第32話:【番外編】酒場の喧騒と、語り継がれる冒険譚
(※本エピソードは、アレンたちが旅立った後の、アークライトの冒険者ギルドを描いた番外編です)
アークライトの冒険者ギルドは、今夜も喧騒に包まれていた。 ジョッキがぶつかる音、冒険者たちの笑い声、そして香ばしい肉の焼ける匂い。 私は、カウンターの中からその光景を眺めながら、ふぅ、と一つ息をついた。
「おい、受付の姉ちゃん! 追加のエールだ!」 「はいはい、今行くよ! ……まったく、どいつもこいつも飲み過ぎだっての」
私は、赤毛をかき上げながら、注文をさばいていく。 変わらない日常。だが、ふとした瞬間に、視線がつい入り口の方へと向いてしまう。 まるで、あの「凸凹パーティー」が、泥だらけになって帰ってくるんじゃないかと思って。
「……あいつら、今頃どこほっつき歩いてるんだろうね」
私が独りごちると、カウンターの隅でちびちびと酒を飲んでいた大柄な男――『鉄の戦斧』団のグレゴールが、ニヤリと笑った。
「イグニスの旦那たちのことか? 噂じゃ、西の山脈を越えて、さらに向こうへ行ったって話だぜ」
「西の山脈? 『風鳴きの山脈』かい? あそこは人が立ち入れる場所じゃないよ」
「ああ。だが、あいつらならやりかねねえ。……なんせ、あの『影喰らい』や『守護者』をぶっ倒した連中だからな」
グレゴールは、かつて自分が「残滓」に操られ、アレンたちに救われた時のことを思い出しているのか、懐かしそうに目を細めた。
「……最初に来た時は、ひどいもんだったけどね」
私は、数ヶ月前のことを思い出す。 イグニスが連れてきたのは、見たこともない奇妙な服を着た、ひょろっとした黒髪の青年だった。 魔力測定の水晶玉に手をかざしても反応なし。「適性クラスなし」の、ただの一般人。 この厳しい世界で、三日と持たずに死ぬだろうと思った。
「だが、あいつは違った」
横から話に入ってきたのは、恰幅のいい商人だった。かつて、西の鉱山街道でアレンたちに救出された依頼主だ。
「あの『光の檻』作戦……。あんな発想、普通の冒険者には絶対に出せませんよ。私の荷馬車を、あんな風に使うなんて!」
商人は、迷惑そうに、でもどこか誇らしげに語る。
「あの青年……アレンさんでしたか。彼は、剣も魔法も使えませんでしたが、誰よりも戦況が見えていました。彼がいなければ、私たちは全員、あの闇の中で終わっていたでしょう」
「フン。……まあ、あいつの『口八丁』には、私も一本取られたけどね」
私は、苦笑した。 Gランクの初仕事。荷馬車のトラブルを、剣ではなく「言葉」だけで解決して見せた時のこと。 あいつは、私の出した「信頼ポイント」という冷たいシステムに対して、少しだけ悲しそうな、でも意志の強い目をして言ったんだ。
『信頼は、数字だけじゃないと思います』
……生意気な新人だ。 でも、あいつはそれを証明して見せた。 才能でも、数値でもない。知恵と、仲間との絆で、この街を救ってみせたんだ。
「……それにしても、ゼフィルの野郎も変わったよな」
グレゴールが、酒をおかわりしながら言う。
「昔は『非合理的だ』とか言って、誰とも組まねえ嫌な奴だったが……アレンとつるむようになってから、妙に楽しそうにしやがって」
「リリアちゃんもね」と私。
「昔は、自分の無力さを責めてばかりで、見ていて痛々しかった。でも、最後に出発する時の彼女の顔……見たかい? 凛として、本当に綺麗だった」
イグニス、ゼフィル、リリア。 それぞれが傷を抱え、停滞していた三人の歯車。 それが、アレンという「異分子」が飛び込んできたことで、ガチリと噛み合い、とてつもない勢いで回り始めた。
あいつらは、嵐のような奴らだった。 理不尽な運命に抗い、常識を覆し、そして風のように去っていった。
「……生きてるかな、あいつら」
ふと、商人が不安そうに呟く。
ギルドの中が一瞬、静まり返る。 彼らが向かった先にあるのは、未知の脅威だ。普通に考えれば、無事に帰還できる保証なんてどこにもない。
だが。
「生きてるさ」
グレゴールが、ドン!とジョッキをテーブルに叩きつけた。
「あいつらが、そう簡単にくたばるかよ。きっと今頃、とんでもねえ場所で、とんでもねえ化け物を相手に、アレンの無茶な作戦で大騒ぎしてるところさ!」
「違いねえ!」
周りの冒険者たちも、口々に笑い声を上げる。
「帰ってきたら、土産話を聞かせてもらわねえとな!」
「おう! 俺はアレンに、あの『変な交渉術』を教えてもらうぜ!」
誰もが、彼らの帰還を信じていた。 彼らがこの街に残していったものは、守られた平和だけじゃない。 「不可能なんてない」という、熱い希望そのものだったんだ。
私は、カウンターの下にある、彼らのギルドカードの控えをそっと撫でた。 そこには、まだ書き込まれるべき「依頼達成」の欄が、たくさん残っている。
「……帰ってきたら、一番高い酒を奢らせてやるんだから」
私は、わざと憎まれ口を叩いて、目頭の熱さを誤魔化した。
「さあ、お前ら! 飲んでばかりいないで、明日の依頼を探しな! アレンたちに負けてられないだろ!」
「へいへい、厳しいねえ、姉ちゃんは!」
酒場の喧騒は続く。 窓の外には、満天の星空が広がっている。 この空のどこかで、あいつらもまた、同じ星を見上げているのだろうか。
私たちは待っている。 いつか、あの扉が開いて。 「ただいま戻りました!」 という、あの少し頼りない、でも温かい声が聞こえてくる日を。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
この番外編をもって、本作は文字数【10万文字】を突破し、
文庫本1冊分の長編物語として「完全完結」となりました。
ここまでお付き合いいただいた皆様に、心から感謝申し上げます。
そして……息つく暇もなく、
**【本日(土曜) 18:10】より、完全新作の連載を開始します!**
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『歩く災害と呼ばれた【薄幸の美少女】を救ったら、俺にしか懐かない最強の守護者になった件』
→作者マイページからどうぞ!
<どんな話?>
『司令塔』が「知略」なら、新作は「不運」を利用した「確率操作無双」です。
不憫で可愛い銀髪美少女を救い、ざまぁする爽快な物語。
ストック十分、ロケットスタートで更新します!
▼連載中のSF長編(こちらも毎日更新中!)
『アウトシステム ―幸福な家畜として生きる君へ―』
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これからも「完結まで走り切る」スタイルで活動していきます。
ぜひ、新作でもお会いしましょう!




