第23話:聖剣の守護者と、理を穿つ連携
風の回廊を抜け、俺たちを待ち受けていたのは、荘厳な白亜の扉だった。 イグニスさんが、俺たち三人を背に、ゆっくりと扉へと一歩踏み出した。
彼が扉に手をかけるより先に、まるで来訪者を待ちわびていたかのように、巨大な扉が地響きと共にひとりでに開いていった。
扉の先に広がっていたのは、言葉を失うような光景だった。 壁も天井もなく、夜空そのものを閉じ込めたかのような、無限の広がりを感じさせる巨大なドーム状の神殿。 足元は鏡のように磨き上げられた水晶の床で、無数の星々が足元にも映り込んでいる。
そして、その宇宙の中心。 浮遊する祭壇の上には、鞘に収められた一振りの美しい剣が、静かな光を放ちながら鎮座していた。
「……あれが、聖剣」
イグニスさんが息をのむ。
だが、俺たちの視線は、その剣を守るように佇む、一体の存在に釘付けになった。 それは、決まった形を持たない、光と影が混じり合ったような、人型のエネルギー体だった。 顔もなければ、表情もない。だが、その存在そのものが、この世界の絶対的な「理」と「拒絶」を体現している。
その圧倒的なプレッシャーに、俺の肌が粟立つ。
「……ああ。こいつは本物だ」
俺の隣で、イグニスさんが大剣を握り直し、覚悟を決めたように呟いた。
「うおおおおおおおおっ!」
最初に動いたのは、やはりイグニスさんだった。 彼は、仲間を守る壁となるべく、獣のような咆哮を上げて先陣を切る。鍛え上げられた肉体から繰り出す渾身の一撃が、守護者の胴体を正確に捉えた。
はずだった。
ブンッ、という風切り音だけが響く。 彼の大剣は、まるで水面を斬るかのように、何の手応えもなく、守護者の体をすり抜けたのだ。
「なっ……!?」
イグニスさんの顔に、驚愕の色が浮かぶ。
「物理干渉無効か! 下がれ、イグニス!」
ゼフィルさんの叫びが響く。彼は、これまでのどの魔法よりも強力な、圧縮された炎の槍をその杖先に収束させていた。
「穿て! 『プロミネンス・ランス』!」
だが、その極大魔法もまた、守護者に届く数メートル手前で、まるで時間が止まったかのように静止した。 そして次の瞬間、シュゥ……と音もなく光の粒子となって霧散した。
「……馬鹿な。魔法を弾いたのではない……『無効化』したのか?」
ゼフィルさんが戦慄する。
パーティー最強の二人の攻撃が、赤子の手をひねるように無力化される。 だが、守護者は、イグニスさんとゼフィルさんの存在など、最初からなかったかのように無視した。 その顔のない頭部が、ゆっくりと動く。
その意識と殺意は、ただ一人、後方で息をのむ俺――『理』の外から来た異分子だけに、明確に向けられていた。
「……俺かよ」
守護者の腕が揺らめき、光の刃が生成される。 次の瞬間、守護者の姿が掻き消え、俺の目の前に転移してきた。
「アレン!」
イグニスさんの咆哮。 彼は、俺と守護者の間に、自らの体をねじ込むようにして割って入った。
「させるかよ!」
イグニスさんが大剣で光の刃を受け止める。 だが、物理攻撃は無効化するくせに、奴の攻撃には質量があった。
ガギンッ!!
「ぐあぁっ……!」
イグニスさんの巨体が、枯れ葉のように弾き飛ばされる。
「リリア、アレンの援護を! 奴に近づけるな!」
ゼフィルさんも牽制魔法を放つが、全て霧散する。
仲間たちが必死に俺を守り、時間を稼いでくれている。 俺は、その背中に守られながら、司令塔として、ただ一点、守護者の動きと魔力の「流れ」を観察した。
攻撃がすり抜ける……。奴の実体はここにはないのか? なら、奴をこの世界に繋ぎ止めている『楔』はどこだ?
俺は目を凝らす。 守護者の体から伸びる、微かな光のライン。 それは、祭壇に浮かぶ聖剣へと繋がっていた。
……見つけた!
守護者は聖剣を守っているのではない。聖剣(祭壇)が、守護者にエネルギーを供給し、その存在を定義しているんだ! あれこそが、賢者エララ様の言っていた『鍵穴』だ。
「皆さん、聞いてください!」
俺の叫びに、仲間たちの視線が集まる。
「奴本体を攻撃しても無駄です! 奴の本体は、あの祭壇と繋がっている『光のライン』です! あそこからエネルギーが供給されています!」
「だが、魔法も剣も通じないぞ!」
イグニスさんが叫ぶ。
「だから……俺がやります!」
俺は、腰のベルトから、エララ様から授かった『空間歪曲の杭』を一本引き抜いた。
「この杭なら、魔法的な防御を無視して、空間そのものを固定できます。俺が奴の懐に飛び込んで、あの供給ラインを断ち切ります!」
「馬鹿言うな! お前が一番狙われてるんだぞ!」
「だからこそです! 奴は俺を排除しようとして隙ができる。そこを突くしかありません!」
俺の決意に、ゼフィルさんが短く息を吐いた。
「……イグニス、アレンを信じろ。私が全力で陽動する」
「……チッ、死ぬんじゃねえぞ!」
作戦開始。 ゼフィルさんが派手な爆発魔法を放ち、リリアさんが閃光を放って目くらましをする。 その隙に、俺は守護者に向かって全力で走った。
守護者の注意が、完全に俺に向く。 光の刃が振り上げられる。
怖い……! でも、止まるな!
「うおおおおおっ!」
イグニスさんが、横合いから守護者に体当たりをかます。 ダメージは与えられない。だが、物理的な質量で、わずかに軸をずらすことはできた。
その一瞬。 俺は守護者の懐に滑り込み、祭壇と守護者を繋ぐ、不可視のエネルギーラインが見える位置へと踏み込んだ。
「ここだあぁぁぁっ!」
俺は、右手の杭を、虚空に向かって全力で突き立てた。
ガチィィィン!!
何もないはずの空間に、硬質な手応えがあった。 杭が空間に深々と突き刺さり、その周囲に幾何学的な亀裂が走る。 『空間固定』の効果が発動し、守護者へのエネルギー供給ラインを物理的に「圧迫」し、遮断したのだ。
『グ……ッ!?』
守護者の動きが止まる。 その体が、テレビのノイズのように激しく明滅し始めた。 「理」が、「理の外の嘘(杭)」によって、強制的にエラーを起こしたのだ。
「イグニスさん、今だ!」
俺は叫んだ。
「奴の本体は、祭壇の『聖剣』そのものです! 奴を倒すんじゃない! 聖剣を……その『鍵』を、引っこ抜いてください!」
「……!?」
イグニスさんの思考が一瞬止まる。 敵を倒すのではなく、武器を奪えというのか? だが、彼はもう迷わなかった。
「おうよ!」
イグニスさんは、明滅して動けない守護者を無視し、一直線に祭壇へと跳躍した。 そして、浮遊していた聖剣の柄を、そのガントレットに覆われた手で力強く掴み取った。
「ぬんっ!」
彼が渾身の力で剣を引き抜く。
その瞬間。
『――ERROR. 接続ヲ、切断』
守護者の口から、機械的な音声が漏れた。 イグニスさんが聖剣を「掴む」という行為そのものが、守護者へのエネルギー供給を「引き抜く」という、完璧な「システム・ハッキング」となったのだ。
聖剣が、待ちわびていた主の手に収まるかのように、まばゆい輝きを放つ。 エネルギー供給を断たれた守護者の体が、足元から光の粒子となって、急速に崩壊を始めた。
「お前の理屈なんざ、知ったことかよ!」
イグニスさんが、自壊していく守護者に向かって、聖剣を構え直す。 その刃は、今度は守護者の「実体」を捉えていた。
「俺たちの『意志』で、その理不尽な理を叩き潰す!」
イグニスさんの一閃が、崩れかけた守護者を両断する。 守護者は、声もなく、完全に光の粒子となって霧散していった。
静寂が戻る。 俺は、へたり込むようにその場に座り込んだ。 心臓が破裂しそうだ。
「……やったか」
ゼフィルさんが、額の汗を拭う。
祭壇には、主を認めたように穏やかな光を放つ聖剣を握ったイグニスさんが立っていた。 そして、その祭壇の台座に、二つのアイテムが残されていた。
一つは、片眼鏡のような形状をした、透明なレンズ。 もう一つは、古代の文字が刻まれた、手のひらサイズの小さな香炉。
ゼフィルさんが近寄り、それを慎重に手に取る。
「……これは。『解析のレンズ』と『魔力攪乱の香炉』か。どちらも、失われた古代の秘宝だ」
彼は興奮を抑えきれない様子で言った。
「レンズは、世界の魔力構造や術式を可視化する『神の目』。香炉は、特殊な香を焚くことで、一定範囲の魔力法則を乱す『場の支配具』だ」
「……アレン、お前が持て」
イグニスさんが、聖剣を鞘に納めながら言った。
「俺にはこの剣がある。ゼフィルとリリアには魔法がある。そのレンズと香炉は、知恵で戦うお前にこそふさわしい」
俺は、渡された二つのアイテムを受け取った。 レンズを通して世界を見れば、今まで見えなかった「理の歪み」が見えるかもしれない。 香炉を使えば、あのマルバスのような理不尽な敵にも対抗できるかもしれない。
これは、俺が「司令塔」として戦うための、最強の武器だ。
「……ありがとうございます。これで、また皆さんの役に立てます」
俺たちは、傷つきながらも、ついに試練を乗り越え、最強の「武器」と、それを使うための「資格」を手に入れた。
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