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第22話:風の回廊と、逆位相の歌声

 アレンの「目」とゼフィルさんの「魔術」、そしてイグニスさんの「力」が融合した奇策によって、風鳴きの山脈の入り口を塞いでいた結界は崩れ去った。 だが、俺たちを待ち受けていたのは、安堵ではなかった。


 ゴォォォォォ―――!


 結界の先に現れたのは、山脈の内部を貫くように続く、巨大な洞窟だった。 一歩足を踏み入れた瞬間、四方八方から、方向も強さも予測不能な突風が、絶えず俺たちの体を打ち付ける。


「くそっ、まともに立ってられねえ!」


 イグニスさんが、風に煽られてよろめいたリリアさんの肩を、慌てて支える。 彼の新しい鎧が、風圧でガチガチと音を立てている。


「イグニスさん、アレンさん、私から離れないでください!」


 リリアさんは、魂の一部を失ったことで体力が落ちているにも関わらず、なけなしの力で聖なる光を灯し、俺たち三人を守る小さな風除けの結界を張ってくれた。


「リリアさん、無理はしないでください!」


「大丈夫です。イグニスさんこそ、踏ん張ってください!」


 彼女の気丈な声に、イグニスさんは奥歯を噛みしめる。 俺は、このパーティーの「目」として、そして今は盾を持たない「軽装兵」として、イグニスさんの斜め後ろ、リリアさんを守れる位置につき、慎重に回廊を進んだ。 『消音の靴』のおかげで、俺の足音だけは嵐の中でも掻き消されず、ゼロのままだ。


 その時だった。 風の唸りとは明らかに異質な音が、俺たちの耳に届いた。


 ヒュゥゥゥ……ルルルゥ……


 それは、人の声のようでもあり、美しい歌声のようでもあり、そして魂を直接揺さぶるような、不気味な響きを持っていた。


「……なんだ、この音は」


 ゼフィルさんが、杖を構え、警戒を最大に引き上げた。


「魔力ではない。だが、この音……完璧すぎる。自然界の風切り音にしては、あまりに数学的な規則性がある」


 その、幻惑的な音に、一瞬、俺の平衡感覚が狂う。 三半規管を直接揺さぶられるような、強烈な目眩。


 その、ほんの一瞬の隙を突いて、風の中から半透明の影が複数、俺たちを取り囲むように出現した。 影は、人の女性のような形をしているが、その体は風そのものでできているかのように、常に輪郭を揺らめかせている。


「『サイレン・エコー』……!」


 ゼフィルさんが、その名を歯ぎしりするように呟いた。


「風鳴きの山脈にのみ生息するという、風の精霊の一種か! だが、文献にある姿とは違う。もっと……無機質だ」


「チッ!」


 イグニスさんが、分析を待たずに一体に斬りかかる。 だが、彼の大剣は、まるで霞を斬るかのように、その半実体の体を、何の手応えもなく通り抜けた。


「くそっ、手応えがねえ!」


「炎よ!」


 ゼフィルさんの放った炎の矢も、敵の体に触れる前に突風にかき消される。


 物理攻撃も、魔法攻撃も効かない。 そして何より厄介なのは、奴らが発し続ける幻惑的な歌声だった。


「アレン、ぼさっとするな! 歌に惑わされるぞ!」


 イグニスさんの怒鳴り声。


 だが、俺は、その「歌声」に、別の違和感を覚えていた。 頭を振って目眩を払い、冷静に音を聞く。


 この音……歌じゃない


 音階がない。感情がない。 ただ一定の周期で、高音と低音を繰り返しているだけだ。 まるで……潜水艦のソナー音のように。


 探しているんだ。俺たちという『異物』の位置を


「ゼフィルさん!」


 俺は叫んだ。


「あれは、歌じゃありません! 俺たちを探知するための『音波』です!」


「音波だと……?」


「あの音が俺たちに当たって跳ね返るのを、奴らは聞いているんです! この音が止まった時が……位置を特定され、攻撃が来る合図です!」


 俺の言葉を証明するかのように、耳障りだった歌声が、ふっ、と止まった。 そして、全てのサイレン・エコーの顔(と思わしき部分)が、一斉に俺たちを向いた。


「来るぞ!」


 次の瞬間、奴らの体から、カマイタチのような真空の刃が無数に放たれた。 物理的な風の刃ではない。空間そのものを切り裂くような、鋭利な断裂。


「ぐっ……!」


「きゃあっ!」


 リリアさんの結界が悲鳴を上げ、イグニスさんの鎧に亀裂が入る。 回避不能。防御貫通。 「システム」が、「異物(俺たち)」を排除するために振るう、絶対的な暴力。


「くそっ、どうすりゃいいんだ! 斬っても手応えがねえ!」


 イグニスさんが焦りを滲ませる。


 考えろ……! 実体がないなら、実体化させるか、あるいは存在を維持できないようにすればいい


 奴らの正体は『風』であり『音』だ。音なら……消せる!


 俺の脳裏に、元の世界で使っていた「ノイズキャンセリング・イヤホン」の原理が閃いた。


「ゼフィルさん!」


 俺は、嵐の中で叫んだ。


「波です! 水面の波を思い出してください! 右から来た波に、左から同じ大きさの波をぶつけるとどうなりますか!?」


「……波が干渉し、平らになる……『相殺』か!」


 ゼフィルさんが即答する。


「そうです! 奴らのあの『歌声』と、全く同じ大きさ、全く逆の形の『音(魔力波)』をぶつけてください! 音を音で消すんです!」


「……! 『逆位相』の魔力干渉か!」


 ゼフィルさんの目が、知的な興奮に見開かれる。


「音そのものを魔力で再現し、さらにそれを反転させる……。狂気じみた計算量だ。だが……」


 彼は、不敵に笑った。


「理屈さえ分かれば、私の管轄だ!」


「イグニスさん、時間を稼いでください! ゼフィルさんが術式を組むまで!」


「おう! 任せとけ!」


 イグニスさんが、実体のない敵に向かって大剣を振り回し、風圧で牽制する。 攻撃は通じなくても、その気迫と風圧が、敵のフォーメーションをわずかに乱す。


 俺は、『消音の靴』の特性を活かし、足音を立てずに戦場を駆け回った。 敵の注意を引くためではない。ゼフィルさんに、敵の「音」の情報を正確に伝えるためだ。


「周波数、上がります! 高音域!」


「……捉えた!」


 ゼフィルさんが杖を掲げる。その先端に、敵の歌声とは真逆の、不快な唸りを上げる魔力の球体が生成される。


「アレン、タイミングを頼む!」


「今です! ぶつけてください!」


 ゼフィルさんが杖を振り下ろす。 魔力の球体が弾け、目に見えない「逆位相の波」が洞窟内に広がった。


 キィィィィン―――ッ!


 耳をつんざく不協和音が一瞬だけ響き――。 次の瞬間、世界から、一切の音が消え去った。


 風の音も、歌声も、全てが「無」に帰す。 完全な静寂。


 その静寂の中で、サイレン・エコーたちが、苦しげに身を捩った。 半透明だった体が、ノイズ混じりの映像のように乱れ、やがて、ガラスのように実体化して色を帯び始めた。


「グギィィィアアアアッ!?」


 奴らが、初めて生々しい悲鳴を上げる。


「やった……! 奴らの存在コードを維持していた『音』が消えて、世界から『異物』として認識されたんだ!」


「システムとの接続が切れたか!」


 ゼフィルさんが叫ぶ。


「今なら、こちらの攻撃が通るぞ!」


「チッ、ようやく殴れるようになったか!」


 実体化した敵を前に、イグニスさんの口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。


「アレン、指示を!」


 ゼフィルさんが、俺に鋭い視線を向けた。


「はい!」


 俺の「司令塔」としての声が、静寂の回廊に響き渡る。


「イグニスさんは中央の三体を! ゼフィルさん、残りの二体を魔法で拘束! リリアさん、イグニスさんの支援を!」


「了解!」


 アレンの「知恵(現代知識)」を、ゼフィルが「技術(魔術)」で翻訳し、イグニスが「力(物理)」で叩き潰す。 三位一体の連携。 実体化したサイレン・エコーは、もはやイグニスさんの大剣の敵ではなかった。


 数分後。 最後の敵が砕け散り、洞窟にはただの風の音だけが戻ってきた。


「……ふぅ。変な汗かいたぜ」


 イグニスさんが、大剣を納める。


「音を音で消す、か。……君の発想には、毎回驚かされる」


 ゼフィルさんが、感心したように杖を下ろす。


「ゼフィルさんが、俺の拙い説明をすぐに理解してくれたおかげです」


「フン……。伊達に付き合いが長くなったわけではないからな」


 俺たちは顔を見合わせて笑った。 かつては噛み合わなかった歯車が、今はガッチリと噛み合い、巨大な力を生み出している。


 この絆があれば、どんな理不尽な「理」でも超えていける。 そう確信しながら、俺たちは風の回廊の最奥へと進んだ。


ここまでお読みいただきありがとうございます! 本作は【全28話完結済み】です。毎日更新していきますので、安心してお楽しみください。


もし「続きが気になる!」「面白そう!」と思っていただけたら、 ページ下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】 に評価していただけると、執筆の励みになります! (ブックマーク登録もぜひお願いします!)

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