第26話:探求者の終焉
「魂の寄生」という、目に見えない精神攻撃さえも打ち破った俺たち。 だが、その勝利は、俺たちに休息を与えてはくれなかった。
俺は右足首の激痛に顔を歪めながら、イグニスさんの肩を借りて歩いていた。 リリアさんの治癒魔法でも、骨の深手まではすぐには治らない。地面に足をつくだけで、脳天に響くような痛みが走る。
「……悪いな、アレン。俺が背負ってやりてえが、戦闘になったら反応できねえ」
「いえ、これが一番効率的です。イグニスさんは両手を空けておいてください」
俺たちは馬車を乗り捨て、徒歩で山道を登っていた。 目指すは、賢者エララ様が示唆した、世界の理が最も薄く、そして濃い場所――人跡未踏の山脈「破滅の枢軸」。 そこに、全ての元凶がいる。
「……本当に、賢者の森に戻らなくていいのか。今の君の状態は、足手まとい以下だぞ」
ゼフィルさんが、厳しい口調で言う。だが、その手はしっかりと俺の反対側の腕を支えてくれていた。
「戻る時間はありません。それに……」
俺は、あの『魂の寄生』の感覚を思い出していた。
「奴が俺たちの『連携』を恐れているのなら、次は必ず、司令塔である俺を真っ先に潰しに来ます。俺たちがバラバラにされる前に、決着をつけるんです」
俺たちは『解析のレンズ』と、空に立ち昇る不気味な光の柱を頼りに、山頂へとたどり着いた。 満身創痍だ。俺の足首も、イグニスさんの古傷も、ゼフィルさんの魔力も万全ではない。 だが、俺たちの心は、交わした「再生の誓い」と、証明した「絆の力」によって、これ以上ないほど研ぎ澄まされていた。
◇
「破滅の枢軸」の山頂。 そこは、ヴァルム遺跡で見た「聖剣の神殿」と同じ、夜空そのものを閉じ込めたかのような、無限の広がりを感じさせる空間だった。 足元は鏡のような水晶の平原。 中央には、天を穿つような巨大な「光の柱」がそびえ立っている。
そして、その光の柱を守るように、あの男が浮遊していた。 俺たちに一度は「完全な敗北」を突きつけ、イグニスさんを瀕死に追い込んだ、因縁の敵。
「――来たか、異分子どもよ」
『古き理の探求者』、マルバス。 だが、その姿は、以前とは比較にならないほどの、禍々しい変貌を遂げていた。 彼の半身は、光の柱と同化しているかのように透き通り、無数の魔力のライン(ケーブル)が背中から柱へと接続されている。 もはや人間ではない。「理」の代弁者そのものと化していた。
「マルバス!」
イグニスさんが、俺をリリアさんに預け、聖剣を構える。
「貴様だけは、俺たちの手で叩き潰す……!」
「フン。学習しないな」
マルバスは、俺たちを見下し、心底退屈そうに言った。
「聖剣を手に入れた程度で、この私と……世界の『理』そのものと接続したこの私と、対等に戦えると思ったか? お前たちの存在など、書き換え可能な数式の一つに過ぎん」
その言葉が、戦いの火蓋を切った。
「うおおおおおっ!」
イグニスさんが、聖剣の輝きを纏い、弾丸のように突撃する。
だが、マルバスは動かない。 彼が静かに指を振るうだけで、イグニスさんの進路上の空間が「拒絶」されたかのように歪み、見えない壁となって彼を弾き飛ばした。
「ぐあっ!?」
「イグニスさん!」
「無駄だと言っただろう」
マルバスが、次なる攻撃――空間そのものを消滅させる黒い球体を、無防備なイグニスさんへと放とうとする。
「――させません!」
俺は、リリアさんの肩から離れ、激痛に耐えて叫んだ。 司令塔の仕事だ。
「ゼフィルさん、『魔力攪乱の香炉』を! 残りの香を全部使ってください! 奴と柱の『接続』を乱します!」
「リリアさん、イグニスさんに防御バフを!」
ゼフィルさんが、懐から香炉を取り出し、最後の『星の涙』に火を灯す。
「……安くないんだがな!」
紫色の煙が爆発的に立ち上り、戦場を覆う。 煙がマルバスと光の柱を繋ぐ魔力のラインに触れると、それらはノイズが走ったように激しく明滅し、揺らいだ。
「……小賢しい真似を!」
マルバスの眉間に、初めて焦りの色が浮かぶ。 空間の制御が甘くなり、イグニスさんへの追撃が逸れた。
「イグニスさん、今です!」
俺は『解析のレンズ』を覗き込み、香炉によって揺らいだマルバスの防御システムの、その中心核を探した。 情報の奔流が脳を焼く。吐き気がする。だが、見逃さない。
見えた……! 胸の中心! あそこだけ、情報の密度が薄い!
「イグニスさん、奴の胸の中心です! そこだけ『理』の揺らぎが集中しています! 全力で突いてください!」
「おう!」
イグニスさんが、体勢を立て直し、再び跳躍する。
だが、その瞬間。 マルバスの瞳が、冷酷な光を放った。
「学習しないのは、お前たちの方だ」
悪夢の再現。 俺たちの「個の意志」そのものを消去し、心を塗りつぶそうとする、おぞましい精神汚染の光が放たれた。 セレニテの街を支配していたものと同じ、だが桁違いの出力の「強制調律」だ。
「ぐっ……うあああああっ!」
イグニスさんが、空中で動きを止め、頭を抱えて落下する。 ゼフィルさんも、香炉を取り落とし、膝をつく。 俺も、レンズ越しに脳を直接レイプされるような感覚に襲われ、悲鳴を上げそうになる。
ダメだ……意識が、塗りつぶされる……!
「――いい加減にしてください!」
その、絶望的な光景を切り裂いたのは、リリアさんの凛とした怒声だった。
彼女は、俺たちの前に立ちはだかり、その身一つで精神汚染の光を受け止めていた。 だが、以前のように耐えているだけではない。 彼女の体から溢れる黄金の光が、汚染の光を「押し返して」いる。
「私たちの痛みも、迷いも、全部私たちが選んだものです! 神様にだって……あなたたちシステムにだって、絶対に奪わせない!」
彼女の「エゴ」が、システムによる「調律」を拒絶したのだ。 光が霧散し、俺たちの意識がクリアになる。
「……助かった、リリア!」
イグニスさんが顔を上げる。
だが、マルバスはまだ健在だ。 彼はリリアさんの抵抗に苛立ち、今度は物理的な破壊の力を集束させ始めた。 防御を固められれば、聖剣でも届かないかもしれない。
隙を作るには……どうする!?
香炉は使い切った。レンズで弱点は見えている。だが、届かない。 俺の足では、もう一歩も踏み込めない。 俺の手元にあるのは……これだけだ。
俺は、腰のベルトから、最後の『空間歪曲の杭』を一本、引き抜いた。 これを突き刺せば、空間を固定できる。防御を物理的にこじ開けられる。 だが、俺は動けない。投擲しても、マルバスに届く前に迎撃される。
……託すしかない
「イグニスさん!」
俺は叫んだ。
「これを使ってください! 奴の防御を、これでこじ開けるんです!」
俺は、渾身の力を込めて、杭をイグニスさんに向かって放り投げた。 イグニスさんは、振り返りもせず、背後から飛んできた杭を左手でガシッと掴み取った。
「……使い方は分かってんだろな?」
「突き刺すだけです! 理屈抜きで!」
「上等だ!」
イグニスさんが、三度目の突撃を敢行する。 マルバスが、絶対防御の障壁を展開する。聖剣ですら弾かれた、鉄壁の守り。
イグニスさんは、聖剣を構えたまま、左手の杭を障壁に叩きつけた。
「こじ開けろぉぉぉぉッ!」
ドゴォォォォン!!
杭が障壁に突き刺さる。 通常なら弾かれるはずの攻撃が、「空間固定」の理によって無理やりその場に留まり、障壁の構成に風穴を開ける。 ピキピキと亀裂が走り、完璧だった防御に「物理的な穴」が穿たれた。
「なっ……!? 私の理が……物理干渉で!?」
マルバスが驚愕に目を見開く。
「理屈なんざ知らねえよ! 俺たちが通る道が、理だ!」
イグニスさんは、杭でこじ開けた穴に、聖剣をねじ込んだ。
「アレンが見つけて! ゼフィルが乱して! リリアが守った! この一撃は……俺たち全員の一撃だぁぁぁッ!」
ズドンッ!!!
聖剣が、マルバスの胸――アレンが指定した弱点――を貫いた。
「ガハッ……!? 馬鹿な……この私が……『異物』ごときに……!?」
マルバスの体が、内側から溢れ出す聖剣の光によってひび割れていく。 背中のケーブルが千切れ飛び、光の柱からの供給が断たれる。
「……認めん……。このような、非合理な……」
断末魔と共に、マルバスの体は光の粒子となって霧散した。 後に残ったのは、静寂と、荒い息をつく俺たちだけ。
「……やった、のか……?」
俺は、痛む足を抱えながら、へたり込んだ。 勝った。今度こそ、本当に。
だが、俺たちの安堵は、一瞬で凍りつくことになった。
マルバスが消滅した直後。 主を失ったはずの「光の柱」が、消えるどころか、怒り狂うようにその輝きを増し始めたのだ。
ゴオオオオオオオオオッ!
「……なんだ!? まだ終わってねえのか!?」
イグニスさんが、聖剣を構え直す。
「……エネルギーの逆流か? いや、違う!」
ゼフィルさんが、空を見上げて絶望的な声を上げた。
「マルバスという『制御装置』が外れたことで……『本体』が降りてくるぞ!」
光の柱の中から、形容しがたいプレッシャーが降ってくる。 それは、マルバスなど比較にならない、正真正銘の「世界の管理者」の気配だった。
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