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第21話:風鳴きの山脈と、賢者の誓い

 賢者エララ様の小屋で、俺たちは出発の朝を迎えた。 リリアさんは、まだ少し顔色が白いものの、自らの足でしっかりと立っている。 イグニスさんは、あの日以来、必要以上に彼女を気遣うような素振りは見せない。 ただ、彼女が歩き出すときは必ずその半歩前に立ち、どんな風からも守れる位置を自然と取っている。 それが、彼なりの「答え」なのだろう。


 出発の直前まで、俺とゼフィルさんは小屋の外で、エララ様から授かった『空間歪曲の杭』の検証を行っていた。


「……ふむ。やはり魔力は不要だな」


 ゼフィルさんが、地面に突き刺さった黒い杭を観察する。 俺がただ突き刺しただけの杭だ。だが、ゼフィルさんがどれだけ魔力で干渉しようとしても、その杭はびくとも動かない。


「この杭を中心とした半径30センチの空間座標が、完全に『固定』されている。物理的な力はもちろん、空間魔法による干渉さえも弾く。……恐ろしい代物だ」


「つまり、これを敵の急所や、術式の要に突き立てれば……」


「ああ。その部分だけ、世界のルールから切り離され、機能不全に陥るだろう。……アレン、君の言う『バグ』を強制的に引き起こす道具だ」


 俺は、残りの二本の杭を腰のベルトに差した。 使い方は単純だが、懐に飛び込まなければ使えない。リスクは高いが、リターンも大きい。 これは、俺が前線で戦うための切り札だ。


 準備を終え、俺たち四人は、賢者エララ様の前に整列した。 次なる目的地「風鳴きの山脈」へと旅立つ決意を告げるためだ。


 ゼフィルさんが導き出した仮説――世界の理そのものに干渉し、書き換えるための鍵となる「聖剣」の存在。それが、あの山脈にあるはずだと。


 エララ様の表情が、初めてわずかに曇った。


「……やはり、そこへ行きますか。風鳴きの山脈は、この世界で最も『理』が剥き出しになった場所。マルバスのような探求者たちでさえ、近づくことを躊躇う魔境です」


 彼女は、俺たち一人ひとりの顔を、その全てを見通すような翠色の瞳で見つめると、静かに続けた。


「あなた方の覚悟は、分かりました。ですが、一つだけ覚えておきなさい」


 彼女の言葉が、俺たちの心を射抜く。


「ゼフィル、あなたの仮説は正しい。『聖剣』は、世界のシステムにアクセスするための『管理者権限キー』そのものです」


 彼女は、俺とイグニスさんを交互に見つめた。


「ですが、鍵があるだけでは扉は開きません。アレン、あなたの『知恵』は、その鍵を差し込むべき『鍵穴』を見つけ出すための目。そしてイグニス、あなたの『意志』は、その鍵を回すための腕です」


 エララさんは、厳かに告げた。


「管理者を倒すことはできない。ですが、その理を欺き、隙を作ることはできる。知恵と意志、そしてリリアの『祈り』。全てが揃って初めて、あなた方は理の外の敵と渡り合う資格を得るのです」


 その言葉は、俺たちがこれから向かう場所が、これまでとは次元の違う領域であることを示唆していた。 だが、もう迷いはない。


「行きます」 イグニスさんが、力強く言った。


「俺たちは、もう逃げない。……全員で、生きて帰ってきます」


「ご武運を」


 エララさんが深く一礼する。


 俺たち四人は、賢者の森を後にした。 背中を押してくれるような温かい風が、木々の間を吹き抜けていった。


 ◇


 森を抜け、再び馬車での旅が始まった。 やがて、馬車は風鳴きの山脈の麓に到着した。 その名の通り、山脈一帯には常に強風が吹き荒れている。岩肌に開いた無数の風穴が、まるで亡霊の嗚咽のような、ヒューヒューという不気味な音を奏で続けている。


 ここが、賢者様の言っていた、『理』が剥き出しの場所……!


 俺たちが登山口に足を踏み入れた、その瞬間だった。


「チッ、ここまで来て通行止めかよ!」


 イグニスさんが、目の前に立ちはだかる「壁」を睨みつけた。 そこには、物理的な岩壁ではない、空間そのものが歪んでいるかのような、巨大な半透明の結界が道を塞いでいた。


「……待て、触れるな」


 ゼフィルさんが鋭く制止する。


「これは、通常の結界ではない。外部からの魔力や物理衝撃を吸収し、自己修復のエネルギーに変換する循環型の術式だ。下手に攻撃すれば、その分だけ結界が強化される」


「なんだと? じゃあどうやって通るんだよ」


「解析には時間がかかる。……アレン、君の目にはどう映る?」


 ゼフィルさんに促され、俺は結界を凝視した。 俺には魔力は見えない。だが、結界表面の空気の揺らぎや、微かな光の屈折率の変化は見逃さない。


 全体が均一に守られているわけじゃない。常に流動している……


 まるで生き物のように、エネルギーが循環している。 俺は、ある仮説を立てた。


「イグニスさん。その大剣で、結界の『右上』を全力で叩いてみてください」


「はあ? ゼフィルが攻撃するなって言ったばかりだろ?」


「いいから、お願いします! 一回だけです!」


 俺の必死な声に、イグニスさんは「チッ、一回だけだぞ」と大剣を構えた。


「うおおおおっ!」


 渾身の一撃が結界の右上に叩き込まれる。 ガィィィン! という音と共に衝撃が走るが、結界は波打つだけで、傷一つ付かない。衝撃が吸収されたのだ。


「……アレン、何のつもりだ。強化されたぞ」


 ゼフィルさんが訝しげに俺を見る。


「今です!」


 俺は叫んだ。


「ゼフィルさん! イグニスさんが叩いた場所の『真逆』――左下を、あなたの最強の魔法で撃ち抜いてください!」


「何!? ……だが、面白い!」


 ゼフィルさんは、俺の意図を瞬時に理解したようだった。 俺は、イグニスさんの一撃を受けた瞬間、結界のエネルギー(光の波)が、防御のために急速に「右上」へ収束していくのを見たのだ。 「修復リソースの集中」。それはつまり、他の部分が手薄になるということ。


「『アイス・ジャベリン』!」


 ゼフィルさんの放った極大の氷の槍が、エネルギー密度が極端に低下した結界の左下一点に突き刺さる。


 パリンッ!


 甲高い音と共に、氷の槍が結界を貫通した。 循環バランスを崩した結界は、蜘蛛の巣状に亀裂が走り、やがてガラス細工のように音もなく崩れ落ちていった。


「……へっ、やりやがった」


 イグニスさんが、大剣を肩に担ぎ直して笑う。


「見事だ、アレン。この結界の『自動修復機能』を逆手に取るとはな」


 ゼフィルさんも、満足げに杖を下ろす。


「お二人の力が凄かっただけですよ」


 だが、安堵したのも束の間だった。 結界が消えたことで、これまで隠されていた山脈の真の姿が露わになる。 遥か上空には、嵐のように魔力が渦巻き、道の先からは、この結界とは比較にならないほどの、強大なプレッシャーが漂ってきていた。


 俺は、ゴクリと唾を飲んだ。 本当の試練は、ここからだ。


「行きましょう。リリアさん、俺の後ろへ」


「はい、アレンさん」


 俺たち四人は、次なる脅威が待つ「風の回廊」へと、覚悟を決めて足を踏み入れた。


ここまでお読みいただきありがとうございます! 本作は【全28話完結済み】です。毎日更新していきますので、安心してお楽しみください。


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