しだけ、穏やかな群青色に見えた。

 私は海斗の手を握り、心の中で、まだ名もなき新しい歌を口ずさんだ。

「潮騒」を吹き抜ける風が、かすかに春の匂いを運んできていた。


この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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