第6話:夜の誓いと、新たな剣
夕暮れの鐘が鳴り響く中、俺たちは意気消沈して冒険者ギルドへと戻ってきた。 手に持った薬草袋はずっしりと重いが、俺の心は鉛を飲み込んだように重かった。
「依頼達成の報告だ」
イグニスさんがカウンターに薬草袋を置くと、赤毛の受付嬢が顔を上げた。 彼女は手際よく薬草を検分し、満足げに頷く。
「『安らぎ草』、確かに10本。状態も良好だね。やるじゃないか、新人」
一瞬、彼女の言葉に安堵しかけた俺の心を、次の言葉が奈落に突き落とした。
「……ん? あんたの背中にある剣、どうしたんだい。先が欠けてるどころか、根元からぽっきり折れてるじゃないか」
彼女の鋭い視線が、俺が背負っていた無残なショートソードに向けられる。 ギルド内の他の冒険者たちの視線も、一斉にこちらに集まった気がした。
「あ、いや、これは……」
「Cランクの薬草採取で、コボルトの群れに囲まれましてね。こいつ、奮戦したんだが、まだ得物が得物でな」
イグニスさんが庇うように前に出るが、受付嬢は鼻で笑った。
「奮戦ねえ。Cランク依頼は、ただ目標物を納品すればいいってもんじゃない。被害を最小限に抑え、余計な戦闘を避け、装備を万全に保って帰還するまでが依頼だ。装備を壊すなんざ、自分の未熟さを晒してるようなもんさ」
彼女の言葉は、正論だった。ぐうの音も出ない。
「ま、今回は初仕事ってことで大目に見てやるよ。ただし、ギルドから貸与した剣の弁償代は、報酬からきっちり引かせてもらうからね」
彼女は帳簿に何かを書き込むと、カウンターに数枚の銅貨を置いた。 ちゃりん、と軽い音が虚しく響く。本来の報酬の、半分にも満たない額だった。
「……これが、現実か」
イグニスさんの悔しそうな声が、やけに大きく聞こえた。 俺は、仲間の顔を見ることができず、ただ床の一点を見つめることしかできなかった。 「結果が全て」。その言葉の、冷たい重みを改めて噛み締めていた。
◇
気まずい雰囲気のまま、俺たちは街の裏路地にある、一番安い酒場へと向かった。 食事中も、重い沈黙がテーブルを支配していた。時折聞こえるのは、ジョッキを置く音と、誰かの溜息だけ。 俺は昼間の戦闘のことを引きずって、ほとんどパンに手を付けることができなかった。
「アレンさん、スープが冷めてしまいますよ。少しでも食べておかないと」
リリアさんが、心配そうに俺の顔を覗き込む。彼女の優しさが、今は針のように突き刺さる。
「……すみません。俺のせいで、報酬がほとんどなくなってしまって……本当に申し訳なくて」 「なに言ってやがる」
俺が謝ると、イグニスさんがジョッキの黒ビールを豪快に煽ってから、テーブルにドンと置いた。
「お前が謝ることじゃねえ。……いや、違うな。謝らなきゃならねえのは、俺の方だ」
「え……?」
「Cランクが、まだお前にとっちゃ早すぎたんだ。俺の判断ミスだ。すまん」
イグニスさんが、頭を下げた。俺は慌てて首を横に振る。
「そ、そんなことないです! 俺が、俺がもっとしっかりしていれば……!」
「今日の戦いで、自分の無力さが身に染みたか?」
イグニスさんの問いに、俺はこくりと頷くことしかできない。
「いい経験になったじゃねえか。俺だってな、初めての依頼はゴブリン一体の討伐だったが、怖気づいて逃げ帰ったんだぜ。村の笑いもんさ。大事なのは、今日の悔しさを忘れねえことだ。金なんざ、また稼げばいい」
「……はい」
「君の動きには無駄が多かった。だが、それは経験不足が原因だ」
今まで黙っていたゼフィルさんが、静かに口を開いた。
「だが、君の機転がなければ、毒草を誤って採取していた可能性もある。それに、最後のコボルトの攻撃……君は咄嗟に首を庇うのではなく、敵の視界を奪う選択をした。素人なら、恐怖でうずくまるのが関の山だ」
珍しく、ゼフィルさんが俺を肯定してくれた。
「君のその生存本能と観察眼は、いずれ武器になるだろう。……もっとも、剣の腕は論外だがな」
「うっ……精進します」
それでも、彼らの言葉は、孤独感に沈む俺の心を、少しだけ温めてくれた。
◇
食事を終え、重い足取りで宿屋に戻る途中、イグニスさんが不意に立ち止まった。
「……このまま部屋に戻っても、腐るだけだ。アレン、付き合え」
「え?」
彼が向かったのは、ギルドに併設された武具や道具を扱うショップだった。 夜だというのに、店内はまだ煌々と灯りが灯され、俺たちのような冒険者が出入りしている。
「な、何でここに……。俺、お金なんて……」
「いいから、来い」
有無を言わさず店内に引き入れられる。そこは、鉄と油と革の匂いが混じり合った、男の仕事場のような空間だった。 壁には剣や槍がずらりと並び、棚には様々なデザインの鎧や盾が置かれている。
「見てみい、アレン。これが俺たちの仕事道具だ。お前は今日、その大事な道具を失った。なら、新しいのを手に入れるしかねえだろ」
イグニスさんはそう言うと、一番安い中古のショートソードが並ぶ棚を指さした。
「選べ。金は俺が出してやる。その代わり、利子は高くつくぞ?」
彼はニカっと笑った。
「……ありがとうございます。必ず、返します」
俺は棚の前に立つ。どれもこれも、傷だらけで、使い古されたものばかりだ。
イグニスさんが一本の剣を取り出し、俺に放ってよこした。
「持ってみろ」
受け取ると、ずしりと重い。切っ先が下がりそうになる。
「重いか? じゃあ次だ」
彼はすぐに別の剣を投げる。今度は少し軽いが、振ると手首に変な反動が来る。
「剣ってのはな、値段じゃねえ。お前の腕の長さ、筋力、クセ……それらにピタリとハマる『相棒』を探すんだ。頭で考えるな、手で感じろ」
俺は言われた通り、一本一本剣を手に取り、振ってみる。 重すぎるもの、軽すぎるもの、柄が手に馴染まないもの。 そして、何本目かに手に取った一本。
それは、何の装飾もない、ただの鉄の棒のような無骨な剣だった。刃こぼれを研ぎ直した跡がある。 だが、握った瞬間、不思議とすっと手に馴染んだ。振ってみても、重さが自然と切っ先に乗り、手首への負担が少ない。
「……これにします」
「ほう。理由は?」
「分かりません。でも、なんだか、一番しっくりくるというか……腕の延長みたいに感じます」
「それが相性だ」
イグニスさんは満足げに頷いた。
俺は選んだ剣を手に、少しだけ安堵していた。 だが、ふと、棚の隅に無造作に積み上げられた、ひどく古びた小型の円盾の山が目に入った。 どれもこれも錆びつき、へこみ、もはや武具としての価値はないように見える。店主も、イグニスさんも見向きもしていない。
なんだろう、あの模様は……?
俺は、吸い寄せられるようにその盾の山に近づいた。 その中の一枚、特に状態の悪い盾の表面に、微かに残る幾何学的な紋様。
「店主さん、すみません。この盾は……?」
俺が埃まみれの盾を手に取ると、店主は面倒くさそうに顔を向けた。
「ああ? それかい? どっかの遺跡から出土したガラクタだよ。硬いだけで重いし、何の魔術効果もねえ。せいぜい鍋の蓋にしかならねえ代物さ」
「ガラクタに興味があるのか、アレン?」
イグニスさんが、怪訝そうな顔で近づいてくる。
「いえ、ただ……この紋様、面白いなと思って」
俺は盾の表面を指でなぞった。
「魔法陣のような神秘的な感じじゃないんです。もっと規則的で……まるで、波を散らすための『防波堤』や『吸音材』の配置図みたいに見えませんか?」
俺がいた世界の、電波を吸収するためのステルス塗料の構造パターンや、音響を拡散させる壁の設計図。それに酷似していたのだ。 魔力を「受け止める」のではなく、表面の凹凸で「散らす」構造。
「……波を、散らす?」
横から、ゼフィルさんが興味深そうに顔を覗き込んだ。
「魔力を持たない君が、そんな発想をするとはな。……貸してみたまえ」
ゼフィルさんは盾を受け取ると、片眼鏡の位置を直し、目を細めて凝視し始めた。
「……待て。この金属……通常の鉄ではないな。そして、この紋様……確かに、アレンの言う通りだ」
ゼフィルさんの声色が、学者然としたものに変わる。
「これは、古代の『魔力減衰』の術式パターンに酷似している。魔力を正面から受け止めるのではなく、表面の微細な溝で『拡散』させ、威力を殺す構造だ。……風化して効果は落ちているだろうが、完全にゼロではないかもしれん」
ゼフィルさんは、おもむろに杖を構えると、盾に向かって指先ほどの小さな魔力の矢を放った。
パシュッ、という小さな音。
矢は盾に当たると、通常なら弾かれるか爆ぜるはずが、一瞬だけ盾の表面に吸い込まれるように揺らぎ、煙のように霧散した。
「……ほう」
ゼフィルさんの口元に、驚愕と、それ以上の知的な興奮の色が浮かんだ。
「ただの鉄クズではなかった、か。アレン、君の目は節穴ではないらしい。魔力の有無ではなく、構造的な意味を見抜くとは」
「偶然ですよ。なんか、形が気になっただけで」
「謙遜するな。君のその『異質な視点』は、我々にはない武器だ」
店主は目を白黒させている。
「え? ああ……そんなガラクタ、銅貨一枚でいいが……本当に買うのかい?」
イグニスさんが、苦笑しながら銅貨を支払ってくれた。
「まったく、目利きの才能まであんのかよ。借金が増えたな、アレン」
「はい。……もっと働きます」
俺は、錆びついた小さな盾を受け取った。 それは、剣や鎧のような直接的な力ではない、「知識」と「観察眼」という俺だけの武器がもたらした、最初の戦利品だった。
その後、リリアさんの見立てで革の胸当てを購入し、俺たちは店を出た。 イグニスさんへの借金で手に入れた初めての装備は、ずっしりと重く、同時に、俺が背負うべき責任の重さのようにも感じられた。
◇
武具屋からの帰り道、新しい装備の重みを確かめるように、俺はゆっくりと歩いていた。 胸の中には、武具屋での小さな成功体験と、仲間たちへの感謝が温かく灯っていた。 だが、それだけでは足りない。固めた決意――知恵と連携で戦う――それを、本物の力へと昇華させなければならない。
俺は、隣を歩くゼフィルさんに向き直り、意を決して切り出した。
「ゼフィルさん、お願いします」
彼は、俺の真剣な表情に、少し驚いたように片眼鏡を押し上げた。
「なんだ、改まって」
「俺に、あなたの知識を教えてください。魔法理論は分かりませんが、この世界のこと、魔物のこと、古代文明のこと……あなたが知っている全てを学びたいんです」
俺は言葉に熱を込める。
「俺も、ただ守られるだけでなく、皆さんの力になりたい。そのためには、俺にできる武器は、今は『知恵』しかないんです」
俺の言葉に、ゼフィルさんは、しばらく黙って俺の顔を見つめていた。 やがて、その口元に、いつもの分析的なものではない、純粋な興味の色が浮かんだ。
「……なるほど。力で劣る分を、知識で補う、か。合理的な判断だ。それに、君のその奇妙な着眼点……あるいは物事の捉え方そのものが、私がまだ知らない世界の法則を解き明かす鍵になるやもしれん」
彼の言葉には、単なる弟子を取るという以上の、俺という存在そのものへの深い探求心が感じられた。
「いいだろう。君がどこまでついてこれるか、試させてもらう。……早速だが、最初の課題だ」
ゼフィルさんはそう言うと、懐から数枚の羊皮紙を取り出した。ギルドに提出された報告書の写しのようだ。
「最近、ギルドに妙な報告が数件上がっている。このアークライト近郊の森――特に西側の地域で、夜間に植物が異常な光を放つというものだ。魔法的な異常は検知されていない。原因は不明だ」
彼は報告書の写しを俺に手渡した。
「明日の朝までに、これらの報告書を読み込み、この『異常発光現象』の原因について、君なりの仮説を立ててみろ。魔法的な知識は不要だ。君のその『独特の理屈』で、どこまで迫れるか見せてもらおう」
それは、単なる植物の謎解きではない。この街の周辺で静かに進行しているかもしれない「異変」の調査。 俺の最初の課題は、想像以上に重く、そして不穏な響きを帯びていた。
「わかりました。やってみます」
俺は、手渡された報告書の写しを強く握りしめ、彼の挑戦的な視線に、力強く頷き返した。
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