第27話:最後の選択
マルバスが、聖剣の光に浄化され、完全に消滅した。 『古き理の探求者』との、完全な決着。 だが、俺たちの勝利の余韻は、瞬きする間もなく吹き飛んだ。
マルバスが接続していた巨大な「光の柱」が、主を失ったことで暴走するどころか、より冷徹で、より高次な輝きを放ち始めたのだ。
キィィィィィン……
耳鳴りのような高周波音が、世界を覆う。 水晶の地面が振動し、空の色が「夜」から「無色の白」へと塗り替えられていく。
「……なんだ、このプレッシャーは」
イグニスさんが、聖剣を握る手を震わせる。恐怖ではない。生物としての本能が、目の前の存在に対して警鐘を鳴らしているのだ。
「マルバスは……ただの『端末』だったというのか」
ゼフィルさんが、絶望的な声を絞り出す。
「これが……『世界の管理者』の本体……!」
光の柱が収束し、一つの形を成す。 それは、天使のようであり、幾何学的な結晶のようでもあった。 顔はなく、表情もなく、ただ圧倒的な「光」の塊が、そこに浮遊している。
感情も、殺意すらない。 あるのは、事務的な「処理」の意志だけ。
『――汚染源を確認。自浄作用では対処不能と判断』
声ではない。直接、脳に響く「定義」。
『これより、当該領域の初期化を実行。異分子ごと、存在を消去する』
「ふざけるな!」
イグニスさんが吼える。
「俺たちはゴミじゃねえ! 生きてるんだよ!」
彼は、聖剣を振りかぶり、光の塊へと跳躍した。 マルバスをも葬った、最強の一撃。
だが。
「……え?」
イグニスさんの大剣が、光の塊に触れる寸前。 音もなく、衝撃もなく――ただ、イグニスさんの体が「弾き戻された」。 いや、違う。 彼が「攻撃した」という事実そのものが、時間ごと巻き戻されたかのように、彼は攻撃前の位置に立っていた。
「な……何が起きた!?」
イグニスさんが混乱して自分の手を見る。
「因果律の操作……いや、拒絶か」
ゼフィルさんが呻く。
「こちらの攻撃が『当たる』という結果を、システム側が『承認』していない。……これでは、触れることすらできん!」
『――抵抗は無意味』
管理者が、静かに輝きを増す。 その光が触れた端から、水晶の地面が、空気中の塵が、音もなく「無」に帰していく。 破壊ではない。データの消去だ。
「くそっ……!」
俺は、イグニスさんの肩につかまりながら、必死に思考を巡らせた。 『解析のレンズ』を通して見る世界は、絶望的だった。 管理者の周りには、隙間も、鍵穴も、歪みもない。 あまりに完璧で、あまりに強固な「理」の壁。
勝てない……
俺の脳が、冷徹な計算結果を弾き出す。 俺たちの武器は、全てこの世界の「理」の中で作られたものだ。 聖剣も、魔法も。 だが、奴はその「理」そのものだ。 ルールブックを作った相手に、ルール通りの戦いで勝てるわけがない。
なら、どうする? ルールを破る? いや、マルバスには通じたが、本体には通じない
思考が袋小路に入る。 足元の地面が消え、俺たちは徐々に追い詰められていく。
「イグニスさん! リリアさん! ゼフィルさん!」
俺の声も、白い空間に吸われて消え入りそうだ。
その時。 ふと、ゼフィルさんの言葉が蘇った。
『君の魂は、この世界の住人とは質が違いすぎる』
そして、エララ様の言葉。
『あなたは、理の外の理屈で、物事の本質を見抜いている』
(……そうか)
俺は、一つの可能性――いや、唯一の「解」にたどり着いた。
システムを倒すことはできない。 だが、システムを「書き換える(アップデート)」ことなら、できるかもしれない。 今のシステムが「異分子を排除する」というルールで動いているなら、そのルール自体を、「異分子(俺たち)を受け入れる」新しいルールに書き換えればいい。
そのためには、何が必要だ? 新しいルール――つまり、この世界にはない「未知の概念」だ。 計算も、効率も、合理性も超えた、非論理的な力。
それは、俺たちがこの旅で培ってきた「絆」だ。 そして、それをシステムに読み込ませるための「媒体」になれるのは――。
……この世界で唯一の『異物』である、俺しかいない
結論が出た。 それは、俺の「死」を意味するかもしれない。 だが、不思議と恐怖はなかった。 バス事故で死にかけて、拾った命だ。 最高の仲間たちと出会い、共に戦い、ここまで来られた。 それだけで、俺の人生は「空っぽ」じゃなくなった。
「……皆さん」
俺は、イグニスさんの肩から手を離し、自分の足で立った。 激痛が走るが、気にならない。
「勝てます。……いいえ、終わらせられます」
「アレン?」
リリアさんが、不安そうに俺を見る。
「奴を倒すんじゃありません。奴に、俺たちの『絆』を……この非合理で、温かい力を、新しい『理』として認めさせるんです」
「……どうやってだ」
ゼフィルさんが問う。
「俺が、触媒になります」
俺は、はっきりと言った。
「俺は異世界人です。この世界のシステムにとって、俺は未知のデータそのもの。俺自身を使って、俺たちの『想い』を奴の中枢に直接流し込みます」
「ま、待て!」
イグニスさんが、俺の腕を掴んだ。
「それって、お前はどうなるんだ!? まさか、消えるつもりじゃねえだろうな!」
「……分かりません」
俺は嘘をつかなかった。
「でも、これしかありません。皆さんが助かる道は、これだけです」
「ふざけるな! お前を犠牲にして助かったって、意味がねえんだよ!」
イグニスさんが叫ぶ。
だが、管理者は待ってくれない。 「消去」の光が、俺たちを飲み込もうと迫る。
「――させません!」
リリアさんが、俺たちの前に飛び出した。 彼女の体から、黄金の光が溢れ出す。 セレニテの鐘楼で見せた、あの「拒絶」の光。
「イグニスさん! アレンさんの邪魔をしないでください!」
「リリア!?」
「アレンさんは、逃げてるんじゃありません! 戦おうとしてるんです!」
リリアさんは、涙を流しながら、それでも笑顔で俺を見た。
「信じましょう。アレンさんの『知恵』と……私たちの『絆』を」
彼女の光が、管理者の「消去」を押し留める。 その間に、俺は準備を整える。
「ゼフィルさん。俺たちの想いを、魔力に乗せて束ねてください。術式は任せます」
「……クソッ、君という奴は!」
ゼフィルさんが、悔しげに杖を構える。
「私の最高傑作を作ってやる! 失敗など許さんぞ!」
「イグニスさん。その束ねた光を、聖剣に乗せて……俺ごと、奴に突き刺してください」
「……俺に、お前を斬れってのか」
イグニスさんの手が震える。
「違います。俺と一緒に、未来を切り開くんですよ」
俺は、イグニスさんの震える手に、自分の手を重ねた。
「俺は消えません。この世界の一部になって、ずっと皆さんを見ています。……だから、お願いです」
イグニスさんは、歯が砕けそうなほど強く食いしばり――やがて、咆哮と共に聖剣を構えた。
「……ああ、分かったよ! やればいいんだろ、やれば!」
彼の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「絶対に見つけてやるからな! 世界のどこに溶けようが、絶対にお前を見つけ出してやる!」
準備は整った。
リリアさんが、限界まで展開した黄金の盾。 ゼフィルさんが構築した、四人の魂を繋ぐ未知の術式。 イグニスさんが構える、白銀の聖剣。
そして、その切っ先に立つ、俺。
『――理解不能。理解不能。エラー発生』
管理者の光が、困惑したように明滅する。
「行きます!」
俺は、管理者の懐へと走った。 痛みはない。体なんて、もうどうでもいい。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
背後から、イグニスさんの絶叫と共に、膨大な光の奔流が迫る。 聖剣から放たれた、俺たち四人の「絆」の輝き。
俺は、その光を背中に受け――自らの存在を「鍵」として、管理者の光の中へと飛び込んだ。
届け……! 俺たちの、生きた証!
『……ナンダ、コノ感情ハ……』
俺の体が光に溶け、管理者のコアへと浸透していく。 拒絶はない。俺という「異物」が媒介となり、システムが「未知の概念」を受け入れていく。
視界が白く染まる中、俺は最後に、仲間たちの顔を見た。 泣き叫ぶイグニスさん。 崩れ落ちるゼフィルさん。 祈るように手を組むリリアさん。
ああ、いいパーティーだったな。 俺の人生、捨てたもんじゃなかった。
『……承認。新タナ理ヲ、構築シマス』
機械的な、しかしどこか温かみのある声が響き、俺の意識は、優しい光の中へと溶けていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます! 本作は【全28話完結済み】です。毎日更新していきますので、安心してお楽しみください。
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