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『神田川』の雨と、秘密の場所


 その夜、祖母が寝静まった離れで、私は海斗から借りたカセットプレイヤーにイヤホンを差し込んだ。

 再生ボタンを押すと、重苦しい回転音の後に、かぐや姫の『神田川』が流れ始めた。

 バイオリンの哀切なイントロが、部屋の湿った空気を切り裂く。


「若かったあの頃、何も怖くなかった……」


 その歌詞が耳に飛び込んできた瞬間、私は膝を抱え、闇の中で激しく嗚咽した。

 あの日までの私も、何も怖くなかった。

 星輝愛という名前のように、自分は永遠に光の中にいられるのだと信じて疑わなかっ

た。家族で囲んだ夕食の湯気、弟と競い合って食べたデザート、父の大きな笑い声。

 それら全てを、私は当然の権利のように享受していた。

 けれど、今の私には、横にいるはずの人たちの体温を感じることさえ許されない。


「貴方のやさしさが、怖かった……」


 歌声が私の絶望を代弁するように響く。

 海斗がくれた優しさが、今は何よりも痛い。

 一人で生き残った私に、誰かと心を通わせる資格などあるはずがないのに。

 私はイヤホンを外すこともできず、テープが回り切るまで、静まり返った漁村の夜に

独り、取り残されていた。




 翌日は、朝から重い雨が降っていた。

 学校の廊下を歩く私の耳には、周囲の喧騒を遮るように、昨夜のフォークソングの旋

律がこびりついている。


「おい、星輝愛。また無視かよ」


 すれ違いざま、クラスの男子が投げつけた言葉も、今の私には遠い異国の雑音のよう

だった。私はふと、昇降口で雨空を見つめていた海斗の姿を見つけた。

 彼は私に気づくと、黙って顎で外を指した。

 私たちは示し合わせたわけでもなく、そのまま授業を抜け出し、雨の降りしきる海岸

線へと向かった。

 海斗が案内してくれたのは、崖の下にある、波に削り取られた小さな洞窟だった。

 そこには、誰かが持ち込んだ古い毛布と、電池式のラジオが置かれていた。


「ここは、親父にも内緒の場所なんだ」


 海斗は、入り口で激しく打ちつける波を見つめながら、ぽつりと呟いた。


「俺さ。十歳の時に、海で弟を亡くしてるんだ。……俺が手を離したから」


 雨音に混じって届いた彼の告白に、私は息を呑んだ。

 彼もまた、私と同じ「生存者」としての地獄を、独りで歩いてきたのだ。



 洞窟の中に、ラジオから流れるノイズ混じりのフォークソングが微かに響く。

 海斗は膝を抱え、自分の震える掌をじっと見つめていた。


「海斗って名前に、毎日殺されそうになるよ。海を愛せなんて、無理なんだ」


 私は彼の方へ、一歩だけ歩み寄った。

 言葉は出ない。けれど、私の掌を、彼の手の上にそっと重ねた。

 冷え切った彼の肌から、言葉にならない悲鳴が伝わってくる。

 私たちは、奪われた者同士だった。

 キラキラした名前を背負いながら、暗闇の底で、泥を啜るようにして生き延びてきた。

 雨は激しさを増し、洞窟の入り口を白いカーテンのように塞いでいく。

 私は、カバンから例のカセットプレイヤーを取り出し、海斗に返した。

 そして、地面に落ちていた石を拾うと、湿った砂の上に、ゆっくりと文字を書いた。


『歌を、聴かせて。また、店で』


 海斗はそれを見て、泣き出しそうな顔で、短く「ああ」と答えた。

 さだまさしの『檸檬』や、谷村新司の『群青』。

 それらの歌が描く「喪失」という共通の言語が、私たちの間に、初めて本物の

 「対話」を成立させていた。

 私たちは、土砂降りの雨の中で、互いの欠落を埋め合うように、静かに寄り添った。



この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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