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夏への葬列と、小さな奇跡


 梅雨の終わりのある朝、日常を支えていた細い糸が、あっけなく断ち切られた。

 厨房で朝の仕込みをしていた祖母が、乾いた音を立てて倒れたのだ。救急車の赤色灯が、灰色の海辺の街を切り裂いていく。私は、真っ白な病院の待合室で、自分の指先を真っ赤になるまで握りしめていた。

 診断は過労による心不全。命に別状はないが、しばらくの入院と絶対の安静が必要だという。


「店、休むかい……」


 ベッドの上で弱々しく笑う祖母の姿に、私は首を横に振った。

 もし「潮騒」の扉を閉ざしてしまったら、私の世界は再び、あの事故の夜のような無音の闇に飲み込まれてしまう。それだけは、耐えられなかった。

 私は一人で店に戻り、重いシャッターを上げた。

 誰もいない店内に、潮の匂いと古い埃の匂いが澱んでいる。私はカウンターの奥へ入り、祖母がいつもしていたように、レコードプレーヤーの蓋を開けた。

 震える指先で針を落とす。スピーカーが小さく咳き込み、流れてきたのは五輪真弓の『恋人よ』だった。


「枯葉散る夕暮れは、来る日の寒さをものがたり……」


 一人で店を守る不安と、家族の不在を突きつけるような悲しい旋律。私はその音に縋るように、ぎこちない手つきで珈琲豆を挽き始めた。




 開店して二時間、客は誰も来なかった。

 代わりにやってきたのは、同じ制服を着た三人の女子生徒だった。中心にいるのは、以前廊下で私を嘲笑ったリーダー格の少女だ。彼女たちは、物珍しそうに店内を見回し、カウンターに並んだ。


「へえ、本当にやってるんだ。星輝愛ちゃん、一人でマスターのつもり?」


「……」


 私は言葉を返さず、黙ってメニューを指差した。彼女たちは顔を見合わせ、クスクスと肩を揺らす。


「喋れないんじゃなくて、喋りたくないだけでしょ? 海斗くんとは仲良くしてるくせに。彼、あんたの不気味なところに同情してるだけだよ」


 心の中に、冷たい針が刺さる。海斗との時間は、私がこの街で見つけた唯一の聖域だった。それを土足で踏み荒らされる屈辱に、視界が滲む。

 彼女たちは注文もせず、カウンター越しに私を嘲る言葉を投げ続けた。その時、入り口のカウベルが、これまでで一番大きく、澄んだ音を立てて鳴った。


「そこ、邪魔なんだけど。退いてくれるかな」


 入ってきたのは、雨に濡れた髪を拭いもせず、鋭い視線を向けた海斗だった。




 女子生徒たちは、海斗の剣幕に気圧されたように、舌打ちを残して店を出て行った。

 再び訪れた静寂。レコードはいつの間にか終わり、回転盤が空虚なノイズを刻んでいた。

 私は、握りしめていた布巾が震えているのを隠せなかった。海斗はカウンター越しに私の手を、包み込むように握った。


「……大丈夫だ。あいつらの言うことなんて、聴かなくていい」


 私はゆっくりと、彼の視線を捉えた。そして、カウンターの隅にある黒板に、チョークで震える文字を書いた。


『海斗、歌を。さっきの、聴きたい』


 海斗は少し驚いた顔をしたが、すぐに優しく頷いた。彼はレコードの棚から、一枚の古いLPを取り出した。オフコースの『秋の気配』。


「僕のゆく所へ、君はついて来られない……」


 澄んだ歌声が店を満たしていく。私は、海斗が淹れてくれた不格好なミルクティーを飲みながら、初めて自分からレコードの針を落とせた自分に、小さな驚きを感じていた。

 祖母のいない店を守る。それは、私が「生き残ってしまった自分」を許すための、最初の戦いなのかもしれない。

 「潮騒」の外では、夏の気配を孕んだ風が、群青の海を波立たせ始めていた。

 私は海斗の隣で、止まっていた時計の針が、一秒だけ、確かに進む音を聴いた。


この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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